第58話・リューネとモエ、レイアとアミー

 セーレ領土首都ハオ、3年前と比べてかなりの規模で発展した。

 他領土と繋がる街道は整備され、質の良い宝石を求めて他領土からわざわざ買いに来る貴族や、有名商家の令嬢、取引相手として申し分ないと商魂逞しい商人などが出入りし、拠点を置こうといくつもの商家が店を出し、町の発展は留まる所を知らない。

 そんな町を、1人で歩く女性がいた。


「…………」


 女性の名はリューネ。20歳とは思えないほど疲れていた。

 かつて手入れされていたブラウンの髪はすっかり輝きを失い、身に付けていた宝石は資金難で売り払ってしまった。着ている服も平民が着るような服の中でも下の下、というかこれともう1着を交互に使い回している状態だ。顔色も悪く、脂ぎってブクブク太っていた頃の姿はもうない。

 リューネは、現在の下宿先に帰る途中だった。


「………はぁ」


 町の輝きよりもくすんでる自分。

 町を歩く度に惨めな気分になる。

 17歳でセーレを出てアスモデウス領に嫁に行き、アローを嵌めた。アローはマリウス領土へ追放され、夫のサリヴァンはこのセーレ領を手に入れるはずだった。だが、アスモデウス家の政策は悉く失敗。セーレ領民を一致団結させ、アローの父ハイロウの執事アーロンを筆頭に全て取り替えされた。


 それから、サリヴァンのやる全てのことが失敗続きだった。

 セーレ領に進軍したのに兵は魔獣に全て食われ、アスモデウスが傾きセーレに構ってる場合じゃなくなった。サリヴァンは今も必死にアスモデウス領を立て直そうとしているだろう。


 それに比べて、このセーレ領はどんどん発展していった。

 有名商家がいくつも出店し、宿屋なんて1軒しかなかったのに、今は12軒もある。

 現在も発展が続き、町の面積はたった3年で2倍に広がった。こんな速度での発展は歴史上を見ても無いだろう。


 なにより、領主代行アーロンの手腕が素晴らしいのだ。

 誰もがアーロンをセーレ領の領主と認めたが、アーロンは頑なに代行であり続けた。

 リューネにはわかった。アーロンは、アローが帰って来ると信じて代行であり続けているのだ。

 それに比べて、今の自分は……。


「………なんで、こんな」


 リューネは、煌びやかなメインストリートから外れ、路地裏に入る。

 出来たばかりの道だが暗く、生ゴミを漁るネコやネズミがいた。だがリューネは気にならない。

 そのまま進み、到着した。


「……ただいま、モエ」

「お帰りなさい、リューネ様」

「ん……はいこれ」


 到着したのは、飲食店裏の倉庫。

 宿の宿泊賃が払えず追い出され、モエが表にある飲食店で働く代わりに倉庫を宿として使わせてもらっている。

 リューネは、顔を見られても問題無いように、新装開店したパン屋で掃除の仕事をしていた。モエに渡したのは店で廃棄されたパンの耳である。

 身に付けていた服や宝石は全て売ってしまった。だが、この町では二束三文にしかならなかった。宝石やドレスの質は、アスモデウスよりセーレのが遥かに格が高い。


 かれこれ1年、こんな生活をしていた。

 サリヴァンから連絡は全く無い。というか、こんな場所で暮らしてるなんて思わないだろう。

 17歳でアローを追放、19歳でアスモデウスからセーレに戻りすぐに生活に困窮、20歳で路地裏暮らしだ。落ちるところまで落ちたのだろう。

 リューネ1人では耐えられなかったにちがいない。

 だが、モエは付いてきてくれた。

 ボロボロで縫い合わせた跡がいくつもあるメイド服を着て、僅かな賃金でやりくりしてる。

 お互い、すっかり痩せてしまった。

 

「モエ、ごめんね……」

「……さ、食事にしましょう」

「ごめんね……」

「………」


 リューネは、毎日泣いていた。

 全てを捨てる選択をしたのはリューネだ。

 あの時、サリヴァンを好きになったのは間違いない。そしてアローの婚約者という立場を捨ててまで恋に走ったのは自分の選択だ。

 今更、後悔しても遅い。

 

 それでも、リューネは後悔して泣いた。

 毎日、毎日、毎日。

 モエは、何も言わずに聞いていた。


 毎日、毎日、毎日。


********************

 

 パンの耳と野菜クズを油で炒めた物と、薄い塩味のスープの夕食を終え、1組しかない布団と毛布に2人は入る。

 パン屋の朝は早く、飲食店の朝も早い。食事を終えたリューネとモエはすぐに寝る。

 二人で入る布団は狭く、小屋に入る隙間風はとても冷たい。

 お互い、抱き合って眠る。


「………モエ、寒くない?」

「平気です……リューネ様は」

「へいき。それと、様って止めてよ。もうあたしはサリーの……ううん、サリヴァンの妻じゃないわ」

「………」

「ふふ、もうわかってるのよ。セーレ領に返されたのだって、アスモデウス領を立て直すためでしょ? 町の噂なんてイヤでも入ってくる。四大貴族アスモデウスはもう終わりが近い、セーレが新たに名を連ねるだろう、って」

「リューネ、様………」

「もし、サリヴァンがあたしを愛してたら……セーレ領に送り返さず、きっと傍に置いたはず。アスモデウス領に残された他の愛人は、みんな子供がいた。きっと後継者として傍に置いたのね。他の返された愛人は、あたしを含めてお払い箱、厄介な金食い虫は返品、ってね」

「もう、いいです……」

「あはは、あたし……遊ばれてただけなのね。都合の良い性処理道具。他の愛人も気付いてるかしら? まぁ、他の連中はそこそこ名家だったみたいだし、こんな風に路地裏のボロ小屋で布団を被るような生活はしてないと思うけど……」

「もういいです、もう……」

「早々に、気付くべきだった……あたしはおかしかった。恋に狂っていた。大事な物を全て捨ててもいいって、あの時は本気で思っていた」

「もういいです、リューネ!!」


 モエは、リューネを抱きしめた。

 リューネの独白は懺悔に聞こえ、自分を必死に追い詰めてるように聞こえた。

 生気の無い声で、今の自分をあざ笑うかのように。


「やっぱり、レイアが正しかったわ。あの子みたいに……」

「レイア様……」

「モエ、レイアは……」


 リューネは、血の繋がった家族である妹の事を聞く。

 モエは、静かに言う。


「はい、レイア様はセーレ領主邸で働いています」


********************


 レイアとアミーは、セーレ領主邸でメイドとして働いていた。

 町の発展を見るなり、レイアはアスモデウスを見限った。

 元々、姉に影響されてサリヴァンに付いただけだ。確かにサリヴァンは優しくて魅力的だ。キラキラした宝石をもらった時は嬉しかったし、美味しい食事や甘味をいっぱい食べれたのも嬉しかった。

 

 アローを裏切ったときは、さすがに心が痛んだ。

 だが、それも一時。美味しい食事や楽しい時間はレイアの心を癒やし、すぐにアローのことは忘れてしまった。

 泥まみれになり川で魚を釣るより、美味しい甘味を食べながらお芝居を観るほうが楽しかった。

 セーレ領産の野菜や果物を食べるより、アスモデウスで育てられた子羊を食べるのが好きだった。

 優しい兄であるリューネの婚約者アローより、自分を見てくれるサリヴァンのが好き……だった?

 

 レイアは、アスモデウスを見限った。

 アローという輝きより、サリヴァンという妖しい輝きに魅せられた。

 今は、セーレ領の輝きに魅せられている。だからあっさりサリヴァンに離縁状を送り、このセーレ領主邸で働き始めたのである。

 離縁状を送ったことをリューネに報告すると、鼻で笑われた。

 そして「好きにしたら?」と言われ、持っていた宝石とドレスを換金し、平民の服を着てアーロンのいる領主邸に駆け込んだのである。

 精一杯の謝罪をした。

 意外なことに、アーロンはそれを受け入れた。そして、メイドとしてなら雇ってもいいと言うと、レイアはあっさりと了承して働き始めた。

 レイアは、必死に働いた。

 痩せて体型も戻り、元々が明るい性格だったので、屋敷の使用人たちからも少しずつ認められた。

 その結果、謝罪もしないリューネと、生まれ変わってやり直そうとしてるレイアという構図が生まれてしまった。

 これがレイアの狙いなのかどうかはわからない。

 レイアは、アスモデウスを見限ってセーレに戻っただけだ。

 今日もレイアはメイドとして働いている。


「ねぇアミー、わたしようやくわかったの」

「……なにがでしょう?」

「わたし、楽しいのが好きなの。サリヴァンといるのも楽しいし、アローお兄ちゃんといるのも楽しい。でも今はこの仕事が楽しい!」

「…………」


 レイアは、楽しいのが好きなのだ。

 アローといるのは楽しい。美味しい物を食べるのは楽しい。サリヴァンと一緒にいるのは楽しい。そして今、メイドの仕事が楽しい。

 アローを嵌めた罪悪感など、微塵も感じられない。

 アミーは楽しそうに仕事をするレイアを見て思った。


 レイアは、リューネやサリヴァン以上に歪んでいる、と。

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