第38話・心の整理とアテナの問い

 ニケの集落を出て2日、ニュンペの森まではまだまだ掛かる。

 ニケから続く林道を歩きながら、隣にいるアテナに聞いた。

  

 「なぁ、ファウヌースって羊なんだよな」

 「そうよ、モコモコして可愛いのよ。よく神界で枕代わりにして昼寝をしたわね」

 「枕代わり······うーん、イメージ出来ないな」

 「見ればわかるわ。それに温厚な性格だから害はないし、強いて言えば臆病だから人前には絶対に現れない事ね」

 「人前って、大丈夫なのか?」

 「ええ。ミネルバに場所を探してもらって私が会いたいって伝えて貰えば会えるわ」

 

 アテナはとても頼りになる。

 戦闘はもちろん、俺の知らない知識なんかもあり、食べられる野草や木の実なんかを収穫して来たりしてくれる。

 ニュンペの森までまだ距離があるし、手持ちの食料だけじゃ足りない。なので自然の恵みは旅に欠かせない。

 俺やアテナはともかく、ルナの食料だけはちゃんとした物を食べさせたい。

 まさか赤ん坊に肉の塊を出すわけには行かない。ニケの集落で赤ん坊が食べても平気な木の実や野草を教えてもらったり、調理法なども教えてもらった。

 現にルナは、俺が作った木の実と野草のスープを残すことなく食べてくれた。


 「くぅ······」

 「よしよし」


 俺の胸の中でルナは寝息を立てている。

 この子は好き嫌いもしないし夜泣きもしない。泣くのはアテナに抱かれた時だけだ。


 「ねぇアロー、今日の夕飯はどうするの?」

 「考えてないけど······肉がいいのか?」

 「うん。昨日食べた肉はスジっぽくて美味しくなかったから、今日は鳥肉を食べましょう。焼き鳥がいいわね」

 「焼き鳥か······いいな」

 「決まり‼」


 アテナはニヤリと笑うと、地面に落ちていた石を拾う。

 そのまま空を見上げると狙いを定めて投球体制に入った。


 「ふふ······来い」

 「おま、鳥ってここから狙うのか⁉」

 「当然で、しょっ‼」


 アテナは石を全力投球。

 高速で飛翔した石は大きな鳥の頭に命中。きりもみ回転しながら落下してきた。


 「大当たりっ‼」

 「すごいな······」


 落ちてきたのは大きな黒い鳥だ。

 俺の身長くらいある鳥で、かなり食べごたえがありそうだ。

 

 「ふふん、どーよ」

 「お見逸れしました」

 「よろしい。では調理をよろしくね」

 「はいはい」



 俺とアテナの旅は、こんな感じで続いていた。



 ********************



 街道沿いから少し外れた大きな岩の背で、野営をする。

 近くに川も流れてるし、大きな岩のおかげで背後を気にしなくてもいい。

 折りたたみ簡易テントを張り、夕飯の支度をする。

 鳥の羽をむしり取り、内臓の処理と血抜きをする。

 俺が摘んできた山菜と鶏肉の一部をスープにして、残った肉をアテナのリクエスト通り焼き鳥にする。

 ルナには、すり下ろした果実と煮込んで潰した野菜を作り、先に食べさせた。

 お腹いっぱいになったルナは眠くなっていたので、簡単に身体を拭いておしめを替える。するとすぐに眠ったので簡易テントに入れて休ませる。

 ルナのそばにはチビフクロウのミネルバが護衛に付いた。なんとまぁ頼もしい護衛だろうか。

 俺とアテナは、二人で夕食を食べていた。


 「うん、美味しいわ。さっすがアローね」

 「そりゃどうも。味付けが塩しか無いのが悔やまれるぜ」

 「でも美味しいわよ?」

 「そう言ってくれるとありがたいぜ」


 アテナは美味しそうに焼き鳥を囓り、スープを啜る。

 こんな笑顔で食べてくれると俺も嬉しい。作りがいがあるってもんだ。

 アテナはあっという間に完食。俺もスープを飲み干し食器を片付けた。


 「ほれ、あったまるぞ」

 「お、ありがとね」


 白湯に絞った果実汁を加えたフルーツティーをアテナに渡し、俺も同じ物を飲む。

 辺りを照らすのは満点の星と月明かり、そして焚き火の炎。

 炎が揺れパチッと爆ぜる。するとアテナが聞いてきた。


 「ねぇアロー、あんたさ……まだサリヴァンを恨んでる?」

 「当たり前だ」


 俺は即答した。

 考えるまでもない。あのクソだけは絶対に赦さない。

 

 「前にも言ったよな、あのクソ野郎だけは俺が殺す。報いを受けさせる」

 「ま、わかってたけど確認しただけよ。最近は人々のために頑張ってたから、復讐心が薄れてきたのかなって、ちょっと気になっただけ」

 「じゃあ問題ない。この気持ちだけは絶対に風化しないから安心しろ」


 故郷を、家族を奪ったサリヴァンは俺が殺す。

 これだけは何があろうと絶対に揺らがない。


 「じゃあ、許嫁の二人は?」

 「………リューネは俺を裏切ったけど、正直どうでもいい。だけど昔みたいに仲良くする事はもうあり得ない。レイアは……どうでもいいな」

 「どうでもいい? なんで?」

 「あいつらはサリヴァンの金や宝石に目が眩んで全てを捨てた愚か者だ。どんな人間にも欲望があるし、大きな欲に目が眩むのは仕方ない」

 「ふーん。じゃあ赦すんだ」

 「赦すとかじゃない、どうでもいいんだ。仮に目の前で魔獣に食われてもどうでもいいって事だよ、もうあの二人に特別な感情はない」

 「へぇ……昔の婚約者とその妹でしょ? 自分を裏切った復讐はしないの?」

 「別に。まぁ俺に擦り寄ってくるようならぶん殴ってやるけどな……あり得ないけど」

 

 サリヴァンを殺してもアスモデウス領が崩壊するわけではない。

 でも、妻であるリューネとレイアは未亡人となるだろう。

 アスモデウス家で重要な役職にでも就いていれば残れるだろうが、なんの能力も無い金食い虫だったらすぐに捨てられるだろうな。

 そこで再びセーレ領に戻るようなら……たぶん、アーロンが赦さないだろう。

 父さんの執事のアーロン、彼なら俺の代わりにセーレ領を統治してくれる。アスモデウスの侵略にも抵抗しているだろう。

 セーレ領がどうなってるかはわからない。

 サリヴァンの言うことが正しいなら、周辺の山々の発掘を開始するだろうな。


 「はぁ……」

 「どうしたの?」

 「………別に」


 少しだけ、セーレ領に帰りたくなった。

 今、セーレ領はどうなっているだろうか。


 「じゃあアロー、モエとかいうメイドは?」

 「モエ………」


 モエ。

 見たことが無いような冷たい目で俺を見たモエ。

 リューネとレイアよりも付き合いが長く、姉のようであり妹のようでもあったモエ。

 正直、リューネとレイアに裏切られた事より、モエが裏切った事のがショックだった。

 

 「あの時………モエなら俺を信じてくれる、そう思ってた」


 リューネとレイアが小綺麗なドレスを着てセーレ領に帰ってきた時、俺がアスモデウス領の重要書類を盗んだと濡れ衣を着せられた時、アスモデウス領に連行された時。

 俺を見るモエの視線………それは、無感情だった。


 「でも、モエは何もしなかった。モエは冷たい、見たことも無い目で俺を見ていた」


 食事を運んできたモエは、職務を遂行するただのメイドだった。

 俺を叱り、笑い、甘やかしてくれたモエは居なかった。

 ずっと信じていたモエは、どこにも居なかった。


 「あいつは……モエは俺を裏切ったんじゃない。メイドの職務を全うしただけなんだ」

 

 俺と一緒に居たのも、父上に雇われたから。

 俺の面倒を見ろという職務命令だったから。

 だから、父上が死んでモエは解放された。


 「モエは初めから、俺の事を裏切ってない……仕事が終わっただけだ」

 「ふーん。じゃあ怒ってないんだ」

 「わからん……はは、なんか笑えるよな。俺と一緒に育ったメイドは、仕事だから一緒に笑っていただけなんだよ」


 勝手な想像かもしれない。

 だけど、そう思うことでモエに対する気持ちにケリを付けた。

 

 「アロー、あんたさ……モエが好きだったの?」

 「…………………うん」

 「もしかして、初恋?」

 「かもな………」

 

 失恋ではない。

 モエが俺を好きなんてあり得ない。

 だってモエは、仕事で俺と一緒に笑っていたんだ。

 そうじゃなきゃ、あんな冷たい目で俺を見ないはずだ。


 「はは……なんか、お前に言われてスッとしたよ」

 「そっか。アローの初恋は終わったのね」

 「ああ」

 「じゃあ、新しい恋を探すの?」

 「………わからん。今は生きることで精一杯だしな」

 「ふふ、私でよければ相手してあげるわ。人間の一生で恋をするなんて滅多に出来ない経験だしね」

 「え」


 俺はアテナを凝視する。

 アテナはイタズラっぽく笑い、人差し指を口に添える。


 「………お前、ウソだろ?」

 「くふふ、引っかかったわね。私はそんなに軽い女じゃないからね!!」

 「………ははは、この野郎」

 「でもね、あんたの事は気に入ってる。もっと格好良くなったら、考えてあげる」

 「いや、お断りします」

 「はぁ!? この女神アテナの求愛を断るですって!!」

 「おいうるせーぞ、ルナが起きちまう……あぁもう、言ったそばから」


 アテナの大声にルナが起きたのか、テント内から泣き声と鳴き声が聞こえてきた。どうやら泣いてるルナをミネルバがあやしてるのだろう。


 「おいアテナ、ルナを落ち着かせるから来い」

 「はいはい、全くもう……」

 「おい、お前の責任だからな?」



 俺とアテナは、ルナとミネルバが待つテントへ入った。

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