第31話・白豚と二人のメイド


 「モエ、明日はアエーシュマ楽団の演奏会よ。ドレスを用意しておいてね」

 「はい、リューネ様」

 「アミー、私は町の貴婦人会のお茶会に招かれてるの。私にもドレスと馬車の用意をお願いね」

 「はい、レイア様」


 アスモデウス本家・リューネの部屋。

 本妻争いで愛人達のお茶会がなくなり、リューネとレイアは二人で過ごすことが多くなった。愛人達と顔を合わせればセーレの田舎娘と罵られるし、短気なリューネはきっと我慢出来ず言い返すことが自分でよく分かっていた。

 今大事なのは、愛人達との争いではなく自分を磨くことだとリューネとレイアは思っていた。

 美しく優雅である。それが四大貴族でアスモデウス本家に相応しい姿であり、その本妻にも求められる姿であると理解していた。だから無駄な争いはせず、常に優雅で自信に溢れた自分で居ようと二人は努力していた。

 アミーとレイアはドレスの準備をするために自室に戻った。その後すぐにモエが何着かのドレスを準備し、リューネに確認する。

 

 「リューネ様、明日のドレスですが、色は赤で宜しいでしょうか?」

 「そうね……せっかくだし合わせてみようかしら」

 「それではこちらへ」


 鏡の前にリューネは立ち、モエは背中のファスナーに手を掛ける。そして今着てるドレスが床に落ちると、リューネは下着姿で鏡の前に立った。

 紅のドレスを胸の前に持ち鏡を見る。リューネはその姿を見て悩む。

 

 「……そうね、赤も良いけど……この紅もステキね」

 「……はい」

 

 リューネの肢体を見ながら、モエは思った。

 毎日のお茶会、移動は全て馬車、高級な食事や脂ののった肉、高級なワインやお酒類など。贅沢の限りを尽くしたリューネの身体は、ぽっちゃりとしていた。

 優雅で美しい振る舞いは確かに大事だ。だが、それは内面を磨くのであって肉体を磨く物ではない。

 スタイルはともかく美容には気を遣っているのだろう。高級な化粧品でメイクを施した肌は滑らかで美しい。女性から見ても羨む肌だ。

 

 「じゃあ明日は紅のドレスで行くわ。ふふ、楽しみね」

 「はい」

 「ふぅ、なんだか喉が渇いたわ。お茶をちょうだい」

 「畏まりました」


 リューネの好物であるセイロンティー、そして砂糖とハチミツのタルト。

 モエは聞かれずとも準備をする。先ほどレイアと一緒にお茶を楽しんだことなど関係ない。お茶と言ったらセイロンティーをタルトがセットなのだ。

 モエは一度退室し、お茶の支度をすべく給湯室へ向かう。するとそこにはメイド服の同僚である『不幸と貧困の女神アラクシュミー』がいた。


 「ふんふーん……あら、貴女もお茶かしら?」

 「アミー……そうですが、貴女もですか?」

 「そうよ。ホンットにあの姉妹はよく食べるわね。バクバクバクバク……白豚みたい」

 「………」

 「ふふ、冗談よ。それより面白い事をいくつか聞いたの……知りたい?」

 「何でしょうか?」

 「あら、興味津々ね……まぁいいわ。実はね、このアスモデウス領の財政が良くないそうなのよ」

 「………事実ですか?」

 「ええ、町の酒場で仕入れた情報よ。どうやらアスモデウス領の鉱石業者がいくつも倒産してるみたいなの。噂ではアスモデウス領の鉱山がどんどん閉鎖してるみたい」

 「………貴女、また無断で町に出たんですか?」

 「ちょ、そっち!? もう、ホンットに貴女は固いわね!!」


 アミーは腰に手を当ててプンプン怒る。

 モエはジト目でアミーを見つつも思った。


 「それも貴女のせいで間違いないでしょうね」

 「もっちろん!! ふふふ、いい『不幸』の味を食べることが出来たわ」

 「町に出るのはそのためですか……全く」

 「いいじゃない。人の不幸は蜜の味……アテナのバカのせいで人間界に堕とされたけど、こんなに美味しい蜜を前にガマンなんて出来ないわ。天界じゃ遠くから搾りカスみたいな不幸しか味わえなかったし、ルナが近くに居たおかげで不幸は相殺されちゃうし」

 「は、はぁ……?」

 「うふふ、ここには|馬鹿(アテナ)も|邪魔者(フォルトゥーナ)も居ないから食べ放題!! 私のせいでみーんな不幸になる!! うふふ、うふふふふ……あははははっ!!」

 「…………」


 アミーは狭い給湯室でクルクル回る。無邪気な子供のようにスカートを翻してクルクルと。長い髪を振り回し、まるでワルツを躍るように。



 その姿は、リューネとレイアよりも美しく見えた。



 **********************



 翌日。リューネは演奏会へ行くための着替えをしている時だった。


 「お、おかしいわね……」

 「し、失礼します。ふ……っ!!」

 「い、いたたたた、モエ、痛い!!」

 「申し訳ありませんっ、やはり、入りませんね……」

 「そ、そんな。おかしいわ、一週間前は着れたのに」


 美しい紅のドレスが、どう頑張ってもリューネの身体に入らない。生地がピチピチで背中のファスナーが上がらないのだ。


 「うーん……モエ、このドレスを洗ったのはいつ?」

 「え……た、確か四日前ですが」

 「やっぱり。その時に縮んだに違いないわ!! 全くもう、高級なドレスが一着ダメになったじゃない!! もう、気を付けてよね!!」

 「も、申し訳ありません……」


 そんなわけ無いだろこの白豚。お前が太ったんだよ。

 モエは心の中でそう思うが、決して顔や口には出さない。紅のドレスはモエが着ると間違いなくブカブカだろう。

 結局、リューネが持っているドレスの中で最も大きな桃色のドレスを着ていくことにした。

 アスモデウス産の宝石を身につけ支度が完了する。不満そうな目でモエを睨み付け、リューネは馬車で劇場へ向かっていった。

 

 「………はぁ」


 モエはため息を吐くとリューネの部屋の掃除を始める。

 使用人は多く居るはずだが、愛人達に認められた使用人以外は部屋に立ち入ることが禁じられていた。なのでリューネの部屋はモエが、レイアの部屋はアミーが掃除をする。

 

 「あ……」


 モエの視線の先に、紅のドレスがあった。

 この部屋にはレイアしかいない。ドクンと胸が高鳴る。

 ゴクリとツバを飲み込み、モエは自信のメイド服に手を掛ける。


 「…………」


 誰も見ていない。モエの中で魔が差した。

 パサリとメイド服が落ち、モエは下着も脱ぐ。

 真紅のドレスを掴み、自身の身体に合わせ鏡の前に立つ。


 「…………似合う、かな」


 モエもメイドである前に女の子だ。キレイなドレスに興味が無いワケではない。

 誰にも言えない秘めた想いを胸に、モエはドレスに袖を通した。


 「………ぶかぶか」


 胸元の開いたドレスはぶかぶかで、屈むと胸の先端まで丸見えだ。こんな物を着て出歩くなんて決して出来ない。モエはちょっぴりおかしくなり微笑んだ。


 「かわいいわねぇモエちゃ~ん」

 「っ!?」


 すると、ドアの隙間からアミーが覗いていた。

 目を見ただけでわかる。完全に面白がっているのが。

 アミーはスルリと部屋に入るとカギを掛け、ゆっくりとモエに近づく。

 

 「あ、ああ……その、これは」

 「いいのいいの、どーせ白豚のドレスのサイズが合わなかったんでしょ? こっちの子豚もそうよ、ドレスが合わないのは縮んだからだー!! とか喚いてたわ」

 「……」

 「んふふ、貴女も人のこと言えないわねぇ……主の留守中に、主のドレスを着て遊ぶなんて。とんでもない不良メイドだわ」

 「う……」

 「ま、可愛い姿が見れて嬉しいけどね。そのお礼に、もっと良いこと教えてあげる」

 「………え?」

 「うふ。セーレ領のお・は・な・し」

 「っ!!」


 モエは目を見開くと、ドレスがストンと落ちて全裸になった。

 だがそんなことも気にならないのか、モエはアミーに詰め寄る。


 「セーレ領の話とは何ですか? 教えてください」

 「あらら、大胆ね……まぁいいわ。実はセーレ領で内乱が起きてね……アスモデウス本家が遣わした領主代行が殺されちゃったみたいなの。それで現在の領主はアーロンとかいう執事みたい」

 「アーロン様が!?」

 「ええ。そのアーロンとか言う領主代行がやり手らしくてね、セーレ領で新たな鉱石採掘事業を興したそうよ。既に他の貴族と交渉して産出も始まってるらしいわ」

 「凄い………流石はアーロン様」

 「それと、面白いのはここからよ?」

 「え?」


 アミーは人差し指をモエの口に当て、微笑を浮かべる。

 モエは人差し指の感触に驚きつつ、アミーを見つめる。


 「領主代行のアーロンは、マリウス領に捜索隊を派遣するそうよ。どうやら……アローを探すために、本腰を入れ始めたみたい」

 


 モエの目がパッチリと見開かれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る