第64話・始まる前にやるべきこと

 交易の準備を終え、いつでも出発できるようになった。

 俺は自室で出発の準備をしている。


 交易に向かうのは三十日後。とりあえず、俺をリーダーとして、アテナを護衛に、ルナを連れていく。

 道中の護衛は、アテナ率いる護衛部隊が担当する。

 整備した街道の周辺には魔獣除けの木が植えてあるし、アテナたちが巡回するようになってからは、魔獣たちも寄り付かなくなった……アテナ曰く「私を恐れているから」らしい。


 俺は、カバンに野営道具を詰める。まだまだ準備は早いが、気が急いてしまっている。

 すると、部屋のドアがノックされ、ルナが入って来た。


「パパ! 準備できたの」

「お、そうか。どれどれ」


 ルナは、自分のカバンを俺に見せる。

 中には、着替えやらお絵描き道具やらが入っている。確認すると、遊び道具も多いが最低限の準備ができていた。こういうところで、ルナは頭がいい……さすが俺の娘。

 すると、下着姿のアテナが飛び込んで来た。


「アロー!! 準備、準備手伝ってよ!!」

「……お前な、着替えてから来いよ」

「いいから!! 着替え、武器と、武器を磨く油とか布、お菓子、お酒っ!!」

「……ルナ、アテナの手伝いしてくれるか?」

「はい!! あてな、しっかり準備しなきゃだめよ!」

「むっ、子供のあんたに言われたくないわね」

「アテナ、ルナの準備は終わってるぞ」

「はぁ!?」


 アテナは部屋にダッシュで戻り、ルナがその後に続く。

 どうやら、ルナよりしっかりしないといけない、そう思っているようだ。

 もういい大人なんだし、下着姿で家の中をうろつかないで欲しい。

 すると、アテナが開けっ放しのドアから、ミネルバが入って来た。


『ぴゅるる』


 ミネルバは俺の肩に止まり、翼でビシビシと俺の顔を叩く。

 フワフワして、全く痛くない。こいつは最近、こうやって俺にちょっかいを出す。

 すると、ピンクの羊ファウヌースも入って来た。


『いやぁ、アテナはんが大騒ぎしてるんですが……なんかあったんでっか?』

「ほっとけ。それよりファウヌース……」

『ああ、皆まで言わんでも大丈夫でっせ。留守の間、わての手懐けた魔獣たちに集落を守れと言いたいんですな?』

「そうだ。狩人のみんなは頼りになるけど、それでも安心したいからな」

『むっふっふ。お任せでっせ。その代わり……』

「はいはい。酒を仕入れたらお前にやるよ」

『おお! 嬉しいですな~』


 ファウヌースはモコモコした身体でコロンと転がり、ゴロゴロ転がった。

 嬉しい時、こいつはよく転がる……実は最近わかったことだ。

 すると、またドタバタとアテナが入って来た。


「アロー!! 私の弓、どこ!?」

「知らん。というか、服着ろっての……ルナが真似するだろうが。それに、出発は十日後だ。そんな焦らなくてもいいって」

「ルナが準備完璧で、私が全然ってのが納得いかないの!!」

「……まずは服着ろ。そこからだ」


 アテナは上半身裸で、胸をぶるんぶるんさせていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 さて、出発二十日前となった。

 俺はジガンさんの家に呼ばれ、ジガンさんと酒を飲んでいる。

 ジガンさんにお酌され、俺はグラスを一気に飲み干す。


「ッぷはぁ……」

「いい飲みっぷりだ」

「いやあ……この酒が美味いから、ですかね」


 酒もグラスも、この集落で作ったものだ。

 交易を始めると決めた一年前。いろいろな集落の人たちが合流し、様々な産業が始まった。

 酒造り、本格的な農業、鍛冶場の拡張、水路作り、狩猟部隊の設立に村の警備隊……もう、集落とは呼べず、村を超え、町と言っても差し支えない。

 俺は嬉しくなり言う。


「このマリウス領地、無数に存在する様々な集落の人たちは、いろんな技術を持っています。その人たちが集まり、技術を融合させて、いろいろなモノを作れるようになって……そして今、これらを外に持ち込もうとしている」

「……気付いているか?」

「え?」

「オレが思うに、全てはアロー……オレが、お前を集落に連れて来たことで始まった。全てのきっかけはお前だよ。いや……お前と、アテナと、ルナか」

「……そう、ですね」


 アテナとの出会い、それが始まりだったのは間違いない。

 すると、ローザさんが新しいおつまみを運んできた。


「ね、アローくん。ちょっといいかな」

「あ、はい。なんでしょう?」

「ね……アテナちゃんとは、どう?」

「へ? どうとは……?」

「一緒に生活をして何年か経つけど……子供、できた?」


 酒を吹きそうになった。

 ジガンさんが呆れたように顔をしかめ、そんなジガンさんに向かってローザさんは片目を閉じる。

 いや……子供って。まぁ、夫婦生活はあるけど、そういう兆候はない。

 すると、ローザさんがお腹を押さえた。


「実はね……私もできたのよ」

「え」

「は?」

「今日、ドクトルのところに行ったら……できてたみたい」


 これにはジガンさんも驚いていた。

 まさか、ローザさんに二人目。つまり、レナちゃんの妹か弟。


「ろ、ローザ……本当なのか」

「ええ。間違いないわ」

「……よくやった。ありがとう」

「ふふ、なによそれ。で、アローくん……アローくんも、頑張ってね」

「は、はい」


 言うタイミングが何というか……ローザさんは天然系だけど、驚いた。

 すると、ローザさんはポンと手を叩く。


「そうだ。ね、アローくん。アテナちゃんと結婚式、やらない?」

「はい?」

「実は、『婦人会』でお茶会をして話題になったのよ。それぞれの集落では、結婚式ってどうやるのかって。それで、今度村で結婚式をやるなら、私たち新しい『カナン』の流儀を作ろうって。それで、いろんな案を出しているのよ」

「婦人会? なんだそれは」


 ジガンさんの疑問に、俺が答える。


「ああ、集落の女性たちによる集まりですね。ウェナさんが『男どもは定期的な飲み会を開催しているから、あたしら女だってそういう集会あってもいいよね?』って」

「ほう……知らなかった」


 ちなみにこの『婦人会』は、集落にいる女性の七割が所属している。定期的に開催される男の飲み会よりも規模が大きく、酒の消費もハンパじゃない。

 ローザさんは続ける。


「ね、どうかな。出発までまだ二十日もあるでしょ? 婦人会が総出でやれば、すぐにできると思うの」

「え、えーと……」

「はい決まり。じゃあ、明日になったらウェナに話すわね。ふふふ」

「あ、ローザさん……行っちゃった」


 結婚式、って……俺とアテナの?

 どうしたものかと考えていると、ジガンさんが言う。


「ああなったローザは止まらんぞ。覚悟しておけ……それにしても、二人目か」


 ジガンさん、どこか遠い目で嬉しそうにしていた。

 とりあえず……帰ったらアテナに話をしてみるかな。

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