第66話・馬車が向かう先

 マリウス領地調査隊。

 総人数二十名。高名な探検家や、護衛の騎士、荷物運搬係や、慣れない野営によるストレスを軽減させるため「食」によるストレス緩和をさせるために料理人、植物学者や医師など、探索に必要な人たちを集めた構成になっている。


 その中に、リューネ、レイア、モエ、アミーもいた。

 今は、荷物用の馬車の片隅に乗り、身を寄せ合っている。

 リューネは、緊張していた。


「……」

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「え、ええ……レイア、あんたは緊張しないの?」

「なんで?」

「なんで、って……これから向かうのはマリウス領地よ? 未開の大地……かつて、重大な犯罪を犯した死刑囚が送られる場所で、死刑場で絞殺刑にされた方がマシとかいう……」

「お姉ちゃん、そんなところにアローお兄ちゃんを送って、これまでずっと笑ってたんだねー」

「…………ッ」


 純粋無垢なレイアの笑顔がリューネ、そして無言で話を聞いたモエに突き刺さる。

 アミーはアローを知らないので、どこか興味なさげに外を見ていた。


「わたしは、大丈夫だと思うなー」

「……なんでよ」

「だって、アローお兄ちゃんって、すごく頭よかったよね。どんな場所でも、なんとかしちゃうんじゃない?」

「…………」


 リューネより、レイアのがアローを信用していた。

 楽観的といった方が正しいのかもしれないが。


「……っ」

「モエ、震えてるのかしら」


 アミーが、こそっとモエに言う。

 モエはアミーをジロっと睨むが、アミーはクスクス笑うだけ。


「白骨が見つかっても、落胆しないようにね。私……絶望が大好物だから、笑っちゃうかも」

「黙りなさい……」

「はぁい」


 アミーは両手をフリフリして、屈託のない笑顔を浮かべた。


 ◇◇◇◇◇◇


 マルパス領地の領主リアン。

 調査隊リーダーである彼は、調査隊馬車で唯一、二階建ての馬車の二階で、マリウス領地の地図を開いて「うーん」と唸っていた。


「参ったなぁ……マリウス領地は未開って知ってるけど、こうも情報がないなんて」


 マリウス領地は、七十二の領地の中でも特に危険地帯。

 中型魔獣が普通に闊歩し、大型魔獣の存在も珍しくない。

 中型魔獣なんて、マルパス領地ではもう十年以上出ていない。

 危険地帯をわざわざ調査しようとする領主は、七十一の領地で誰もいない。


「フールフール家から借りたこの地図、あってもなくても問題なかったな……」


 マリウス領地へ続く『橋』を管理するフールフール家に寄り、マリウス領地への地図を借りた……が、その地図がなんともお粗末なもので、マリウス領地へ続く橋の位置と、そこから見渡せる程度の地域しか書かれていなかった。


「さて、どうするかな」


 リアンは頭脳明晰だ。

 現在二十二歳。マルパス家当主になって五年。たった五年で、マリウス領地を発展させ、新たな産業をいくつも興した天才だ。

 サリヴァンの危うさにすぐ気づき距離を取ったが、友人のアローがサリヴァンの餌食となったことに怒り、何もしなかった自分に苛立ちを感じたこともあった。

 

 アロー・マリウス。

 一度会っただけだが、アローには好感が感じられた。

 もっと会話をしたいと感じたのも初めてだった。対等な友人になれるとも思った。

 

「……やれることは、やらないとね」


 リアンは、今手元にある情報を全て整理し、どうやってマリウス領地を探索するか作戦を立てる。

 

「魔獣との接触を避け、アローが進みそうなルートを探索する。未開の地だが、人間が住んでいる可能性はゼロじゃない。アローは頭脳明晰ってアーロンさんから聞いたし、村や集落へ続く痕跡を見つけ、向かう可能性は高い。まずは、入口を重点的に調べて、ヒトの痕跡を探すか……」


 リアンはブツブツ言いながら、揺れる馬車の中で考える。

 馬車は揺れているが、丁寧な字で羊皮紙に何かを書き込み、悩むたびにウンウン唸る。

 休憩のために馬車が停止すると、部下にいくつか命じ、再び考え込んでいた。


 ◇◇◇◇◇◇


 当然だが、リアンも、リューネも、モエも、レイアも、アミーも知らない。


 未開の大地であるマリウス。

 大型魔獣、中型魔獣が平然と闊歩し、弱肉強食の世界と化している地獄。


 その大地が、地上に降りた女神にほぼ征服されたこと。

 弱肉強食の頂点に立つ女神がアローの嫁となっていること。

 リアンのいう「集落」がアローの手によって統一されつつあり、マリウス領地の首都カナンとして急激に発展をしていることも。

 

 調査隊たちが、マリウス領地に降り立つまで、残り三日。

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