第30話・迫り来る苦境


 「サリヴァン様······」

 「······今度は何だ?」

 

 アスモデウス領土にあるアスモデウス本家。サリヴァンの執務室では、比喩でなく頭を抱えたサリヴァンが、歯を食いしばりながら報告を聞いていた。


 「そ、その······第12鉱山の採掘が終わり、これ以上の発掘は望めないそうです」

 「·········それで?」

 「は、はい。第35鉱山、第10鉱山の採掘も終了間近。このままではアスモデウス領の鉱山は40を下回ります」

 「·········」


 サリヴァンは頭を抱える事が多くなった。

 全てに置いて上手く行かない。鉱石の輸出は下がる一方で、アスモデウス領土の財政も悪くなっていく。四大貴族と言われたアスモデウス家は、少しづつ傾いていた。


 「くそ、セーレ領への出兵は?」

 「それが、アスモデウス家の正規兵はまだ回復してません。志願兵を集め出兵したところ、セーレ領入口で中型魔獣の襲撃に合い撤退······現在、志願兵を募集してますが、中々集まらず」

 「そう、だったな·········すまん」


 レバノンの護衛が衰弱状態でアスモデウス領土へ帰還した時、サリヴァンは全てを聞いた。領主代行のレバノンが殺害され、ハイロウの執事アーロンが新たな領主となった事。レバノンの護衛はすぐにアスモデウス領に帰らず、レバノンの結末を見届けていたのだ。


 セーレ領への出兵はすぐに行われた。セーレ領土は四大貴族の取り決めでアスモデウスが管理することになっている。貴族であるセーレ家の没落により、領主が不在なので問題の中核にいたアスモデウスが管理するのは当然の流れだ。

 領民たちの反乱は予想していたが、鉱石事業で領民たちが潤えば、そこまでの反乱は起きないと考えていた。

 サリヴァンは知らなかったが、領主代行のレバノンの圧政による不満と、前領主アローの人徳の深さがここまでの事態を引き起こしたのだ。


 兵による鎮圧は最終手段だったが、その兵すら魔獣によって失った。帰還兵たちは2割を切り、アスモデウス領土の正規兵たちは殆どが魔獣たちの餌になったのだ。

 その後、やむを得ず志願兵を募り、莫大な前金を支払い出兵をさせた。だが、待っていたのは中型魔獣の襲来だった。

 今回の出兵は全滅という形で終わった。失ったのは大金、得た物はセーレ領土への恐ろしさだけだった。


 「······仕方ない。セーレ領土は諦めて、第二候補のラウム家と交渉しよう。あそこの領主はアスモデウス家に忠実な家だ。揺さぶりを掛けてやればすぐにでも」


 72の領土を回ったサリヴァンは、セーレ領土ほどではないが鉱山に恵まれた地域をいくつか見繕っていた。その中でもセーレ領土は突出していたが、ここまで災難が続くと手を引かざるを得ない。もちろん、ここまでやられた借りは必ず返すつもりだが。

 すると、サリヴァンの執務室のドアがノックされた。サリヴァンはまた陰鬱な報告かと頭を悩ませつつ、執事にドアを開けさせた。


 「失礼します、サリヴァン様。お客様が」

 「······客?」

 「はい。マルパス家の当主、リアン様でございます」



 それはかつて親睦会に誘った、次期当主の1人だった。



 *******************

 


 サリヴァンは正装に着替えつつ考える。マルパス家の当主が家督を譲った話は聞いていた。新たな当主であるリアンがサリヴァンに挨拶に来るのは自然な事だ。

 だが、このタイミングで来る理由がわからなかった。

 マルパス領土には鉱山がない。なので宝石や鉱石の輸出はアスモデウス領土が一手を担ってる。採掘の不良で輸出量は減ったが、その事に対する話だろうとサリヴァンは考えていた。

 着替え終わったサリヴァンは、リアンの待つ客間へ移動する。そしてドアを開けて久しぶりにリアンと再会した。


 「やぁ、久しいねサリヴァン殿。親睦会以来かな?」

 「変わりないようで、リアン殿」


 2人は握手を交わし、高級感溢れるソファに腰掛ける。

 リアンは柔らかく飄々とした笑みを浮かべながら紅茶を啜る。マルパス家は72の貴族の中では中堅クラス。アスモデウス家の当主であるサリヴァンに当主自身が会いに来るなど、よほどの事だろう。

 

 「さっそく本題でもいいかな、実はいろいろ忙しくてね。用事を済ませたら帰って来いって、父上がうるさいんだよね」

 「それはそれは······では、ご要件とは?」

 「うーん、ちょっと言いにくいんだけどさ」


 貴族らしくない物言いだが、この青年が言うと不思議と不快には感じない。むしろ自然と耳に入って来た。だが話し方はともかく、内容は全く別だ。


 「アスモデウス領との鉱石取引······今月を持って終わりにしたいんだ」

 


 サリヴァンは、完全に硬直していた。



 *******************



 「············何故?」


 そう返すのが、やっとだった。

 リアンは申し訳なさそうに、それでも軽い喋りで告げる。


 「実はさ······アスモデウス領土より質のいい、それでいてとっても安い鉱石を輸入出来るようになったんだ。流石に驚いたよ······あ、見るかい?」


 するとリアンは後ろに控えてた護衛らしき人物を呼ぶと、護衛は懐から布に包まれた小さな塊を手渡した。リアンはその包を広げ、サリヴァンの前のテーブルに置く。


 「こ、これは······」

 「トパーズの原石さ。磨く前なのに、ここまで美しい。アスモデウス領土だとかなりの値打物だろう?」

 「これ程の鉱石を発掘する鉱山、一体どこに······」

 

 驚愕するサリヴァンに対し、リアンは笑顔で告げる。

 その笑みはどこか、楽しんでるようにも見えた。



 「知らないのかい? これはセーレ領で発掘された鉱石さ」 



 サリヴァンの顔色が変わった。

 リアンの態度が、サリヴァンを舐めているのが嫌でもわかった。


 「アスモデウス領は現在のセーレ領土の状況を知らないようだから教えてあげるよ。セーレ領は有志たちで鉱石発掘の会社を立ち上げてね、アスモデウス家が残した調査資料を元に、鉱石発掘を始めたのさ。いやはや、領主代行のアーロン殿はスゴいね、領主兼代表として各方面と交渉してるよ」

 「·········」


 おちゃらけたリアンの言葉に、サリヴァンは黙り込む。


 「彼は言ってたよ。ありのままの自然を残すことも大事だが、新たな事業を興して町を発展させるのも1つの道だって。まぁ彼のことだし、むやみやたらな採掘は行わないと思うけどね」

 「·········」

 「ま、そういう事だから。輸出停止の書類は後日改めて使いを出すね。あぁ、その鉱石は進呈するよ。」


 そこまで言うと、リアンは立ち上がった。

 スタスタと迷いなく歩き、ドアの前で止まった。


 「たぶん、これからアスモデウス家が取引してる領土も取引停止を持ち掛けてくると思うよ。アスモデウス領は苦境に立たされると思うけど、頑張ってね」

 「·········何故、こんな仕打ちを?」

 「仕打ち? はははははっ!! ずいぶんと面白い事を言うね」

 「なに······!!」


 リアンは笑い顔を引き締め、真顔で言った。


 「キミがアローにした仕打ちに比べたら、大したことないんじゃない?」


 サリヴァンの身体は、凍り付いたように止まった。 

 

 「過ごした時間は短かったけど······アローはボクの友人だ。実はアーロン殿がマリウス領に捜索隊を派遣するらしくてね、当主という立場だがボクが捜索隊の指揮を執ることになった。ま、志願したんだけどね」

 「な······何だと!?」

 「ボクは彼が生きてると信じてる。キミがアローを陥れた事は間違いないとも思ってる」

 「·········」

 「じゃ、もう会うことはないと願いたいね」


 リアンは去って行った。

 サリヴァンは歯を食いしばり、目の前にある鉱石を睨み付ける。

 今のアスモデウス領では絶対に採掘出来ないであろう輝きのトパーズ原石。これがセーレ領で発掘されたというのは間違いない。リアンがウソをつく理由が無いからだ。

 サリヴァンは拳を振り上げ、テーブルの上にあった鉱石に叩き付けた。


 「ッ!!」


 鉱石は砕ける事はなく、サリヴァンは拳から血が出た。痛みよりも、悔しさよりも、アローの名が何よりもサリヴァンの心を抉った。

 


 トパーズ原石は、血の色で輝いていた。

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