第10話・怒りと追放、新天地と絶望


 その日の夜、蹲る俺の元へ食事が運ばれてきた。

 そいつはなんと、モエだった。


 「食事です」

 「………」


 鉄格子の小枠から、トレイが突き出される。

 俺は立ち上がり、そのトレイを全力で床に叩きつけた。


 「よく顔を見せれたな、裏切り者が」

 「………」


 モエの表情は変わらない。

 心が死んだかのような、無表情。

 俺は怨嗟の瞳でモエを……裏切り者を睨み付ける。


 「殺してやる……絶対に殺してやる!!」

 「……はい、殺して下さい」

 「っっ!! この、クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 俺は鉄格子を全力で殴る。

 モエには届かない。こんなことをしても届かない。

 だけど、止まらなかった。

 怒りを吐き出さないと、壊れてしまいそうだった。


 「全部、全部失った!! リューネとレイアも、セーレ領も、父上も!! ぜんぶサリヴァンのせいで失った!! 何が鉱山だ!! ふざけやがってチクショォォォォっ!!」

 「………」

 「ずっと一緒だったのに……お前も金と宝石に目が眩んで俺を裏切った!! ずっと一緒だった絆よりも金に目が眩んだ!! 父上だってお前を信じてたのに……」

 「………」


 モエは無表情だ。

 きっと、既に俺の存在に興味は無いんだろう。

 

 「それでは、失礼します」

 「………」


 モエは一礼し、去って行く。

 俺はその背中が憎たらしく、本気で叫んだ。



 「死んじまえこの裏切り者がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」



 **********************



 翌日。俺は一睡もしないまま牢から出され、そのまま別室へ運ばれた。

 口には猿轡が巻かれ、両腕は拘束されている。

 

 別室に入ると、そこには全員が揃っていた。

 サリヴァン、リューネとレイア、そして壁際にモエ。

 アスモデウス本家の人間も何人かいるようだ。

 

 そして、アスモデウス家当主から、俺の処分が発表された。


 「セーレ領当主アロー、貴様はアスモデウス本家の重要書類を盗み、それを利用して我がアスモデウス家に対する脅迫を仕掛けようとした。本来なら死罪は免れんが……次期当主サリヴァンとその妻たちの温情により、マリウス領への追放処分とする」


 俺はサリヴァンを睨み、リューネとレイアを呪う。

 壁際で澄ましてるモエも呪い、周囲の連中全員を呪った。


 「セーレ領は、アスモデウス家の管轄とする。これは四大貴族の総意であり決定である」


 ちくしょう。

 ちくしょう。


 「マリウス領への出発は明日だ。それまで己の罪を悔い改め、『戦と断罪の女神アテナ』に罪を告白せよ。慈悲深き女神は、きっと貴様を赦すだろう」


 何が女神だ。

 女神がいるなら、こんなねじ曲がった罪を許すもんか。

 そして、裁判という名の罪の発表会は終わった。

 

 

 俺は再び連行され、地下牢へぶち込まれた。



 **********************



 この日も料理は運ばれてきたが、俺は床に叩き付けた。

 モエは無表情でその様子を見る。


 「失せろ、クソ女が」

 「はい、失礼します」


 モエは何も言わず去って行く。

 もう二度と会うことはないだろう。


 全く眠くないが、ボロい毛布を被り目を閉じる。

 すると、何故か昔のことを思い出す。


 リューネとレイアとモエで釣りをしたこと。

 釣った魚を焼いて、リューネと競いつつ食べたこと。

 レイアとこっそり町で買い物したこと。

 モエに内緒でつまみ食いし、こってり絞られたこと。


 全てが幻想と分かり、記憶から消えていくのが分かる。

 全てを失い、憎しみだけが残った。


 「…………あ」


 そして、思い出す。



 『いいか、強く生きろ······これから先に何が起ころうと、決して諦めるな。どんなに辛くても、苦しくても、必ず明日が来る』



 父上の言葉。

 死の間際、最後に教えてくれた言葉。



 『いつだって······今日を生きるしかないんだ。いいな、忘れるなよ』



 いつだって、今日を生きるしかない。

 どんなに辛くても、日はまた登る。


 「う、ぅぅ……うぅぅぅぅ………」


 涙が止まらなかった。

 こんなに辛くても、明日はやってくる。

 どんなに辛くても、諦めるなと父上は言った。



 諦めなかった先に、何があるんだろうか。



 **********************



 翌日。牢獄用の馬車に乗せられマリウス領へ向かった。


 日程では1ヶ月ほどの道のり。

 72の地域で最も危険で、人間が僅かに住んでるという情報しかない。

 どんな文明が築かれているのか、どんな生物が闊歩してるのか、全てが未知。

 それほど危険な地域に、俺は放り出される。


 特に苦難もなく、マリウス領の国境へ到着した。

 巨大な塀の先は絶壁になっていて、1本の細い開閉式の橋が架けられている。

 そこを渡りきると、橋は外された。


 「………マリウス領」


 未開の地域。

 72の地域の中で、最も危険な場所。

 ここから先は、父上も教えてくれなかった。


 「………」


 俺は歩き出した。

 目的もない。危険な魔獣に出会えば、俺はエサになる。

 だけど進む、それ以外に道がないから。


 

 未来のない明日に向かって、俺は歩く。

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