第60話・サリヴァンのたてなおし

 アスモデウス領首都トビト。

 四大貴族アスモデウスの誇る大都市であり、四大貴族の治める領土で最も華やかな町と言われていた。

 現在は、華やかさはあまり感じられない。

 酒場では喧嘩騒ぎが日常茶飯事。町では窃盗が相次ぎ、営業を止めた店や閉店した店もいくつかある。

 実に、人口の1割が他の領土や町に移住して行った。

 これも全て、アスモデウス領の後継者であるサリヴァンになってから、というのが住人の認識であった。

 だが、町は少しずつ活気を見せ始めていた。

 

 アスモデウスの主な産業は鉱石採掘と加工。

 領内で発掘された鉱石を宝石や装飾品に加工し輸出する。アスモデウス産の宝石は大陸最高の輝きを持つと謳われ、欲しがる貴族や商家婦人が後を絶たなかったという。

 だが、鉱石の発掘量は年々減少。おそらくあと数年で枯渇するだろうと地質学者は分析した。

 

 これを打破するべく、サリヴァン・アスモデウスは立ち上がる。

 貴族として父の跡を継ぐ前に、他の領土の視察に出かけた。理由は自分と同じ若き次期当主との交流……は、建前で、本来は内密に領土調査を行い、採掘可能な鉱山を見つけることであった。

 そして、サリヴァンはいくつかの候補である領土を見つけた。

 ラムウ家、キマリス家、そしてセーレ家。

 特に、セーレは手つかずの鉱山がいくつもあった。

 サリヴァンは歓喜した。セーレは新たな鉱山資源となる。田舎領土のセーレはこの価値に気付いていない。上手く言いくるめれば利益をごっそりいただける……と。

 だが、セーレ領当主ハイロウは、かなりのやり手だった。

 鉱山を発掘する気はなく、自然のままで残すと。手を付けるとしたら、息子であり次期当主アローに全て委ねると。

 サリヴァンは焦った。

 力強く、領主として揺るぎない意志を持つハイロウが、アローを後継にするのに数年、数十年はかかるだろう。

 その間に、アスモデウスの鉱山は枯渇する。

 サリヴァンは、最悪の手段を執ることにした。


 ハイロウの毒殺と、アローの追放。


 アローには、可愛らしい婚約者がいた。まずはそこから攻めた。

 次に、ハイロウの専属医を買収し、薬と見せかけて毒を盛る。

 これも成功した。

 後は、親睦会と称してアローを呼び寄せて陥れれば良い。

 これも成功。アローは面白いくらい単純なバカだった。

 結果、ハイロウは死に未熟なアローが跡を継いだ。

 後は簡単だった。

 アローがアスモデウスの機密を盗み出したと告発、貴族の位を奪い、領土そのものを完全に奪った。


 ここから、サリヴァンの不幸が始まった。

 

********************


 現在、アスモデウスの経済状況は緩やかに回復しつつある。

 領土内鉱山の7割は鉱石が枯渇したが、サリヴァンですら知らない新たな鉱山が3つほど発見された。しかも、そこで採掘された鉱石はセーレに勝るとも劣らない。

 アスモデウスがセーレに勝っているのは、鉱石の加工技術と装飾のデザインだ。

 セーレは加工技術、装飾共にまだ未熟。何十年も研鑽を続けてきたアスモデウスにそう易々と勝てるものではない。

 だが、サリヴァンはそれも時間の問題だと感じていた。

 セーレは、間違いなく72の領土で一番勢いのある土地だ。時間が経てば、四大貴族並の財力を持つのは間違いない。そんなことになれば、アスモデウス以外の四大貴族は、アスモデウスを切り捨てセーレを新たな四大貴族に迎え入れるのは間違いない。

 それに、領主代行であるアーロン。あれほどの男が、その件に関して何も考えていないはずがない。

 サリヴァンは、考えて考えて結論を出した。


 セーレ領から、完全に手を引く。


 あの領土は勢いがある。

 恐らく、これから数十年、数百年は発展の勢いが止まらないだろう。

 サリヴァンがすべきことは、セーレを無視する。そしてようやくツキが向いてきたアスモデウスを立て直すこと。

 執務机にある書類を処理しながら、サリヴァンはため息を吐いた。

 少し前、マルパス領主のリアンが置いていったトパーズ原石が飾られている棚を見た。

 その隣には、アスモデウスで新たに採掘されたサファイア原石が置いてある。

 まるで張り合うかのように輝く鉱石。

 それを見て、サリヴァンは気持ちを新たにする。


「まだまだ……アスモデウスはこれからだ」


 やるべきことは山ほどある。

 町の治安回復、新たな貿易先の交渉、周辺町村の税金。仕事はいつまで経っても終わらない。

 サリヴァンの頭の中には、仕事のことしかない。

 現在の経済状況なら、贅沢さえしなければ愛人を全員呼ぶことも可能だった。

 だが、サリヴァンはもう忘れていた。

 

 サリヴァンの机の中に、何通かの離縁状が入っている。

 その中に、レイアが送った離縁状も入っていた。残りは、他の領土に返品した愛人たちで、名前がないのは、このアスモデウス領に残した愛人とリューネだけだった。

 アスモデウスに残した愛人は、全員が出産している。

 中には、サリヴァンの息子もいた。


 アスモデウス領次期当主となる、サリヴァンの息子が。

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