第55話・領主としての真の始まり
俺、アテナ、カミラさん、ルナの4人での旅は順調に進んだ。
魔獣も現れず、ダイアウルフ一家とブラックシープたちは早いスピードで進む。
カミラさんがいるからファウヌースは黙っていたが、ピンクの羊は珍しいのか、カミラさんはよく構っていた。
そしてグリモリの集落を出て10日後、ついに故郷であるカナンの集落が見えた。
「見えて来た。カミラさん、あれがカナンの集落です」
「……あそこが、なんだか広い集落ですね」
「はい。このマリウス領にあるいくつかの集落が合わさってますからね」
「はぁ~……久し振りの集落ね。帰ったらのんびりしたいわ」
「あぅぅ、ぱーぱ、ぱーぱ」
「はいはい、よ~しよし」
ルナを抱き上げ、近付く集落を見る。
この成果を見たら、みんな驚いてくれるかな。
想定の倍の薬品に、医者のカミラさん。
今年の冬は、もう心配なさそうだ。
********************
集落に到着すると、外で作業をしていた人たちが集まって迎えてくれた。
その中にはゲンバーさんとウェナさんがいる。
畑で作業していたニケの人たちや、狩人のパーンの人たち、元から住んでいたカナンの人たちが次々に群がってきた。
俺とアテナは1人ずつ挨拶をし、ゲンバーさんとウェナさんが一喝すると、名残惜しそうにしながらそれぞれ作業に戻った。
俺はゲンバーさんとウェナさんに言う。
「ただいま帰りました。ゲンバーさん、ウェナさん」
「おかえり、アローくん」
「ふふ、顏見りゃわかる、いい結果を出せたようだねぇ」
「ウェナさんの言う通りです。薬と医者を確保してきました」
俺は荷車で荷物を降ろす準備をしていたカミラさんを呼ぶ。
すると、ちょうどドクトルさんとミシュアが歩いてくるのが見えたので、一緒に照会することにした。
ドクトル先生は来るなり言う。
「帰ったかアロー、薬はどうだった?」
「バッチリです。それと、医者も連れて来ました。こちらはグリモリの集落のカミラさんです。カミラさん、こちらはドクトル先生、この集落の医者です」
「は、初めまして。カミラと申します」
「ほう、医者か……若いな」
「は、はい。20歳になったばかりで……で、ですが、7歳の頃から、医師である父の指導を受けて参りましたので、お力になれると思います」
「それは心強い。お互いに学ぶことがあるだろう、これからよろしく頼む」
「は、はい!! こちらこそ勉強させていただきます!」
ドクトル先生とカミラさんはガッチリ握手。
するとミシュアが俺の袖を引っ張った。
「な、なんだよミシュア」
「ちょっとちょっとアローさん、なんですかこの美人さんは。美人で胸も大きくてしまお医者って……」
「ははは、ライバル登場だな。頑張れよ」
「むっきーっ!! アローさんのバカ!!」
ドクトル先生とカミラさんは、荷車に積んである木箱へ。
それを見たゲンバーさんが、腕まくりをして言った。
「ドクトル先生、ウチの作業員を連れて来ますんで、木箱の運搬は任せて下さい」
「それは助かる。木箱は診療所脇の薬品庫へ運んでくれ」
「わかりました」
「ではカミラ先生、診療所へ案内しよう。住まいだが、しばらくは空き部屋で我慢してくれ。家を早急に手配する」
「はい。その、住まいですが、診療所の近くに住むことができたら……」
「わかった。ふふ、さすが医者だな」
「い、いえ……」
「うぅぅぅ~~~っ!! そこの2人、さっさと行きますよ!!」
いい雰囲気のドクトル先生とカミラさんを威嚇するように、ミシュアが唸る。
俺は荷車からブラックシープたちを外し、ファウヌースに言う。
「ファウヌース、ブラックシープたちとダイアウルフ一家を家に連れて行ってくれ」
『お任せを。ふぁ~……なんか疲れましたわ』
「今日はゆっくり休んでくれ。いろいろありがとな」
ピンクの羊に先導され、黒い3匹の羊と狼一家が歩き出す。
それを見送ると、アテナとウェナさんが何か話していた。
ウェナさんの手には、ルナが抱っこされている。
「それでね、洞窟でアローとしたわ。アローってば私をすっごく抱きしめて……」
「ほほう、アローもやるじゃないか。それで、子供はどうするんだい?」
「まだ作らないわ。ルナも小さいし、もう少し大人になったら作ろうって決めたの」
「なるほど。それじゃあいい物をやろう……ほれ、これを持って行きな」
「なにこれ? 丸薬?」
「ああ。こいつはパーンの集落に伝わる避妊薬さ。これを飲めば、行為をしても子供は出来ない。あたしも若い頃は、毎日これ飲んで旦那としたねぇ……子供ができちまったら狩人は続けらんないし、かと言って旦那があたしを求めてくるのを拒むのもイヤだったし。ふふふ、効果は実証済みさ」
「おお~……ありがとうウェナティオ!!」
なんかとんでもない話をしてるようだが、男の俺は入れないのでスルーした。
話が終わったのか、ウェナさんは行ってしまい、ルナを抱っこしたアテナが俺の隣へ。
「んっふふ~♪」
「………さて、ジガンさんとゴン爺に挨拶しに行こう」
「は~い。ねぇアロー、いいのもらっちゃった」
「そうか。じゃあ行くぞ」
「えへへ~♪」
ご機嫌なアテナ、理由は……ポケットに入ってる丸薬の小瓶だろうな。
********************
ゴン爺の家に向かう途中、家に戻ったはずの子狼3匹がこっちに来た。
『キャンキャン!』『ワォーン!』『クゥン!』
「お、おいおい、どうしたんだよ」
「ふふ、どうやら遊びたいようね。仕方ないわね」
どうやら脱走してきたようだ。
アテナは器用に3匹を抱っこして抱きしめる。
「うぅん温かい〜〜っ。ぬくぬく」
「·········」
「なに? もしかしてアロー、羨ましいの?」
「く······っ」
ぶっちゃけ、俺もモフモフしたい。
すると、前から見覚えのある親子が歩いてきた。
「戻ったか、アロー」
「あ、ジガンさん!! ただいま戻りました!!」
「おかえり、アローくん、アテナちゃん」
「おかえりお兄ちゃん、お姉ちゃん!!」
ジガンさん一家だ。
どうやら、俺が帰ってきたのを聞きつけて、家族で迎えに来てくれたらしい。
すると、レナちゃんがアテナのモフモフに目をつけた。
「わぁ〜っ。かわいいっ!!」
「ふふ、いいでしょ? じゃあ一緒に遊びましょ!!」
「うんっ!!」
アテナは3匹を下ろすと、3匹はレナちゃんにじゃれ付き始めた。レナちゃんは1匹を抱っこしてモフモフしたり、アテナと一緒に子狼を追いかけて遊び始める。
その光景を眺めながら、ジガンさんは言った。
「ダイアウルフの子供か」
「はい。宿に使った洞窟にいたんです。お腹を空かせていたんで餌をあげたら、ここまで付いて来ちゃって······親狼は家に向かわせました」
「なるほど、お前らしいな」
「ははは、お腹を空かせた子連れ狼なんて、助けたくなりますよ」
「そうだな······」
ジガンさんは、俺の頭をガシガシなでる。
乱暴そうに見えて温かい手は、父上とはまるで違うのに、父上を感じさせた。
すると、奥さんのローザさんが言う。
「ちょっとあなた、アローくんにあのことを」
「む、そうだったな」
「······あのこと?」
「ああ。お前の家のことだ」
「家? 家がどうかしたんですか?」
不安そうな顔をしたのが悪かったのか、ジガンさんとローザさんは苦笑する。
「そうじゃない。実は、ドンガンのやつがお前のためにある物を作ってな、お前の家を増築したんだ」
「ある物·······ぞ、増築?」
「ああ。ゴン爺の家の前に、自分の家に帰ってみろ、きっと驚くぞ」
「········は、はい」
というわけで、まずは家に帰ることにした。
********************
久しぶりの我が家に帰って来た。
畑を確認すると、ちゃんと整備されている。しかも、冬に育つ数種類の作物が植えられていた。
家を見ると、確かに増築されている。
外観はそんなに変化していないが、家の裏手に大きな小屋が設置されていた。
「あれ、こんなのなかったわよね?」
「ああ。これが増築した建物らしいな」
俺はルナをあやしながら建物を見る。
子狼3匹は小屋へ戻した。
狼と羊の組み合わせは不味いかと思ったが、お互いに身を寄せ合ってる光景はとても驚いた。
これもファウヌースの影響なのだろうか。
小屋は母屋と繋がり、外からも出入りできるようなので、アテナと一緒にドアを開けた。
そして、驚いた。
「·······なにこれ、鍋?」
「違う! これ、風呂だ!!」
そう、風呂だ。
半円級の鉄の鍋の周りを煉瓦で硬め、川の水をそのまま汲み上げられるように工夫されている。
外には薪棚があり、鉄鍋を温められるような竈が設置してあった。
すごい、風呂なんてセーレの屋敷以来だ。
「風呂って、お風呂!? じゃあお風呂入れるの!? 川の水使わなくていいの!?」
「ああ!! やったぞアテナ、風呂だ風呂!! あぁドンガンさんにお礼言わなきゃ!!」
「やったやった!! ねぇアロー、一緒に入ろ!!」
「あ、ああ。その」
「もちろん、その後も······ね?」
アテナは、ウェナさんからもらった小瓶をチラチラ見せる。
俺はゴクリとツバを飲み、大きく頷いた。
ま、まずはゴン爺に挨拶、ドンガンさんにお礼だ!!
******************
まず、ドンガンさんにお礼をしに向かったら、数人の弟子に鍛冶を仕込んでいる最中だった。どうやらパーンとニケの若手がそれぞれ弟子入りを志願してきたらしい。
お風呂の礼を言うと、照れくさそうにしながら手を振った。
「おめーが来てからいいこと尽くしだ。それに作ったのはオレだけじゃねぇ、ジガンの野郎も手伝ったの聞いてねぇな? あの野郎め、照れくさいからってオレに丸投げしやがった」
なんとまぁ、ジガンさんも手伝ったのか。
後で改めてお礼を言うことを決め、新弟子のことを聞く。
ニケから来たのはディン、パーンから来たのはロックという若者だ。どうも採掘や狩りをするより鍛冶をやってみたかったらしい。
「くっくっく、仕込みがいのある連中だ。この年にしてオレも若返った気になる。見てろアロー、この集落はもっともっとデカくなるぞ」
そう言って、ドンガンさんはディンとロックを指導する。
邪魔なので、俺とアテナはゴン爺の家に向かった。
久しぶりのゴン爺は、家の前で薪割りをしていた。
「おお、帰ったかアロー、アテナちゃん、それとルナちゃんも」
「ど、どうもゴン爺······」
「ただいまゴン爺! ゴン爺の剣、すっごい切れ味だったわよ!」
「そうかそうか。お〜お〜、ルナちゃんも久しぶりじゃのう」
「あう〜」
ゴン爺は上半身裸で薪割りしてたのだが······なんともまぁ、立派な筋肉だった。普段はヨボヨボのおじいちゃんなのに、俺より鍛えられてる。
「さぁ、茶でも出すから話を聞かせておくれ」
「はい」
「うん!」
この日は、夕方近くまでゴン爺と話し込んだ。
*******************
家に戻り、久しぶりに食事を作る。
ローザさんが掃除してくれてたのか、キッチンは綺麗なままだ。
羊小屋の藁も新しいのに変えられていたし、家の手入れは留守中にやってくれたようだ。改めて感謝しよう。
アテナとルナと3人で食事し、のんびりする。
ブラックシープたちは食事を終えると早々と寝てしまい、ファウヌースも羊小屋で寝てしまった。
狼一家は、家の中で飼うことにした。
玄関前にマットを敷き、足の汚れを落としてから家に入るように言い聞かせたから問題ない。それに、3匹の子狼がアテナとルナにじゃれついて離れないのだ。
子狼はミネルバにもちょっかいを出そうとしていたが、ミネルバは上手く躱していた。なんともまぁ、家の中が騒がしくなった。
「アロー、お風呂お風呂、3人で入りましょ!」
「そうだな、準備するか」
川の水を直に引いてるため、釜の脇に付けられた給水筒の栓を開けると水が出てくる。
アテナに水の量を任せ、俺は外で薪をくべる。
「アロー、いい感じいい感じー!」
「お、そうか」
「うん、早く入りましょ!」
俺は汗を拭い、風呂場へ入る。
「さ、早く早く」
「······おう」
「なーに照れてんのよ、さっさと脱いで脱いで」
「ぱーぱ、ふお、おふお」
「お、いい感じねルナ。お風呂よお風呂」
アテナは、服を脱いでルナを抱っこしていた。
白い肌が全て晒され、俺の欲を刺激する。
俺も服を脱ぎ、アテナと並んだ。
「······ったく、後で相手してあげるから」
「わ······悪い」
風呂は温かく、旅の疲れを洗い流してくれた。
乱入してきた子狼3匹を洗ったり、アテナが背中を洗ってくれたり、とても気持ちいい時間だった。
こうして、3人でお風呂をたっぷり堪能した。
*******************
この日のうちに、アテナと俺の寝室を同じにした。
ルナは隣の部屋にベビーベッドを置き、ベッドの周りをシロとユキが固め、ベッドの中には子狼が当たり前のように入る。
洗ったばかりだし、ルナも嫌がる気配はないし、このままクッション代わりにしてやるか。
「おやすみ、ルナ」
「·········くぅ」
「ふふ、可愛い······」
スヤスヤ眠るルナと子狼。
ユキとシロに後は任せ、俺とアテナは寝室へ。
するとアテナは、机に置いてあった小瓶から丸薬を一粒つまみ、そのまま飲み込んだ。
「お待たせ、アロー」
「アテナ······」
「ふふ、頑張ってね」
俺とアテナは、朝方近くまで熱く過ごした。
*****************
ほんの数時間の睡眠なのに、目覚めはスッキリしていた。
アテナは俺の胸の中で寝息を立て、起こさないように静かに起きてカーテンを開ける。すると眩しい光が部屋の中を照らした。
「んっ……くぅ~」
全裸で背伸びをして日差しを浴びる。
今日からいつもと変わらない日常が帰って来る。
朝の鍛錬、朝食、冬の支度、畑の整備、集落の見回り。今日も忙しくなりそうだ。
「んん~~~………」
アテナ、昨日……というか、ついさっきまで起きてたからな。
俺も久し振りだったし、アテナを見て興奮してしまった。
とりあえず服を着て、ルナの元へ。
「おはようルナ、狼たちも」
「ぱーぱ、おあよ」
「はは、おはよう。言葉を覚えるの早いな……ふふ、ルナとお喋り、楽しみだ」
『キャンキャン!!』『アンアン!!』『クゥーン』
「おっと、メシの時間か」
さて、ブラックシープたちや狼一家にメシをやって、俺たちの食事作って……朝から忙しいな。
でも、俺は楽しかった。
これからどんどん忙しくなる。アテナと夫婦になって最初の冬が訪れる。
やることはいっぱいだ。
「さぁ、今日も一日頑張ろう!!」
アロー・マリウスの、超辺境の領主の1日が始まる。
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