第57話・変わりゆく生活②

 話し合いまで時間があるので、まずは集落の見回りをする。

 3年も経てば集落は大きく変わる。というか、いろいろあってかなり大きくなった。

 まず、どこから噂を聞きつけてきたのか……移住希望が増えた。

 最初はカナン、ニケ、パーンの合同集落だったが、今は更に7つの集落が合体、合計10の集落の集合集落……ああもう、ほとんど町と呼んでいい規模になっている。

 ニケと交流のあった集落や、パーンの狩人と交流のあった集落、純粋に合同集落の噂を聞きつけて合流したいと使者を送ってきた集落など、この3年は本当に忙しかった。

 まず、カナンが発展するのは大歓迎なので、基本的には全て受け入れた。

 だが、住まいや町の開拓が進んでいないので、テント生活の集落もしばらくあった。なので、鉱石採掘をいったん止め、カナンの開拓に人員を多く割いた。

 これを機に、集落内に道路を作り、手の空いてる者は全て住居の建設に振り分けた。

 鉱石採掘場を広げて1区画とし、それぞれの集落の名前を付けた区画を作り、道路を整備させ、1つの町としての形作りを進めた。というか今も進めている。

 俺の予感だが、まだまだ合流したいという集落は増える。なので、区画整備と住居建設は今も続けている。

 今のカナンの集落は……いや、マリウス領土首都カナンは、1つの町として形作られていた。

 俺は整備された道路をシロと一緒に歩く。


「いやぁ~……発展してるな」

『グゥゥ』

「ふふふ、シロ、この町はまだまだこれからだぞ」


 問題もあるが、作業は順調に続いている。

 ハッキリ言って、規模ならセーレ領にある村より大きい。

 

「シロ、実は俺、考えてることがあるんだ」

『クゥ?』

「今日の会議で発表する……そろそろ、その時が来たと思うんだ」

『ウォウ!!』


 俺の考え。

 今の町の状態なら、そろそろいけるかもしれない。


「……他領土との交流」


 そう、他の領土に行って交流体制を作るのだ。


********************


 町を周り、中心部に新たに建設した『地区会議所』に向かう。ここは現在10の部落に分かれている族長が集まり会議をするためだけに建設した平屋だ。会議するだけだからそんなに大きくない。

 中に入ると、すでに9人が揃っていた。


「遅いよアロー、さっさと座んな」

「すいませんウェナさん。その、身体は平気なんですか?」

「当たり前さね」

「ウェナ、アローくんは心配して……」

「ふん、わかってるよゲンバー」


 ウェナさんは、2年前にゲンバーさんと再婚して男の子を出産した。

 そして現在、2人目を身籠もっている。

 パーンの族長というのも変わらない。どうやら子供が生まれたら狩人に復帰するらしく、ゲンバーさんがちょっと困ってるらしい。どうやら尻に敷かれているというのは正しいようだ。

 俺は席に座り、みんなの顔を見て会議を始めた。


「では、それぞれの区で何か問題があれば報告を」


 この族長会議は15日に1度開くようにしている。

 部族間の交流、協力関係の維持、お互いの情報交換や困ったことの報告・対策などを話し合い、互いに協力して解決するのだ。

 最初に手を上げたのは、新しく加入した『ホド』の族長フギルさんだ。


「えー、ホド区の河川工事が少し遅れています。農耕を生業とする我らにとって水は死活問題に繋がるので……作業員の増員をお願いします」

「わかりました。では……ゲンバーさん、採掘員で畑作経験者の方をお借りできますか?」

「可能だ。というかパーンも元は農耕で生計を立てていたからな。発掘作業は一時中断して、ホド区の河川工事を終わらせよう」

「おお、ありがとうございますゲンバー殿」

「なに、同じ町に住む仲間だ」

「うんうん、あたしの旦那はやっぱいい男だねぇ、惚れ直したよ」

「……む」


 おいそこ、惚気るなよ……と言いたいが言えない。

 ゲンバーさんも顔赤くして照れるなよ。


「つ、次……ええと、ダイモンさん」

「うむ。住居建設だが木材が足りん。アロー殿の言いつけ通り、これからの事を考えて住居建設は続けているが、材料となる木材の伐採、運搬、そして加工……我々『ガロ区』だけでは手が足りん」


 この筋骨隆々の男性はダイモンさん。こちらも新しく加入したガロの集落の族長だ。

 ガロは木材加工を得意とする集落で、住居建設をお願いしている。間違いなくこれから増えるであろう集落を迎えるために、住居を建設してもらっている。

 コレに関しては、俺に考えがあった。


「カナン周辺の森では?」

「いや、これ以上の伐採は森林破壊に繋がる。前から目星を付けていた森がいくつかあるのだが、カナンから遠いし運搬も大変だ。それに、魔獣も出現するだろう」

「では、伐採なら問題ないですね?」

「む、まぁ切るのなら問題ない」

「よし、運搬に関してはお任せください。うちのアテナなら中型魔獣を飼い慣らせるので、そいつらを使って木材運派をしましょう。運搬だけでなく護衛としても使えるハズです」

「おお、アロー殿の奥方ですか。それなら安心ですな」


 正確にはアテナでなく、ファウヌースに頼んで運搬に適した中型魔獣を数匹使役してもらうつもりだ。

 住居建設は大事だし、間違いなく外から人はやって来る。


「では、次……」


 問題は、次々と解決していった。


********************


 その後も、いろいろな問題を区同士で補いあった。

 住人同士のトラブルこそ少なからずあったが、今はだいぶ落ち着いている。

 新しく葡萄園を作りワインを作る計画や、エールのための麦畑の拡張など、新しい事業も進んでいる。

 だからこそ、俺は最後に提案した。


「最後に……俺から提案があります」


 和気あいあいとした雰囲気が引き締まる。

 仮にも集落を束ねていた長たちだ。俺の雰囲気を察したのか、みんな真剣になる。


「ここ3年、このカナンはとても大きくなりました。間違いなくこれからも発展するでしょう」


 前置きだ。

 俺がここに来た3年、アテナとルナと出会った3年。長いようで短い3年だった。

 間違いなく、俺の領主としての道はここから始まった。


「住居を作り、道路を整備し、畑を拡張して、美味しい野菜や果物、そしてエールやワインも作られるようになり、住民の生活は安定してると言っていいでしょう。だからこそ提案します」


 俺は言葉を切り、呼吸を整える。

 きっと、これはマリウス領土の人間が誰もなしえたことがないはず。俺は領主として、このマリウス領土に新しい風を入れようとしてる。

 それは、きっと正しいことだと思う。


「マリウス領土首都として、他の領土と交流を行うことを提案します」


 誰も考えもしなかったのだろう。

 このマリウス領土は、72の領土で最も危険で、捨てられた地として伝わっている。

 恐らく、このカナンのような町があるなんて、72の領土の人間は知りもしないだろう。

 すると、区長たちはザワザワ騒ぎ出した。


「他の領土と交流?」

「いやしかし、今の生活があれば……」

「待て、交流はいい考えかもしれん。現状、町の開発の手が足りてない」

「だが……」

「交流というと、対価が必要だろう? 我々にあるのは鉱石ぐらいだろう」

「いや、大型魔獣の素材も山ほどあるぞ」


 話を聞く限り、賛成7割といったところか。

 思ったよりも好意的な感触だ。

 

「今日ここで決断をすることはありません。各区で、15日後の会議までに結論をまとめてください」


 こうして、今日の会議は終わった。


********************


 会議が終わり、俺はジガンさんの元に顔を出した。


「こんにちはーっ」


 ドアをノックしながら挨拶すると、ジガンさんの奥さんであるローザさんがドアを開けてくれた。


「あらアローくん。こんにちは」

「こんにちは。ジガンさんいますか?」

「ああ、あの人なら裏で薪割りしてるわ。どうぞ、外から回っていいわよ」

「ありがとうございます、失礼します」

「ふふ、本当にアローくんは行儀がいいわね」


 そりゃ、勝手に人の家の敷地に入るわけにはいかないからな。

 薪割りの音が聞こえてるのは知ってたけど、ちゃんと挨拶しないと。

 俺はローザさんに頭を下げ、家の裏へ。


「……む、アローか」

「こんにちはジガンさん、ちょっと相談が……」

「ああ、少し待ってろ」


 ジガンさんは、鍛え抜かれた腕力で斧を振り下ろし、均等な感覚で薪割りをする。

 狩りや薪割りなどの力仕事で得た筋肉は分厚くたくましい。俺は肉が付きにくい体質らしく、脱がないと鍛えられてるところが見えない。

 ジガンさんは斧を置き、手拭いで汗を拭う。

 

「待たせたな。それで、どうした?」

「………実は」


 俺は今日の会議の内容を説明した。

 カナン代表は俺だ。ジガンさんもゴン爺も助言こそしてくれるが、基本的には俺の決めたことに従う。

 わかっているが、俺はまだ不安だった。

 だって、この集落に来てたった3年足らずの俺が決めたことに不満を持つことはあるはずなのだ。だから、ジガンさんやゴン爺の意見は必ず聞くようにしてる。

 2人が俺を認めているのはわかっているんだけどな……。


「なるほど。つまり……帰るときが来たのか?」

「えっ……?」

「交流ということは他の領土へ行く、つまり……お前の故郷であるセーレ領を意識してのことだろう?」

「え、あ、いや……その、そんなこと考えてもなかった」

「ほう? オレはてっきり、お前の復讐の機が来たのかとばかり」

「………」

「それとも、純粋にマリウス領土を、このカナンを思ってのことか?」

「………う」


 俺は、復讐を忘れていない、はずだ。

 セーレ領を追放された原因を作ったサリヴァン。父上を死に追いやったサリヴァン。婚約者を奪ったサリヴァン。あの顔を思い出すだけで腸が煮えくりかえる。

 俺を捨てた婚約者リューネ、そしてその妹レイア。サリヴァンに魅了され、故郷をあっさり捨てた姉妹。

 そして、姉であり妹であり家族だったモエ。俺を捨て、あっさりとサリヴァンに付いたメイド。

 みんな許せない。

 サリヴァンだけは、この手でぶん殴る。

 

「アロー、他の領土と交流を持つということは、お前の復讐相手であるアスモデウスの影がいやでもちらつくはず。四大貴族というのはそれほど大きい存在だ。このカナンを思うなら、まずは全てにケリを付けろ」

「……それは、アスモデウスに戦争を仕掛けろ、と?」

「そういう手もある。だが、力だけが解決策じゃない」

「う~ん……」

「アロー、忘れるな。お前がここに来たのは全てを失ったからだ。お前がここで得た物を守るのも大事だ。だが、3年前のお前は言った……復讐すると」

「………」

「全てにケリを付け、カナンで生きるのもいい。お前はここの領主なのだからな。だが、外に交流を持つなら、アスモデウスを決して忘れるな」

「………はい」


 そうだ。アスモデウス家は四大貴族。

 72の領土にかなりの影響力を持っている。俺をハメて追放したマリウス領土がこんなに発展し、そして他の領土と交流を持とうなんて考えてるのがバレたら、どんな手を使っても潰してくる可能性がある。それに、セーレ領はアスモデウスに落ちた……セーレ領の兵を使って進軍なんてのもあり得る。

 だが、マリウス領やカナンが危険に晒されたら、アテナが黙っていないだろう。


「…………」

「アロー、よく考えろ」

「………はい」

「いろいろと言ったが、どのような答えを出しても、お前を信用する」

「………ありがとうございます」


 少し、考える時間が必要かもな。

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