第65話・結婚式に向けて

 交易の前に、結婚式。

 その話を聞いたアテナは、とても嬉しそうだった。


「結婚式!! わぁ~素敵ねぇ。神界じゃ結婚式とかないし、憧れるわぁ~」

「神様同士で恋愛しないのか?」

「そんなのないわよ。神様同士で子作りとかしないし。子供作る時は神同士の神力を混ぜ合わせて作るし、なんかつまんないのよ」

「え……お、お前はもしかして、誰かと結婚とか」

「するわけないでしょ。私が気に入る男神なんて、みんな弱っちいのばかりだし」


 そう言い、アテナはカップの紅茶を飲む。 

 この紅茶も、カナンで栽培されたものだ。領主である俺の元には、集落で作られたものが大量に届く。


「というか……好きになった男も、子作りも、全部あんたが初めてなんだから。そういうの、察してよね」

「あ、わ、悪い……」


 アテナは顔を赤らめてそっぽ向き、俺の対面から隣に移動し、俺の肩に頭を乗せた。


「人間界に来たのは罰だったけど……今は、とっても幸せなんだから」

「アテナ……」


 俺はアテナの肩を抱く。

 俺も幸せだ。素敵な嫁とルナに囲まれ、毎日が楽しい。


『ぴゅいーっ!!』

「うわっ!?」


 すると、ミネルバが俺の肩に止まり、羽でべしべし叩いてくる。


「あはは。ミネルバが言ってるわよ。『調子に乗るな』って」

「いや、いいだろ……幸せなんだからさ」

『ぴゅるる!!』


 怒るミネルバをアテナに任せ、俺はお茶の片付けをする。

 今日もアテナと一緒に寝る。寝る前にルナのベッドを確認すると、ルナはファウヌースを抱いて幸せそうに眠っていた。あのピンク羊、サイズ的にルナの抱き枕に最適な大きさなんだよな。


「ね、アロー……そろそろ」

「あ、ああ」


 アテナに袖を引かれ、俺たちは寝室へ向かうのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日から、集落内は結婚式の話で持ち切りだった。

 アテナは狩りを禁止され、婦人会に連れて行かれた。ボソボソ話していた内容では、『ドレス』とか『アクセサリー』とか聞こえた……あまり、聞かない方がいいな。

 アテナは狩りを禁止されたけど、意外にも文句はない。むしろ、ウキウキしながら婦人会に向かった。


 ルナはというと、早朝から家を出て、夕方に帰って来ることが多くなった。

 護衛にダイアウルフのユキがいるから心配はしていない。ユキの背に乗って、なぜかファウヌースも連れて行ってしまう。

 一度、ファウヌースに「どこ行ってるんだ」と聞いたが、「いやぁ、内緒でっせ」と誤魔化された。


 俺は一度だけ婦人会に呼ばれた。

 呼ばれるなり服を脱がされ、寸法合わせが始まり、俺用の礼服を作り始めた。

 こんなに集落が活気づくのは初めてかもしれん。

 そのことをジガンさんに相談することにし、家に向かった。

 ジガンさんは、俺の話を聞いて言う。


「結婚式か……そういう大きなイベントは、オレも経験がない。オレとローザの場合、ゴン爺に報告し、集落の家一軒一軒に報告するだけだったからな」

「そ、そうなんですか?」

「ああ。風習として結婚式というのが存在することは知っている。昔、ここがまだ少数集落だった頃の結婚式では、男が女に自ら狩った魔獣を送り、集落内で振舞うというのがあったそうだ」

「へぇ~……って、そういえば」


 俺は考える。

 結婚式をやるのはいい。でも……俺が何もしないで待つのは、違うのでは?


「…………」

「その顔、何かあるな?」

「え、ええ……あの、結婚式って、俺からアテナに何かした方がいいんですかね。流されるまま結婚式を迎えるのって、なんというか……その、情けないというか」

「ふむ……待てよ?」


 そう言うと、ジガンさんは部屋の奥へ。

 古い本を手に戻って来た。


「これは、ゴン爺が置いていったカナンの集落の歴史書だ」

「そんな本あったんだ……」

「……うーむ。本によると、結婚式で男性が女性に、指輪を送るとある。カナンで指輪というのは、厄除けのお守りとされてきたようだ」

「指輪……」

「指輪なら、普段付けでも邪魔にならんし、いいのではないか?」

「……た、確かに!! よし、さっそくドンガンさんに相談してみるか!! ジガンさん、ありがとうございました!!」

「ああ」


 俺はジガンさんに頭を下げ、家を飛び出した。


 ◇◇◇◇◇◇


 さっそく、ドンガンさんのいる鍛冶場に行き、指輪の件を相談した。


「いいぜ。というか、結婚式用のアクセサリーを山ほど作れって言われててな。指輪くれぇすぐにできる」

「ほ、ホントですか!!」

「ああ。結婚式に並ぶ女たちは着飾る必要があるとかで、鍛冶組は大忙しよ。まぁ、最近はデケェ仕事もなかったし、細かい彫金は指先を鍛える訓練にもなるからちょうどいいけどな!!」


 ドンガンさん率いる『鍛冶組』は、調理器具や家屋の建設に必要な釘や大工道具、そして畑の整備に必要な道具を作っている。

 カナンに合流した集落の人たちも、何人かが鍛冶に興味を持ち、ドンガンさんに弟子入り。今では二十人以上、鍛冶を行っている。

 鍛冶場も狭くなったので拡張し、ドンガンさんはリーダーとして、その腕を振るっている。


「ちょっと待ってな。えーと」


 ドンガンさんは俺の薬指に紐を巻き、指のサイズを計る。


「よし、太さはわかった。素材はどうする?」

「えっと……その辺疎いんですが、おススメありますか?」

「やっぱ錆びないミスリルだな。硬いし、ちょっとやそっとじゃ壊れねぇぜ」

「じゃあ……って!! あの、俺のじゃなくて、アテナに送るんですけど」

「あ? そうなのか? おっかしいな……ゴン爺の話じゃ、男女で指輪交換するって話だったが」

「……え?」

「まあいい。お前とアテナの嬢ちゃんの分、創ってやるよ。サイズはまあ、問題ねぇ」

「…………」


 こうして、ミスリルの指輪が完成した。


 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇


 アローが去った後、ジガンはドンガンの鍛冶場へ。

 ドンガンの鍛冶場には、ゴン爺もいた。


「アローは行ったか?」

「ああ。不思議がってたぜ……やれやれ、アローが自発的に贈り物をするように差し向けるの、大変だっただろ?」

「いや、そうでもない……あいつは自分で、アテナに贈り物をしたいと相談に来た」

「ほっほっほ……愛してるんじゃな」


 二人は笑う。

 実は、ゴン爺が二人に相談したのだ。


「やれやれ。ジガンに歴史書を渡したり、ドンガンに指輪のことを前もって話したり、なかなか回りくどかったかの。でも、アローがアテナちゃんに贈り物をするというのは達成できそうじゃ」

「……オレにはよくわからんが、それは大事なことなのか?」

「うむ。だって、男が女に贈り物をするなんて、素敵じゃろ? アテナちゃんも大喜びのはずじゃ。朴念仁のアローが自分で贈り物を考えるなんて、感動ものじゃよ」

「めんどくせえこと考える爺さんだぜ……まぁ、いいけどよ」


 結婚式の準備は、もう間もなく終わる。

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