第53話・白銀の狩人アテナ

 翌日。

 昨夜の吹雪がウソのように雲一つない晴天だった。まるで、俺とアテナの熱が全てを溶かしてしまったような、そんな天気だった。

 

「………ん」

「んぁ……アロー」


 毛布の中で、生まれたままの姿で俺はアテナを抱きしめていた。

 お互い初めてでぎこちなかった。俺は初めての女の体に興奮し、アテナに無理をさせてしまったかもと反省した。柔らかくスベスベで、ずっと触れていたくなるような。


「んぅん……」

「………」


 アテナが寝苦しそうだったので身体を離すと、アテナの裸体が飛び込んできた。

 昨夜、何度も触れた白い肌。柔らかい2つの膨らみ。俺はゴクリとツバを飲む。

 右手がアテナの胸に伸び……。


「ふぅえぇぇぇん!! えぇぇぇんっ!!」

『わわわっ、ルナはん、よーしよーし、いい子いい子やで』


 ルナの鳴き声が、洞窟内に響いた。

 ファウヌースが飛び起き、ルナをあやす声が聞こえた。

 俺の身体がビクッと跳ね、アテナが寝ぼけ眼を擦りながら起きてしまった。

 アテナは裸のまま背伸びをする。


「ふぅ……ん~……ふぁ、おふぁようアロー」

「ああ、おはよう……その、胸隠せよ」

「ん、別にアローならいいわよ。ほれほれ、触ってもいいわよ」


 アテナは胸を俺の眼前に持って来てプルプル揺らす。こいつ、ホントに恥ずかしくないのかよ?


「ば、バカ。いいから着替えるぞ、天気もいいし早く出発しよう」

「はーい。んふふ~、ねぇねぇアロー、これで赤ちゃんできたかな? 男の子かな? 女の子かな?」

「いや、外に出したし出来てないと思うぞ。っていうか、赤ちゃんはまだ早いって言っただろ?」

「むー……まぁそう言ったけど」


 行為はしたが、子供はまだ作らないことにした。

 ルナもまだ小さいし、赤ちゃんを育てる経験がない俺たちではまだ不安だ。なので、ルナを育てながら赤ちゃんの育て方をしっかり学び、カナンの集落での生活が安定してから子作りをするようにした。

 まぁその、行為はこれからもしたいけどな。


「とにかく着替え………あれ? ダイアウルフがいない」

「あ、ホントだ……行っちゃったのかしら」


 すると、ルナをあやしていたファウヌースが荷車から飛び降りてきた。


『うっひひ、昨夜はお楽しみだったようで』

「……アテナ、この羊って美味いのか?」

「食べればわかるんじゃない? でも小さいし、食えそうな肉は少ないわね」

『ちょ、じょ、冗談や冗談!! 怖い顏してこっち見んといて!! それより、ダイアウルフの家族なら、外で昨日のホワイトベアの肉の残りを食っとりまっせ』


 俺とアテナは着替え、外を見ると、狼の家族がホワイトベアの肉を貪っていた。

 俺たちも簡単な朝食を済ませ、ブラックシープたちにエサを与えて手綱を繋いで荷車を外へ出す。

 天気もいいし、今日はかなりの距離を進めそうだ。


「さて、行くか」

「そうね、また魔獣出たら狩ってやるわ。んふふ」

「言っとくけど、解体はマジで辛いんだからな?」

「はいはーい」


 ダイアウルフたちはまだ肉を食べている。

 お腹も膨れたようだし、もう心配なさそうだな。

 俺は御者をファウヌースに任せ、ルナを抱いてるアテナの隣で地図を広げる。地図にこの洞穴を書き足しておこう、俺とアテナの初めての場所だ。


「今日か明日には到着すると思う。また天気が荒れないといいけど」

「大丈夫よ、ルナもいるし」

『じゃ、行きまっせ』


 荷車はゆっくりと走り出した。


********************


 荷車が走り出して数分。ちょっと驚いたことがある。


「ねぇアロー、この子たち」

「ああ。ダイアウルフ……まるで、この荷車を守ってるみたいだ」


 そう、ダイアウルフの親子が荷車に付いてくる。

 親狼が荷車の両脇に追従し、子狼3匹はブラックシープたちの前を走ってる。するとウズウズしたのか、アテナが荷車から飛び降りて子狼3匹たちと一緒に走り出した。


「さぁこっちよ!! 私について来なさーい!!」

『キャンキャン!!』『ワォンワォン!!』『クゥーンっ!!』


 実に楽しそうだ。というか、どうして?

 

『どうやら、兄さんに感謝しとるみたいでっせ』

「感謝って……肉のことか?」

『ええ。子供たちが飢えなくてすんだのも兄さんのおかげ言うとります。このまま付いていくそうですわ』

「本当か? むぅ……まぁいいか。アテナも楽しそうだし、子狼3匹も可愛いしな」


 こうして、狼一家を旅に加え、ブラックシープたちは平原を駆ける。

 途中で出会う魔獣はアテナが倒し、ブラックシープたちと狼一家の食事となる。もちろん、俺やアテナの分もキープし、グリモリの集落へ持って行くお土産としていくつか肉をキープした。

 食事を終えた小休憩中。3匹の子狼はすっかりアテナに懐きじゃれついていた。


「よし、この子たちを立派な狩人に育ててあげる。今日からあなた達は私の弟子よ!!」

『キャンキャン!!』『ワォンワォン!!』『クゥーンっ!!』

「お、おいアテナ、そんなの勝手に……」

『………ふんふん。兄さん、親たちはアテナはんならええと言うとります』

「えー……」

「決まりね。じゃあ名前を決めないと。そうね……まず、お父さんがシロ、お母さんがユキ」


 大きな2匹の親狼。ぶっちゃけ見分けが付かないが、アテナにはわかるらしい。

 名前を付けてもらうと、シロとユキは嬉しそうな遠吠えをした。


「で、まず貴方がホワイト。貴女がブラン。貴女がスノウよ。これからよろしくね!!」

『キャンキャン!!』『ワォンワォン!!』『クゥーンっ!!』

「…………ファウヌース、わかるか?」

『まぁワイは声が聞けるから識別できますけど……兄さんにはわからんかも』


 こうして、ウチの家族に狼一家が加わった。


********************


 平原を進むこと数時間、日暮れまであと2時間ほどの距離になったころだった。

 不測の事態というのは、いつも唐突にやってくる。


「お、集落が見えた……ん?」


 平原が終わり、大きな岩山の近くまで到着した。地図ではこの岩山に『グリモリの集落』があり、魔獣避けの木々に囲まれるように、人の手で作られた囲いが見えた。

 だが、不自然な点がいくつもあった。


「………なんか、囲いが壊れてる? 何かあったのか?」

「……………」


 魔獣避けの木々が何本か倒れていた。近付くに連れてわかったが……どうやら倒れてるんじゃない、無理矢理なぎ倒したように根元から折れていた。

 それだけじゃない。近付くにつれて聞こえてきた。


「……………これ、悲鳴か?」

「………アロー、あそこの集落、魔獣に襲われてるわ」

「え………」


 アテナの顔が厳しくなる。

 近付くに連れ、はっきりと悲鳴が聞こえてきた。しかもよく見ると矢が飛んでいる……戦ってるんだ。

 

「ま、魔獣の襲撃か!? なんでこんなタイミングで!!」

『こ、この感じ……大型魔獣、いや……それ以上の気配やで!?』

「なんだって!?」


 ダイアウルフの一家も警戒し、子狼3匹はカタカタ震えていた。

 アテナは荷車から飛び降りると、子狼3匹を抱えて荷車の中へ入れる。


「ルナ、この子たちをよろしくね」

「あう~」

『キャゥゥン……』『クゥゥン』『キュゥーン』


 アテナは集落へ視線を向けると、ニヤリと笑う。


「アロー、あの集落を助けたら、交渉は有利に進むかしら?」

「え……いや、感謝されるとは思うけど……」

「なら決まり、ちょっと加勢してくる……ってか私がやっつける。この感じ、今までで一番面白いヤツかもしれないから」

「お、おい!!」

「心配しなくていいわ。それより、怪我人が出てると思うから、アローは手当ての準備でもしてて。恩を売るチャンス、さっすがルナね!!」

「おい、アテナ!!」


 アテナは、剣を抜いて集落へ走って行く。

 慌ててブラックシープたちに指示するが、なんと怯えてしまい動かなかった。

 つまり、ブラックシープたちが怯えるほどの相手だ。


「くそ、ファウヌース、こっちは任せる。俺はアテナを追う!!」

『わ、わかりました。気ぃ付けて兄さん!!』


 俺は護身用の剣を持ち、アテナの後を追った。

 アテナが走り出して1分も経ってないのに、もう見えなくなっていた。

 俺は雪で足を取られながら、必死で集落を目指して走り……魔獣の正体を知った。


「ば、馬鹿な………せ、|雪竜(せつりゅう)だって!?」


 それは、真っ白な竜。

 トカゲを巨大化させ、翼を生やし、首を長くしたような魔獣。

 大型魔獣の中でも最も危険度が高い冬の魔獣。


 そんなバケモノが、集落の中を暴れ回っていた。

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