第71話・アロー、アテナの結婚式⑤

 式が終わると、次は『披露宴』と名付けた宴会の時間。

 村の中央にいくつもテーブルを並べ、この数年で酒造りチームが作った酒の七割を出す。


 作ったのはワイン。良質なブドウが生る場所にいた集落の人たちが作ったお酒で、集落ごと合流する際に、ブドウの木を大量に運んできては植樹した。

 運がいいことに、この地での環境がよく、ブドウは変わらぬ成長をした。酒造り集落代表のエドモンドさんが言うには「この地で育ったブドウは少し酸っぱい。ワインには最適」らしい。


 他にも、麦で作った酒などもある。

 エドモンドさんたちが集落に合流してからコツコツ作った酒の七割が並んでいる……まだ熟成も甘く、まだまだ美味しくなる途中らしいが、こうして飲むと美味しさしか感じない。


「あ~、お酒うっまぁ!! おかわり!!」


 アテナはドレスを脱ぎ、披露宴用のドレスに着替えて飲んでいる。

 お色直しとかいう儀式らしいが、よくわからん。

 とりあえず今日は無礼講。よく飲み、よく食べ、いっぱい楽しもう!!


「俺もおかわり!!」

「お、いい飲みっぷりじゃない。さっすがわたしの旦那ぁ~」


 アテナは俺の背中をバンバン叩く……別にいいけど、酔い過ぎかも。

 ルナは、村の子供たちと一緒に食べたり飲んだりしている。

 ミネルバも、結婚式用にとジガンさんが作ってくれた、立派な止まり木の上にいる。というかあいつ……フクロウのくせに前足でカップを持ち上げ、器用に酒飲んでやがる。


『アローはんアローはん、今日は最高の日でんな~……うぃっく』


 俺の足下にはファウヌース。

 こいつもメチャクチャ飲んでいる。喋る羊ってことは村のみんなに内緒。珍しいピンクの羊なので拾ってペットにした、ってことになっている……みんな大騒ぎしているし、足下でなら普通に喋っても大丈夫だろう。


「人生最高の日だ。今日くらい、仕事とか、領主のこと忘れて、楽しくやるぜ」

『ひっひっひ。夜はお楽しみの時間ですしなぁ~、それまでいっぱい飲んでっでででで!? アローはん、踏まないでぇぇ!!』


 まあ、夜の『儀式』はまだ先だ……今日はルナも友達と一緒に、集会所で寝泊まりするし。

 二人きり。うんうん、楽しみだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇


 リアンたちは馬車に戻り、村から離れた場所で野営することにした。


「さすがに、結婚式を壊したくないからね……幸運なのか不幸なのか、だーれもボクたちに気付いてなかった。というか、想定外にもほどがある……こんな規模の集落が、まさかマリウス領地のど真ん中にあるなんてね」


 リアンは、自分用の天幕で苦笑する。まだ情報を整理しきれていない。

 ルーペは、採取した魔獣除けの木の葉や根を見ながら言う。


「あの幸せそうなボウヤが、リアン坊ちゃんの友達かい?」

「友達、と……ボクは思ってるけどね。まあ、彼が追放された時に何もしなかった、薄情な友達だけど」

「リアン殿……」


 ロックスが心配そうな目で見るが、苦笑して誤魔化した。

 リアンは椅子にもたれかかる。


「さてさて、今日明日は無理かな……大量に飲んでたみたいだし、明日はまともに話せる人がいないかもしれないね」


 息を吐き、頭を整理する。

 アロー・マリウス捜索隊。ついでに長らく放置されていたマリウス領地の調査隊。

 本命であるアローは見つかった……が、まさか大きな集落で、結婚式の真っ最中だとは思わなかった。想定外すぎて頭が動かない。


「リアン殿。あの集落で住人たちが話していたのを聞いたのですが……アロー殿のことを『村長』と呼んでいたようです」

「村長? アローが?」

「ええ。彼はマリウス領地の領主……あり得ない話ではないと思いますが」

「んー……だとしたら、アローはすごいね」


 リアンは頬をパンと叩き、ルーペとロックスに言う。


「よし。集落へ行くのは二日後にしよう。結婚式の翌日に行くのも、アローの幸せな気持ちを壊すことになるかもしれないしね」

「わかりました。隊にはそのように伝えます」


 そう言い、ロックスは天幕を出た。

 リアンはルーペに聞く。


「あのさ、結婚って幸せなのかな。ボク、婚約の話けっこう来るけど、まだそんなつもりないんだよね」

「生涯独身のアタシに対する宣戦布告かい?」


 リアンは慌てて、ルーペに謝るのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 リューネは、馬車の外に出て、近くの岩に座り星空を眺めていた。


「…………」

「リューネ様」

「……モエ。ってか、もう『様』いらないって言ったじゃん」

「すみません、ついうっかり」


 モエは、リューネの隣に座った。

 会話はない。だが……モエは、リューネが何を考えているか、手に取るようにわかる。


「アロー様、幸せそうでした……」

「そーね。まさか、ようやく見つけた集落で、アローの結婚式やってるなんてね。あはは……参ったわね。何の準備もできてないのに、胸にでっかいナイフ刺さったみたい」

「…………」

「……わかってた、つもりなんだけどね」


 リューネは、空を見上げながら……とめどなく、涙を流していた。


「重ねちゃった……あの綺麗な人と、あたしを。わかってる、わかってるよ……あたしにそんな資格ないし、考えることだって許されない。でも、でも……あれが、あたしの未来の一つ、あったかもしれない可能性だって思ったら……もう」

「…………」


 モエは、慰めなかった。

 そんなこと、できるわけがなかった。だから、泣くリューネの傍にいることしかできない。


「あたし、醜い……本当に、馬鹿だ……ばか、馬鹿バカ、バカ……う、うっ、ぅぅ」


 リューネは泣く。

 自分で捨てた、つまらないと捨てた未来。その光景を目の当たりにして、本当に自分が望んでいたモノこそが、本当に大事なモノだった。

 リューネの心に刺さったナイフは、きっと抜けることはない。

 これが、リューネの罰。

 空腹よりも、寒さよりも、身体の痛みよりも辛く、重い罰。

 リューネは永遠に背負う。自分が捨てたモノの尊さを理解できなかったことを。


「う、うっ……うぅぅ」


 リューネの涙は、しばらく止まらなかった。

 モエは、泣くこともできず……リューネが泣き疲れるまで、傍に寄り添っていた。

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