第69話・アロー、アテナの結婚式③

「アローくん。そろそろ始まるわよ」

「は、はい!!」


 ローザさんに呼ばれ、俺はジガンさんの家で深呼吸する。

 緊張していると、ルナが俺の腕をキュッと掴んだ。


「ぱぱ、だいじょうぶ?」

「……うん」


 ルナの頭を撫でる。

 ルナは顔をほころばせ、嬉しそうにニコニコした。

 すると、ミネルバが俺の肩に止まり──なんと、甘えるように頭を擦りつけてきた。


「お、お前……ど、どうした?」

『……ぴゅいぃ』

「い、いいのか?」

『ぴゅるる』


 恐る恐る手を伸ばすと、ミネルバは頭を突き出してくる。

 そして、俺はついに……ミネルバをウリウリと撫でることができた。


「お、おお……!!」

『ぴゅいぃぃ』


 やっわらかい、そしてふわっふわだ……手触りもいいし、永遠に撫でたくなる。

 

「ぱぱ。ミネルバ、『今日は特別』だって」

「ミネルバ……」


 こいつ、俺が撫でようとすればツツくし、肩に止まっても小馬鹿にしたように翼でビシビシ叩く。 

 嫌われていると思ったが、呼べば来るし肩に乗せると悪い気はしなかった……そして今日、コイツと出会って三年、ついに撫でることを許された。


「おお……」

『……ぴゅいっ!!』

「いっで!?」


 撫でていると、急に指を噛まれ、そのままツツかれた!! 

 甘噛みなので血は出ていないが、やっぱり痛い。


「な、何すんだ!!」

『ぴゅるるるるる!!』

「『触りすぎ。調子に乗るな』だってー」


 うーん。まだまだ、自由に触っていい日は来ないかも。

 まあ、ミネルバなりの祝福だと思うか。実際、触れてかなり嬉しいしね。

 気分も落ち着いたし、俺はもう一度ルナの頭を撫でる。


「ルナ。パパ、行ってくるからな。パパとアテナの姿、しっかり見てくれよ」

「うん!! ぱぱ、おめでとう!!」

「ああ、ありがとう」


 ウルっときてしまった……が、結婚式は始まってもいないので堪える。

 ルナとミネルバをローザさんに任せ、俺は家を出るのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 家を出ると、教会まで進む道に、住人たちが並んでいる。

 俺は歩き出す。すると、拍手喝采……俺は照れつつも教会へ向かう。


「おめでとう!!」「いよっ、幸せモン!!」

「アテナちゃん泣かすなよ!!」「子供は最低五人な!!」


 恥ずかしいけど、すごく嬉しい。

 祝福されているのがわかる。俺はみんなに挨拶したり、手を振ったりしながら教会へ。

 教会に到着すると、ドアが開く。

 教会に入る前に一礼し、中へ。


「……おお」


 思わず声に出してしまった。

 突貫工事とは思えないくらい、教会は立派だった。

 高い天井にはシャンデリアが吊るされている。凝った装飾で、かつて行ったサリヴァンの屋敷でも見たことのない美しさ。


 室内に引いてある絨毯もすごい。いつ作ったんだってくらい見事な刺繍が施されており、この上を歩くのは罰当たりな気がする。


 教会内にある横長の椅子。これも凝った装飾だ。木彫りなのだが、よくわからない神聖なマークが彫られている。数も百脚くらいあるし、作るの大変だっただろう。


 教会内には、各集落の代表者たちや、ゴン爺、ドンガンさん、ウェナさんなど、これまでカナンに尽力してくれた人たちがいる。本当は集落の全員を教会に入れたいんだが、さすがに諦めた。

 みんな、今日のために用意したのか礼服を着ていた。特に女性陣……気合の入り方が凄まじいな。化粧もバッチリだし、アクセサリーなんかも付けている。

 よく見るとドンガンさんがゲッソリしていた……ああ、アクセサリー作り大変だったんだな。今日はいっぱい食べて飲んでくれ。


 絨毯の上を歩き、祭壇の前に立つ。

 祭壇の前には、神父役のオラシオン神官がいた。


「うっうっ……今日という日をどれだけ待ち望んでいたことか。ああ、女神フォルトゥーナよ、感謝します!!」


 なんか泣いてる……よくわからんが、放っておくか。

 祭壇の後ろには、『女神フォルトゥーナ』の銅像が。

 翼の生えた女神の像だ。アテナがアレコレ指示を出したと聞いたので、これがルナの本来の姿なのかもしれない……うん、すごい美人だ。

 そして、外が拍手喝采で賑わうのが聞こえ、俺は振り返る。

 そこにいたのは──俺の『女神』だった。


「新婦、入場です」


 誰かがそんなことを言ったが、聞こえなかった気がする。

 それくらい──ドレスを着たアテナは、美しかった。


「…………あ」


 アテナは、俺を見て恥ずかしそうに目を反らす。

 美しい、青と純白が混ざった美しいドレス。長い髪は綺麗にまとめられ、青みが混じった透明なヴェールを被っていた。

 アクセサリーも似合っている。青系で統一したのだろう、髪飾りやイヤリング、腕輪に首飾りと、いろんな意匠のアクセサリーが多い。この辺りは、婦人会で決めたのだろうな。

 

「……む」

「ジガン、行くわよ」

「あ、ああ」


 引率役、だっけ? アテナと腕を組んで歩くジガンさんは緊張していた。

 俺の元にアテナを送る役ということで最初はゴン爺が選ばれたのだが辞退。ジガンさんがやることに。

 ジガンさんも、普段見るようなラフな格好ではない。ローザさんお手製の礼服を着て、髪も綺麗に整えている……メチャクチャ緊張しているのが手に取るようにわかり、逆に俺の緊張が薄れてしまった。

 ゴン爺、たぶんこうなることわかってたんだな……相変わらず食えない人だ。

 アテナは、俺の元へ到着。

 お役御免となったジガンさんは自分の席に戻ろうとしたが。


「ジガンさん」

「ジガン」

「……む」


 俺とアテナに呼び止められた。

 俺は、言おうと決めていた言葉を。


「こうしてここに立つことができたのも……ジガンさんが俺を救ってくれたからだと、俺は思います。その……あなたは、俺にとって二人目の父親です。本当に、ありがとうございます」

「私も。アローを救ってくれたこと、ちゃんとお礼を言ってなかったわ。ジガン、ありがとね。これからもよろしくっ!!」

「…………」


 ジガンさんは俺とアテナを交互に見つめ、小さく頷く。

 いつもの無表情。でも……俺にはわかった。


「……幸せにな」


 それだけ言い、すぐに振り返り、逃げるようにローザさんとレナちゃんの元へ。

 そして、ローザさんに隠れるように、目元を拭った。

 俺は、それを見ないようにして、込み上げる気持ちを押さえつけた。


「それでは、これより……カナン式祝福の儀を、始めたいと思います」


 俺とアテナ、人生最高の日が、今始まる。


 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇














 復讐する者にとって一番の復讐とは──『幸せになること』と、誰かが言った。

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