第61話・始まり

 リューネとモエは仕事を終え、味気のない夕食を終えて毛布にくるまった。

 粗末な小屋は隙間風が酷く、季節に関わらず寒い。薄い毛布一枚だけでは心身とも凍えそうだ。

 だが、毛布は一枚、着替えも二着しかない。

 リューネとモエは抱き合い、飢えと寒さに苦しんでいた。

 そう……今日までは。


「久しぶり、お姉ちゃん♪」

「れ……レイア!?」

「レイア様……」


 二人の前に現れたのは、メイド服を着たレイアとアミーだった。

 小屋のドアを開け、姉を見下ろすレイアはどこまでも楽しそうだ。

 リューネは、複雑な感情だった。


「なに……あんた、何の用?」

「んー……酷いところだね。サリーに捨てられて堕ちるとこまで堕ちて……わたしみたいに引き際を見極められなかったのが原因だよね」

「…………」


 その通りだった。

 アスモデウスが傾き始め、レイアは早々にサリヴァンを見限ったのだ。

 離縁状を出し、荷物をまとめ、宝石やドレスを売り払い、今はセーレの領主アーロンのメイドとして働いている。

 値崩れする前に売り払った宝石やドレスのお金で、小さいながらも家を買い、アミーと一緒に暮らしているそうだ。


「お姉ちゃん……あのね、いいお話があって来たの」

「え……?」

「まだ夜は早いし、わたしの家に来ない?」

「…………モエ、いい?」

「私は構いません」


 モエは、アミーを見ていた。

 アミーはにっこり笑うだけで、何も言わない。

 二人は着替え、レイアの家に向かった。


 ◇◇◇◇◇◇


 レイアの家は、ハオの町の外れにある貧民街にあった。

 木造二階建て、そこがレイアが格安で買った家だ。

 貧民街と言うが治安は良い。ハオの町の中心街は驚異的な発展で華やかな景観だが、この辺りは昔のままの姿だ。なので貧民街と呼ばれている。

 リューネやモエにとって、懐かしい感じがした。


「さ、上がって」

「……アンタ、立派ね。あたしなんかよりずっと……」

「そんなのいいから。アミー、お姉ちゃんとモエに着替えを出してあげて。私はお風呂の用意するから」

「はい、わかりました」


 入浴、着替え、そして食事までもらったリューネとモエ。

 レイアは楽しそうに笑い、アミーはニコニコしていた。

 ようやく落ち着いて話ができる状況になり、アミーが淹れたお茶を四人で飲む。 

 まず、リューネから。


「レイア……お礼を言わせて。あんたがいなかったら、あたしとモエはあのまま……」

「そんなのいいって。お姉ちゃんとモエ、あんなところで暮らすなら、最初からわたしのところに来ればよかったのに」

「……あたしは、あんたが離縁状を出して出て行ったのを小馬鹿にしてたのよ? そんなこと言えるわけないじゃない」

「そう? わたしはサリーはもうダメだなーって思ったから家を出ただけだよ? アーロンさんに目いっぱい謝って、メイドになってお仕事してるけど、今はとーっても楽しいよ!」

「レイア……」

「それに、わたしはお姉ちゃんの妹だもん。お姉ちゃんのこと助けたいよ」

「…………」


 リューネは涙を流した。

 感極まっているせいで気付いていない。

 愛していたサリヴァンをあっさり捨てたこと、もともと楽しそうだからという理由でサリヴァンと結婚したこと、そこに愛などなかったことなど。

 アミーは、リューネとモエに言う。


「そろそろ本題へ……実は、マリウス領土へ調査隊を派遣することが決まったの」

「えっ……マリウス領土って」

「……アロー、様」


 アミーの言葉に、リューネとモエは目を見開く。

 レイアは大きく頷いた。


「アーロンさん、最後の機会をくれるって。もしアローお兄ちゃんにしっかり謝罪するつもりがあるなら、マリウス領土の調査隊に同行させてもいいって」

「えっ……あ、アローは、アローは生きてるの!?」

「わかんない。追放から三年以上経ってるし……でも、アーロンさんは『絶対に生きている』って確信してるみたい。調査隊にはマルパス領土の領主リアン様が指揮を執るって」

「……アロー」


 リューネとモエは、胸を押さえた。

 今更、アローと結ばれたいとは思っていない。

 ただ一言、謝罪したい……たとえ、許されなくても、命を奪われることになっても。

 自分勝手だが、会って謝りたかった。

 アミーは、リューネとモエに優しく言う。


「アーロン様は、あなたたち二人のことをずっと見守ってましたよ。金銭や食事を提供するようなことはしませんでしたが……本当に命の危機に瀕したら、私たちが助けるようにと申し付けられていました」

「……そう、なんだ」

「…………」


 身から出た錆。自業自得。

 それでも、自分たちはまだ捨てられていなかった。見守られていた。

 その事実に、二人は涙する。

 

「お姉ちゃん。アローお兄ちゃんに会いに行く?」

「……行く。行くわ。過去は変えられないし、あたしがセーレ領を捨てたことは変えられない。でも……アローに謝罪したい」

「私は……」


 リューネは前を見ていた。

 瞳には力がみなぎり、生きる希望が湧いている。

 モエは迷った。

 果たして、自分に謝る資格があるのだろうか。リューネのような前向きな気持ちになれないモエは、迷いつつも言う。


「私も、謝ります……それしかないから」

「わかった。じゃあ、出発は少し先になると思うから、明日一緒にアーロンさんに会いに行こう」

「……わかった」

「わかり、ました……」


 レイアの笑みは、どこまでも明るかった。


「…………」


 アミーは、笑顔を浮かべているだけだった。

 リューネはまだ知らない。

 リューネの中に暖かな希望が生まれてしまった。もしかしたらまたアローとやり直せる……そんな淡い思いを抱いてしまえるほど。

 

「じゃ、今日はもう寝よ。お姉ちゃん、久しぶりに一緒に寝ない?」

「もう……あんたってば、子供みたいね」


 リューネとレイアの姉妹は、久しぶりに笑い合った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る