第29話・幸運とは恐ろしい

 

 「こ、これは………」


 集落に入った俺たちは驚いた。

 何故なら集落の異臭の原因が、荒れ果てて腐り果てた野菜と、死んで腐敗が進んでる家畜たちのニオイだったからだ。俺は慌ててルナの口と鼻を包むように布を巻く。少しでもこのニオイを吸わせないようにマスク代わりの布だ。

 俺とアテナも同じように布を巻く。どう見てもただ事じゃない。


 「アテナ、気を付けろ」

 「……うん、多分これ」

 「ああ」


 集落の中には人っ子1人いない。俺の考えが正しければ、全員が家の中にいるはずだ。

 その前に、俺は集落を流れる川に近付き、傍に落ちていたカップで水を掬いニオイを嗅ぐ。


 「………アテナ、間違いない」

 「やっぱそうなのね?」


 まさか、こんな事態に遭遇するとは思わなかった。

 原因は不明だが間違いない。これは。



 「ああ、川の水に毒が混ざってる」



 **********************



 まずやるべき事。それは生存者の救助だ。

 家を一軒ずつ周り、生存者の確認をしなくては。


 「アテナ、一軒ずつ行こう」

 「ええ」


 まずは1番近くの家。集落を見渡すと、どの家も同じような造りだ。手分けするより1件ずつ探していこう。

 俺はドアを強くノックして殆ど叫ぶ。


 「すみません!! 誰かいませんか!!」


 全く反応がない。するとアテナが目を細くして言う。


 「人の気配……でも、もの凄く弱い。命そのものが弱まってるような……」

 「失礼します……!!」


 俺は迷わずドアを開け、家の中に踏み込んだ。

 するとそこは、ヒドい光景が広がっていた。


 「………あ、ああ……だれ、だ?」

 「う……」


 家の中は酷い腐敗臭が漂っていた。

 その中にいたのは2人の男女。ガリガリにやせ細り、動く気力もないのかダイニングテーブルに突っ伏していた。俺がドアを開けたことに辛うじて反応したようだ。

 夫婦だろうか。素人目でもわかる。これは毒による中毒症だ。


 「大丈夫ですか!? しっかりして下さい!!」

 「………」

 「………あ」

 「マズいわよアロー、死にかけてる」

 「分かってる!! でもどうすれば……俺は医者じゃないし」

 「………とにかく、毒が原因なのは間違いないわね。川の水を飲んだ事による中毒症状……なんとか解毒しないと」

 「んなこと言ってもよ……とにかく、このままじゃマズい。この人達もだけど集落の状態を確認しないと」

 「……そうね。手分けして集落を確認するわよ!!」


 俺たちは夫婦を寝室へ運び……恐ろしく軽かった……手分けして集落を見て回った。

 家の数は30軒ほどだろうか、アテナと手分けして家を回る。


 「ひでぇ……なんでこんな」

 「あぅぅ」


 俺はおんぶ紐を前に移動させ、抱っこするようにルナを抱きしめる。

 セーレ領でもこんな酷い集団中毒はなかった。俺は初めてのことで身体がブルリと震えた。そして。


 「………くそ」


 一軒の民家は、すでに全滅だった。

 子供1人と大人2人。若い家族が、1つのベッドで抱き合うように事切れていた。

 俺は思わず壁を殴りつけてしまい、ルナを怯えさせてしまった。


 「ご、ごめんな……」

 「ふぇぇ」

 「よーしよーし……」


 ルナをあやし、他の建物も回る。

 15軒ほど回ったが、犠牲者は3人家族だけだった。

 アテナと集落の中央で合流する。中心には集会所らしき建物があり、なにか催し物でも開く予定だったのか、大鍋や調理器具が散らばっていた。


 「………老夫婦、ダメだった」

 「こっちも3人家族が……」

 

 少しだけ黙る。だがこんな事をしてる場合じゃない。

 頭を切り換えてこれからの事を考える。するとアテナが言う。

 

 「あのね、集落で一番若くて体力がある人がいるの。どうやら中毒の原因が分かるみたいだし、話を聞きましょ」

 「わかった、行くぞ」



 アテナの案内で、その人の家に向かう。



 **********************

 


 「やぁ……キミが、マリウス領の、領主様か……」

 「え、ええ……」

 「こんなザマで申し訳ない……長は既に死亡、喋れるのは、私だけみたいだ……」


 男性は真っ青な顔でポツポツ呟く。身体はやせ細り生気が感じられない。このままだと数日もしないうちに寝たきりになるだろう。なんとかしないと。


 「辛いかも知れませんが聞きます。一体何があったんです?」

 「……ふぅー……よし。まずはこの中毒の原因だが、どうやら川の上流に毒魔龍が住み着いたようなんだ。恐らくだが水浴びでもしてるのだろう、その身体から染み出した毒が川を伝って飛沫が上がり、集落全体に大規模な中毒症状を引き起こしてると考えられる」

 「毒魔龍!? 中型魔獣でも最高の毒を持つって言われてるあの毒魔龍ですか!? そんなバカな、文献でしか見たことも聞いたこともないような伝説の魔獣だぞ!?」

 「だが事実だ……元気な内に偵察に出向いたが……間違いない」

 「………解毒……解毒方法は」

 「まずは、上流にいる毒魔龍を何とかしなければ……」

 「ふふん。じゃあ私の出番ね」

 「おいアテナ、今回は流石にヤバい。いくらお前でも」

 「じゃあ集落の人達はどうするの?」

 「………」

 「悪いけど私は行くわ。危ないみたいだし、アンタは留守番ね。集落の人達を頼んだわよ」

 「お。おいアテナ!!」

 「頼んだわよ、領主さま!!」


 そう言ってアテナは飛び出してしまった。アテナを追うことをしなかったのは、領主という言葉が俺に突き刺さったからだ。こんなとき領主なら、領民を見捨てて行くわけがない。


 「よし、魔獣はアテナに任せましょう。解毒の方法は?」

 「………ない、が……ある」

 「え?」

 「ある。だが……不可能なんだ」

 「ど、どういう意味で?」

 「毒魔龍は身体の全てが毒の素材になる。それこそ肉や血、爪や牙や鱗……毒魔龍自体に解毒剤となる材料はない。だが、とある魔獣の体内で熟成される結晶が、万病に効く薬になると言われてるんだ」

 「……ん?」


 結晶?………なんか覚えがある。


 「ホープホースと言われる希少魔獣だ。ホープホースは人前に現れる事がない、見つかるのは死骸ばかりだし、件の結晶は死ぬと同時に溶解してしまう。溶解する前に手で掴めばいいのだが不可能に近い……だからこそ実物を見たことはこの数百年間で一度も見つかってないと言われてる」

 「あの……」

 「この話も私のおじいさんから聞いたんだ。可能性があるとすればそんなおとぎ話……すまない」

 「え、ええと……」


 俺はルナをチラリと見ると、なぜか嬉しそうにはしゃいでる。

 ここまで来ると恐ろしい。俺はこの時点で確信していた。


 「あの、これ何ですけど……」

 「ん……んんんん?」

 

 俺はポケットから黄色い結晶を取り出して男性に見せると、男性は目を丸くした。残された力を使い喋っていたのだろうが、そんなことを忘れるくらい仰天していた。


 「こ、これは……ば、馬鹿な!?」

 「ええと、ここまで来る途中でヘンな馬を倒したんですけど、そいつの心臓辺りから出てきたんです」

 「ほ、ホープホースの心臓結晶だ……は、ははは……」

 「あの、これで良いんですよね? これをどうすればいいんですか?」

 「あ、ああ……確か、煮込んで結晶を溶かしたスープにすればいいと……」

 「よし、さっそく……あ、水は汚染されてるんだっけ」

 「いや、大丈夫。心臓結晶が全ての毒素を浄化するはずだ」

 「分かりました。じゃあここは俺に任せて下さい、外にあった大鍋を借りますね!!」


 俺は外に飛び出し、積んであった薪を使って火を起こす。

 川の水を汲んで火に掛けると、水から酷い悪臭がした。


 「頼むぞ……」


 俺は一度だけ祈り、結晶を鍋の中に入れた……すると、濁っていた水は一瞬で透き通り、ほんのり黄色い液体が出来上がった。まさか一瞬で出来るとは思わなかった。

 俺は荷物の中からカップを取りだして一杯掬って男性の元へ。


 「出来ました!! あの、これでいいんでしょうか?」

 「あ、ああ……はは、じいさんに聞いたとおり、透き通るような黄色いスープだ……いただきます」


 男性は迷わず一気飲み。すると。


 「お、おお……身体が急に軽く……は、ははは……はははははっ!!」

 「お、落ち着いて下さい、急に動くと……」

 「おっと済まないね。だが……治った!! これは本物だ!!」

 「よかった……よし、じゃあ次は集落の人達に」

 「ああ、私も手伝おう」

 「いや、寝てた方が……」

 「一刻も早く治療しなければならない。小さい子供も居るからな」

 「……分かりました」



 俺と男性は、手分けして集落を回った。



 **********************



 秘薬の効果は絶大だった。飲むとたちまち元気になり、寝込んでいたのがウソのようだった。

 集落は総勢50名ほどで、子供だけでも10人は居る。ジガンさんの集落より大きいが、みんなやせ細っているから鉱石採掘は厳しいだろうな。


 「スゴいな……みんな元気になった」

 「スゴいのはキミだ。まさかホープホースに生きたまま出会えるとは。完璧な状態の心臓結晶を手に入れてくれたおかげでみんな助かったんだ。礼を言おう」

 「いや、いいですよそんな……」


 スゴいのはルナだしな。それに馬を倒したのはアテナだ。

 集落の人達は助かった喜びに打ち震えている。犠牲者もいたが……手厚く葬ってあげよう。

 すると、集落の入口から人影が見えた。


 「たっだいま~~~~~っ!! あれ? みんな治ってる!?」

 「アテナ!! 無事だったか!!」

 「あったりまえでしょ、毒魔龍だかナンダか知らないけどザコよザコ。それとついでに集落入口で何匹かトカゲを狩っておいたわ。みんなお腹空いてると思ってね」

 「肉はキツいだろ……」

 「そこはアンタの腕の見せ所よ」

 「はいはい、そうだな……じゃあ、山菜や薬草でも摘みに行くか。アテナも手伝えよ」

 「え~~~~~っ!! 帰ってきたばっかなのに~~~~~っ!!」

 「あとで肉焼いてやるから、な?」

 「し、仕方ないわね……」


 買収完了。アテナはちょろいな。

 肉はまだ胃が受け付けないだろうし、食べやすい山菜と薬草のスープでも作るか。俺も山育ちだから薬草の見分けは得意だし、心臓結晶のエキスがあれば山菜や薬草を使っても問題ないはずだ。



 いろんなことは後回しにして、まずはみんなの為に動こう。

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