第52話・雪は冷たく、中は温かい
アテナに告白して数日。
順調に羊の荷車は進むが、どうしても自然の力には抗えない。
先に進むにつれ、雪が多く、重い雪が降るようになってきた。しかも吹雪で前が見えず、さすがのブラックシープたちも参っているように感じた。
だが、何もない平原で立ち往生はできない。俺は吹雪の中、御者席に座り、必死に左右を見渡す。
「くそ·········見えない。アテナ、お前も避難場所探すの手伝え!!」
「わかったわ、ちょっと待って!!」
アテナはルナを寒さから守るためと荷車の振動から守るため、バスケットの中のクッションを増やし、動かないようにロープで固定していた。
「お待たせっ!!·········酷い吹雪ね」
「俺じゃあまり見えない、お前の視力ならどうだ?」
「待って、探す······」
ちなみに、アテナの視力は鳥並みらしい。遠距離近距離はもちろん、暗い場所もよく見えるとか、パーンの狩人が驚いていた。
こんな真っ白な場所を見るだけで避難場所なんて見つかる······。
「······見っけ!! ファウヌース、あっちに洞窟がある!!」
『へ? ど、どこでっか!?』
「あっちよ、あっち!!」
『············アローはん、見えます?』
「見えるわけないだろ······ただの吹雪の壁だぞ」
アテナが指さした方向は、吹雪の先にある暗闇だ。
俺とファウヌースは顔を合わせ、アテナを見た。
「ほら、私を信じなさい!!」
「······よし、ファウヌース、頼むぞ」
『わかりました。アテナはんを信じます!!』
ファウヌースはブラックシープたちに命じ、アテナが指差す方向へ向かわせる。
だが、恐るべき事態が起きた。
「·········止まってファウヌース」
『へ?』
「何かいる。これ······魔獣ね」
『·········ホントや。ヤバい、これはワイの手には負えん』
ファウヌースは、ブラックシープたちを止めた。
すると、吹雪の中から、大きな影がのっしのっしと現れた。
「な、な、な······なんだ、これ」
『あわわ······ほ、ホワイトベアや』
『『『メヘェェェェっ!!』』』
ブラックシープたちが威嚇したのは、白く巨大なクマだった。
大きさは三メートルを越えている。まさか、ブラックシープたちを餌だと思って·········違う、ブラックシープだけじゃない。俺たちも餌だ。
『ゴルルルル······グルァァァァァッ!!』
「やたっ、熊肉ゲット!!」
シロクマの威嚇とアテナの歓喜の声が重なったのは、同時だった。
********************
吹雪の中、アテナは剣を持って飛び出した。
「ちょ、アテナ!!」
「よーし今日は熊鍋よっ!!」
『グルォォォッ!!』
飛び出したアテナはすぐに吹雪で見えなくなる。
聞こえるのは、ホワイトベアの唸り声とドスドスと踏みしめる大きな足音だけ。
アテナの強さは知ってるが、さすがにこの吹雪じゃ危険だ!!
「ファウヌース、アテナを追うぞ!!」
『心配ご無用やで、兄さん』
「なに言ってんだ‼ いくらアテナでもこんな視界の悪い吹雪の中で戦うなんて無料だ!! あいつに何かあったら」
『······心配性やなぁ兄さん。あのアテナはんが、人間界の魔獣如きに殺られるわけないやん。あの御方、神界でも戦神様を相手にして勝つような御方なんやで?』
「でも······」
『兄さん、アテナはんに告白してから心配性になりましたなぁ。ふひひ、愛する者同士、こんなとこで死ぬわけにいかんもんなぁ』
「·········ふんっ」
『あだぁっ⁉』
ファウヌースにゲンコツをお見舞いし、アテナの向かった方に向かおうと手綱を握る。焦りが俺を支配した。
「終わったーっ!! アロー、今日は熊鍋よーっ!!」
そんな歓喜の声が聞こえた。
ファウヌースと顔を合わせると、このピンクの羊は言った。
『ほらね』
********************
アテナの声がする方にブラックシープたちを走らせると、洞穴の目の前で仁王立ちするアテナがいた。しかも近くには巨大なシロクマがキレイに首を切断され転がっていた。
「ふっふっふ。この洞穴まで誘導してから首チョンパ、すごいでしょ?」
「………お前な、心配かけるなよ」
「あーら、こんな雑魚にやられるわけないでしょ? ってかアロー、いつもは心配しないのにどうしたのよ?」
「………いや、別に」
アテナに気持ちを伝えたからか、アテナが心配になったなんて言えない。なんか恥ずかしい。
すると、アテナのヤツは脳天気に言った。
「ま、いいわ。それより洞穴に入って休みましょ。この広さなら荷車ごと入れそうね」
「あ、ああ」
『………ちょい待ち、アテナはん、アローはん。その洞穴やけど……なんかおるで』
「え? まさか、また魔獣か?」
『………ワイが先に行くで。大型魔獣じゃない限り、ワイの力で服従させられる』
どうやら、まだ危険は去っていない。
アテナは馬車に戻り、ファウヌースはチョコチョコ洞穴の中へ入っていった。
緊張して待つと、ファウヌースは戻って来た。
「大丈夫か?」
『いやーまぁ、その……魔獣はいたんですが、とりあえず入って見てください』
「……食われないか?」
『ワイが話をしたんで平気です。それより、ちと可哀想なんで、助けてやってくれませんか?』
「?」
アテナと顔を合わせ、取りあえず荷車で洞穴へ。ランプに火を灯しておく。
洞穴内は広いが、奥行きはそれほどでもない。荷車を入れてほんの少しで行き止まりになり……驚いた。
洞窟の奥には、二匹の巨大狼と、その子供らしき小さな狼が3匹いた。近付いてもピクリとも動かず、こちらをじっと見ている。どうやらファウヌースが屈服させたおかげらしい。
「……これは確か、ダイアウルフだったか?」
『ええ。どうやら腹ぁ空かしてるようで……出来たら、アテナはんの仕留めたホワイトベアの肉を、分けてやって下さいな』
「そうだな。いいかアテナ?」
「う~ん……まぁいいわ。可哀想だしね。でも全部はダメよ!」
「いや、あんなデカいの全部は食えないだろ……」
俺は外へ出て、ホワイトベアの肉を適当にカットして袋に詰める。毛皮の処理をしてる暇が無いので、内臓をメインに袋へ詰める。こういう作業にもだいぶ慣れた。昔は吐き気を堪えながらやっていたが、今では特に気にならない。
再び洞穴へ戻り、さばいた新鮮な内臓をダイアウルフの前に出してやる。
『グルル……』
『大丈夫、兄さんはいいお人やで。あんたらが飢えないように、ホワイトベアの肉を持って来てくれたんや。たーんとお食べ』
『キャンキャン!!』『ガウガウ!!』『クゥーン』
ファウヌースがそう言うと、ダイアウルフの子供たちは肉にかぶり付いた。
よほど腹が空いているのか、一心不乱に内臓を貪る。
子供たちだけで内臓がなくなりそうだったので、親たちが食べる用の内臓を追加で取りに行く。どうやら子供たちを優先して余った肉で済ませようとしてるそうだ。
親にも肉を与え、その間にかまどを造り火を起こす。鍋に雪を入れて煮沸して水を作って冷やすと、あっという間に水が出来た。それをダイアウルフの前に出すと、美味しそうにペロペロなめていた。
「アテナ、ブラックシープたちの手綱を外してやってくれ。俺はホワイトベアの肉を捌くから」
「わかった。ねぇねぇアロー、あの狼の子供めっちゃ可愛くない?」
「……うん。モフモフしたいな」
とりあえず、今は肉を取ろう。
********************
吹雪の中で解体をしたおかげでグッショリと濡れたが、洞穴内は温かかった。荷車が入口を塞ぐ形で停まっているので、熱が逃げないようだ。
アテナはいつの間にかダイアウルフの子供にじゃれついてる。正直羨ましいが、食事の支度をしよう。
ホワイトベアは臭みが強いかと思ったがそうでもない。このまま調理に使えそうだ。
アテナの希望で鍋物にするため、肉をたっぷり入れて野菜と一緒に煮込む。味付けは塩しかないが、熊肉の出汁がよくでているのでいい味が出ていそうだ。
ルナ用に離乳食と、まだまだ大量にある熊肉を炙ってブラックシープたちとファウヌースへ、そしてダイアウルフたちにも振る舞った。
それでも大量に肉が余ったので、軽く濡らして外に置く。するとあっという間に冷凍肉が完成。気温も低いし、しばらくは持つだろう。
俺はルナに離乳食をあげ、着替えをさせてクッションに戻す。するとルナはスヤスヤと眠ってしまった。
「アテナ、俺らもメシにしよう」
「うん。見て見てアロー、この子たちすっごい可愛い!!」
「おお、めっちゃ懐いてるな」
『アンアンッ!!』『キャウンっ!!』『クゥーンっ』
ダイアウルフの子供はアテナにじゃれついてる。
ファウヌースが軽く鳴くと、子供たちは親狼の元へ行き、そのまま眠ってしまった。
親狼は大人しく俺とアテナを見て会釈する。
『子供たちがすまなかったって言うとります』
「ああ、気にすんな。それより、明日も肉をやるから、ゆっくり休んでくれ』
『クゥゥーン……』
親狼は、再び会釈した。
さて、俺とアテナは夕飯を食べることにする。
メニューは熊肉と野菜の塩スープに堅パン。パンはスープに浸して食べる。
「……うん、美味いな」
「熊肉美味しい~~~っ!! アロー、また狩るから調理よろしく!!」
「あのな……こいつの解体すごく大変なんだぞ」
談笑しつつ、完食。
食後に白湯を淹れ、アテナは俺の隣に寄り添う。
ブラックシープたちはいつの間にか寄り添って眠り、ファウヌースもルナのバスケット近くでぐっすり眠っている。起きてるのは俺とアテナだけだ。
********************
アテナに告白してから数日。アテナは俺に寄り添うようになった。
こうして肩がくっつく距離になると緊張する。俺も男だし、そういうことをしたい気持ちはある。でも、集落に帰ったらと自分で言ったし……アテナも、こんな旅の途中でなんてイヤだろう。
アテナをチラリと見ると、目が合った。
「………アロー」
「……な、なんだよ」
「アロー、なんか冷たい」
「……あ、悪い。着替えてなかった」
そういえば、外で解体作業して着替えてなかった。
上着は脱いで干してあるが、中の服はそのままだ。このまま寝ると体調を崩す可能性がある。
俺はアテナに謝り、着替えようとした。
そして。
「アロー、脱いじゃえば?」
「え……ああ、うん。着替えるから」
「じゃなくて、その………私もアローにくっついたら服濡れたし、着替えるし……」
「………うん」
「その、一緒に脱いじゃう?」
それが、何を意味してるのか俺でもわかった。
心臓が、面白いくらい跳ねてる。間違いなくアテナにも聞こえてる。
「……ここじゃ、マズいだろう。それに、子供はまだ早い」
「そう? でも……してみたいなー、なんて」
「……それ以上言うな。耐えられない」
「私はここでもいいよ? その、これから何度もするんだし、初めては痛いってウェナが言ってたし……痛いのが過ぎれば幸せな気持ちになれるって言うし……」
「こ、こんな場所でいいのかよ……ルナやファウヌース、ブラックシープたち。それにダイアウルフもいるんだぞ?」
「みんな寝てるじゃん。もうアロー、さっきから言い訳ばっかり。その……私と、したくないの?」
「………したい。だからこそ、ちゃんとした場所で……んぐっ!?」
アテナは、俺に接吻してきた。
突然で反応できなかった。顔をガッチリ掴まれ接吻してる。
アテナはゆっくりと唇を離す。
「もういいでしょ?……するわよ」
「………おう」
もう、ガマン出来なかった。
地面にシートを敷き、毛布を敷く。
俺とアテナは服を脱ぎ、抱き合って毛布の上に寝転がり、さらにその上から毛布を被る。
「アロー、あったかい……」
「アテナも……あったかくて、柔らかい……」
「………」
「………」
「アテナ、好きだ……」
「私も、アローが好き……」
いつも元気いっぱいでちょっと抜けてるアテナが、こんなにもしおらしくて可愛いなんて。
子供はまだ早いけど、行為によって愛を深めることは出来る。種を中に出さなければ、子供が出来ることはない。
今はただ、アテナと愛を確かめ合いたい。
初めての夜は、吹雪の冷たさを忘れるくらい熱かった。
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