第二章・【始まり】

第11話・マリウス領土


 マリウス領土は、広大な自然が広がっていた。

 未開の地らしく、街道のような人工の道は存在しない。なので、比較的歩きやすい道を進む。


 俺が歩いてるのは草原地帯。

 遠くには山も見えるし、森や林などの木々が密集してる場所も見える。

 見晴らしのいいこの場所では、魔獣らしき影は見えない。


 「·········」


 俺は無言で歩いていた。

 これからの予定はない。魔獣と遭遇して食われるか、力尽きて餓死するか。

 食事は殆ど取っていないからか、思考がやたらに冴える。


 マリウス領はどの領土にも隣接しない、断崖絶壁に囲まれた領土。

 わかっていることは、少数だが人間が住んでいること、危険な魔獣が多く生息していることぐらいで、以前どこかの貴族が調査隊を送ったら、僅かな人数しか帰ってこなかったということだ。


 そんな魔境で、俺が生きることは可能か?


 否、不可能だ。

 俺のスペックはそんなに高くない。

 山育ちだから体力にはそこそこ自信がある。それと、貴族としての嗜みで剣術は使えるが、腕前は一般レベル。

 あとは食べられる野草や木の実を見分けたり、小動物の解体くらいは出来る。

 

 現在の持ち物は、屋敷を出た時のままの服装。お情けで貰った僅かな食料と水。折りたたみのナイフが1本に、着火用の火薬と火打ち石のみ。


 これだけでマリウス領土を歩くなんて、自殺行為だ。

 だが、俺は進むしかない。

 

 「·········」


 進んだ先に、何があるのだろう。

 空には得体の知れない鳥が飛び、遠くには大地を駆ける狼の群れが見える。 

 

 「······ははは」


 俺は、なんで歩いてるんだろう。

 なんで、こうなったんだろう。

 

 「は、はは、ははは······あはははははっ‼」


 笑いと同時に涙が溢れる。

 思考がぐちゃぐちゃになり、何もかもがどうでもよくなる。

 草原地帯の真ん中で、俺は座り込んだ。

 

 いろんな物を、失った。

 婚約者に父上、そして領土。

 そして最後に失うのは、俺の命。


 何が貴族だ。

 何がマリウス領の領主、アロー・マリウスだ。

 

 『グゥゥゥゥルル·······』


 唸り声が聞こえた。

 俺は顔を上げると、そこには灰色の狼がいた。


 「······んだよ、俺を食うのか?」

 『ガゥゥゥゥゥッ‼』


 数は2匹。

 どれも成犬くらいの大きさで、俺を囲む。

 俺は動かなかった。そして。


 『グァゥッ‼』

 「いっづッ⁉」


 俺の肩に1匹が噛み付いた。

 ギチギチと肉を食い千切ろうとする。

 痛みが肩を中心に全身を駆け巡る。

 このまま俺は、ここで狼のエサになるのか。



 『いいか、強く生きろ······これから先に何が起ころうと、決して諦めるな。どんなに辛くても、苦しくても、必ず明日が来る』



 どうして、こんなことを思い出す。

 もう疲れた、でも父上はきっと俺を許さない。


 「は、ははは······」


 涙が溢れる。

 生きろと言われた。

 そして、それに合わせて怒りが復活する。


 「あ、あぁぁ······がァァァァッ‼」

 『ギャウッ⁉』


 俺の肩に噛み付いた狼の前足を掴み、俺は思い切り前足に噛み付いた。

 噛みちぎらんばかりの勢いで噛むと、狼の顎が外れた。

 

 「クソがァァァァァっ‼」

 

 俺は前足を掴んだまま狼を地面に叩きつけ、腹や頭を殴りまくる。そして、近くの石を拾い何度も殴打した。


 「サリヴァン、サリヴァン、サリヴァァァァァンッ‼」

  

 狼が死んでも俺は殴る。

 他の1匹は、既に逃げたのかいない。どうやら俺の怨嗟の叫びにビビったようだ。


 血塗れの石を捨て、呆然と立ち尽くす。

 肩から血を流しすぎたのか、目眩がする。


 「はぁ、はぁ·········」


 このまま、気を失うのは不味い。

 こんな草原地帯の真ん中で、狼の死体と並んで気を失うと、戻ってきた狼や危険な魔獣のエサになるかもしれない。


 しかも辺りは暗くなり始め、間もなく日が落ちる。

 だけど、抗えない。



 俺の意識は、そのまま闇に落ちた。



 ********************



 パチパチと、焚き火の音がする。

 チリチリした痛みが肩から全身に広がり、俺は目を覚ました。


 「······」

 

 生きているし、明るい。

 明るいのは、焚き火のおかげだろう。じんわりとした熱が身体に染み込む。

 

 ここはどこだろうか。

 天井は低く、まるで洞窟の中のような感じで、首を動かすと焚き火が見える。

 そして、大きな影が見えた。

 

 「······起きたか」


 そして、低い男性の声。

 俺はゆっくりと起き上がり、男性と向かい合う。

 

 「手当はしておいた。それと、食えるなら食え」

 「······え」


 焚き火を囲むように、串に刺さった肉がある。

 男性はその内の1本を抜くと、俺に差し出した。


 「心配するな。これはお前が仕留めたグレーウルフの肉だ。お前には食べる権利がある」

 「······」


 グレーウルフって、俺が撲殺した狼か。

 串に刺さった肉汁の滴る肉を見て、俺は口の中が唾液で溢れた。

 

 「いただきます······」


 掠れた声で呟き、肉をかじる。


 「ッ⁉」


 美味い。

 ハラハラほぐれ、感触は鶏肉に近い。

 だが味は濃厚でたっぷりの肉汁が溢れる。


 「慌てるな。水も飲め」

 

 男性は水筒を放り、俺は受け取って一気に水を流し込む。

 人生で、こんな美味い水はあっただろうか。


 「······ぅ、うぅぅ······うまい、うまいよ······」


 涙が止まらなかった。

 生きていると、実感した。



 俺は生きてる。生き残ったんだ。

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