第37話・出荷


 見送りは、誰も居なかった。

 仮にも、アスモデウス家当主の愛人なのに、用意されたのは装飾の施された馬車が荷台と、雇われである数人の護衛だけ。

 その事に不満を持ちつつ、リューネとレイアはそれぞれ別の馬車に乗り込んだ。

 モエはリューネ、アミーはレイアの馬車に乗り込み、雇われ御者が馬を走らせる。

 

 「······ねぇ、モエ」

 「何でしょうか」


 リューネが、馬車の窓から外を眺めながらモエに聞く。

 偶然だが全く同じタイミングで、レイアもアミーに質問した。


 「ねぇ、アミー」

 「は、はい。何でしょうか?」


 タイミングも質問も全く同じタイミングだった。

 姉妹故に、抱える悩みも同じだったのかもしれない。


 「「私、また帰って来れるのかしら?」」


 その質問の答えは、二人のメイドには変えせない。

 モエは単純に答えが出せない、アミーは答えない方が面白そうだからと理由は違う。



 こうして二人の姉妹と二人のメイドは、セーレ領土へ帰郷する。



 *******************


 

 アスモデウス領土を出発して何日か経過し、アスモデウス領土を抜けた頃。現在位置はセーレ領に燐するダンタリオン領土までやって来た。

 馬車での移動は退屈だ。

 リューネは本でも読もうかと思ったが、馬車酔いするので諦めた。なのでクッキーを齧りながら外の景色を眺めている。


 「ねぇ、確かダンタリオン領土は、七十二領土で最も美しい風景がある地域よね?」

 「はい。なのでダンタリオン領土は高名な画家の出身地として有名です。ダンタリオン領首都レジナルトは芸術都市として栄え、画家や彫刻家を目指す若者が毎年集います」

 「ふーん。確か、芸術学校なんてあったわよね」

 「はい」


 この数日、モエは表情が殆ど変わらない。

 昔から感情が希薄な少女だと思っていたが、アスモデウス領土へ来てからますます表情が乏しくなった。

 それに比べてアミーは、よく失敗もするが笑顔を絶やさない。そんなモエとアミーは先輩後輩として仲がよく、二人で一緒に仕事をする光景をリューネはよく見ていた。


 「ねぇモエ、あんたさ······」

 「·········」


 リューネは、退屈しのぎに聞いてみた。

 小さな頃から一緒にいるメイドが、どんな顔をするか見てみたかった。


 「あんた、あたしを恨んでる?」

 「······質問の意味が理解できかねますが」

 「だってモエ······アローの事を愛してたんでしょ?」

 「·········」

 「否定しないのね」


 リューネはクスクス嗤い、クッキーをボリボリ齧る。

 食べカスがポロポロ溢れるが、モエは特に指摘しなかった。

 

 「聞きたかったんだけどさ、どうしてあたしやレイアに着いてきたの? あたしに着いてきてもあんたはメイドのままだし、セーレに帰ればアローと一緒になれたかもよ? まぁあいつは犯罪者としてマリウス領に送られちゃったけどね」

 「············」


 モエの表情は変わらない。

 真っ直ぐな瞳は、主人であるリューネを見つめている。


 「············」


 リューネの言う通り、アローの元へ向えばよかったのかもしれない。

 リューネとレイアがサリヴァンの告白を受けた時、それを喜ぶ自分が居たのは間違いない。

 二人がサリヴァンの物になった瞬間に、セーレに帰ればよかったのかもしれない。

 だけど、モエはそれをしなかった。

 モエは、自分の中に生まれた欲望と、アローに託されたリューネとレイアを頼むという信頼を天秤に掛けた。

 もしモエが二人を諦めてセーレへ帰ったら、アローはきっと悲しむだろう。そこに空いた隙間にモエが入り込むのは、決して難しくなかったはずだ。

 だけどモエは、信頼を優先した。

 アローに頼まれたのだ。「リューネとレイアを頼む」と。主人であるアローの言葉に背かず、メイドとして二人の傍で職務を全うした。

 その結果が、アローから憎しみと殺意を向けられた。

 モエが愛してる主人アローの全てを失った。

 モエは、どこまでもメイドなのだ。


 「私の主人はあの瞬間からリューネ様です。メイドとして主人に尽くすのは当然の事です」

 


 モエの声は、一切の迷いがなかった。



 ********************



 レイアは外の景色を眺めながら、これからの生活について考えていた。

 資金は数年分の蓄えと宝石を持ってきたので困ることはない。だが、問題は生活の場所である。


 「ハオの町の宿······ええと、確か『セイル亭』だったかしら」


 ハオの町には宿が一軒しか無いはずだ。

 顔見知り。それが厄介な存在である。

 レイアはリューネよりも頭が良く、これからの生活について考えを巡らせていた。

 まず、実家に帰るのはあり得ない。

 父母は恐らく姉妹を諦めてる。特に婚約者を捨てたリューネに関しては怒りを通り越して殺意を抱いていてもおかしくない。

 レイアは、金品を渡して黙らせればいいと考えた。

  

 「レイア様、ハオの町ってどんな場所ですか?」

 「え······ああ、退屈な町よ。何もない田舎町ね」

 「へぇ······リューネ様とレイア様の故郷ですよね?」

 「まぁね。でも、今の故郷はアスモデウスよ。サリーに頼まれたから帰るだけで、すぐに帰ることになると思うわ」


 口ではそう言うが、本心は違う。

 レイアはこれからの事を考える。アスモデウスに頼らず生きて行くにはどうすればいいか。

 レイアにはアスモデウスで得た物以外に何もない。姉であるリューネを切り捨て、一人で生きて行く覚悟も必要と考えていた。


 「レイア様、どうかなされました?」

 「·········なんでもないわ」



 レイアは目を閉じ、暫しの昼寝をする事にした。



 ********************



 特に問題なく道中を進み、気が付くとセーレ領土に入っていた。現在のリューネとレイアは同じ馬車に同乗し、何気ない会話を楽しんでる。モエとアミーも同じ馬車に居る。

 セーレ領土の景色だが、リューネは特に懐かしとは感じず、レイアは少し不審さを感じていた。


 「姉さん、何かおかしくない?」

 「ん······何が?」

 「いえ、ここ、セーレ領土よね?」

 「そうね。ダンタリオン領土を抜けたし、ここはセーレでしょうよ」

 「え、ええ。ねぇモエ、何かおかしいわよね」

 

 レイアは、セーレを知るもう一人の人物に話しかける。

 するとモエは、いつもと変わらない口調で言う。


 「恐らく、街道が綺麗に整備されているからですね。以前のセーレ街道は、ここまで美しく整備されてなかったと思われます」

 「確かに······姉さん、以前はもっと荒道だったわ。馬が踏みしめたような道だって、文句を言ってたじゃない」

 「そういえば······」

 

 レイアの言うとおり、セーレ街道は綺麗に整備されている。

 石や砂利などは取り除かれ、馬や馬車が通りやすいように道幅も広くなっている。まるで貿易が栄えた都市に続く道のように見えた。

 それから間もなくして、ハオの町が見えて来た。


 「え······」

 「な······」


 姉妹は、ハオの町を見て驚いた。

 そこはまるでアスモデウス首都トビトのように栄えた、近代的な町だった。

 馬車は行き交い、人の出入りは多く、馬車の中からでも喧騒が聞こえてくる。

 木を打つ音や資材を運ぶ馬車がよく通ったのは、町に新たな建物が建築されているからだ。

 この町に、いやセーレ領土に何が起きてるのか、今の二人にはさっぱり理解できなかった。

 二人の姉妹と一人のメイドは、ようやく故郷に帰って来た。

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