第8話・宝石の誘惑①


 アローがセーレ領に向かった翌日、リューネたちは着替えてダイニングへ集まった。

 服装はカジュアルな物で、付けている小物から全てサリヴァンがプレゼントした物で固められていた。

 

 「おはよーレイア、モエ」

 「おはようございます、リューネ様、レイア様」

 「おはようお姉ちゃん、モエ」


 メイドであるモエは本来客人ではないが、サリヴァンの好意によりリューネたちと同格に接待されていた。

 最初は拒んだモエだったが、リューネとレイアの説得で仕方なく受け入れていた。


 ダイニングには3人だけ、すると扉が開きサリヴァンが現れる。

 

 「やあ、おはよう」

 「おはようございます、サリヴァン様」

 「おはようございます」

 「お、おはようございます、サリヴァン様」


 リューネははっきりと、モエはいつも通り、レイアはやや緊張した声で挨拶を返す。

 席に座り、まずは朝食を食べる。そして食後のお茶を貰う。


 「さて、今日はショッピングを楽しもうか。君たちが気に入る店がいくつもある、時間を掛けてゆっくり紹介しよう」

 「わぁ、楽しみ」

 「そうだね、お姉ちゃん」

 「……はい」

 

 姉妹は顔を合わせはしゃぎ、モエは笑顔だが声に力が無い。

 するとリューネがサリヴァンに聞いた。


 「あの、アローは?」

 「ああ、彼は今日も次期当主たちと親睦を深める予定だ。忙しいから君たちの案内は私に任せると言われたよ」

 「あー……まぁ、他の貴族とふれあう機会なんてないし、アローにとってもいい経験になるわね」

 「そうだね。じゃあ、今日も楽しんで、お兄ちゃんに報告しようね」

 「そうね。ふふふ、楽しみ」

 「………」


 モエは気付いていた。

 他の男とデートし、その内容を楽しく語るのが、どれほど残酷なのかを。

 しかし、サリヴァンの手前、ここで指摘は出来ない。

 そして、それ以上の不安もあった。


 「サリヴァン様、今日も楽しみにしてますね」

 「ははは、これはまいった。ヘタな場所を案内出来ないな」

 「うふふ、期待してます」


 

 2人の態度が、まるで恋する少女のようだった。



 **********************

 


 アローとリューネが婚約者となったのは、生まれたときから決まっていた。

 アローの父ハイロウと、リューネの両親の間で約束が交わされたのだ。


 リューネの祖父はセーレ領でハイロウに剣術を指導した剣士。

 その時の恩義からハイロウは、リューネの祖父と繋がりを持ちたく、生まれてくる子供らを許嫁としたのだ。

 

 そして、生まれてきたのはアローとリューネ。

 問題もなくお互いが許嫁となり、2人が成長してもそのことに疑問を持たなかった。

 

 アローはリューネを大切にしたし、リューネもアローを大事に思ってる。

 お互いが婚約者である事に異論はない。むしろ喜んでさえいた。


 だが、そのことにモエは不安を感じていた。

 そして、サリヴァンの登場で、それは現実となる。

 セーレ領に同世代の少年が居なかったことから、まだ安心ではあった。

 だけど、このままではマズいとモエは考えていた。

 

 

 つまりリューネは、恋を知らないまま成長したのだ。



 **********************



 サリヴァンの両隣にリューネとレイア、その後ろにモエが続く。

 4人は、人がひしめく町で、ショッピングを楽しんでいた。

 1軒のアクセサリーショップで足を止め、キラキラ光るアクセサリーを眺める。


 「リューネには……これなんてどうかな?」

 「わぁ~……キレイな髪飾り……」

 

 サリヴァンは小さな宝石がいくつも付いた髪飾りを取り、リューネの髪に添える。

 距離の近さから、リューネとサリヴァンは見つめ合い、サリヴァンはフワリと微笑んだ。


 「ほら、似合ってる」

 「あ……」


 リューネの胸が高鳴る。

 アローとは違う、「男性」の微笑みに心が揺れる。


 「あ……ありがとう、サリヴァン様」

 「どういたしまして。じゃあ、プレゼントだ」

 「え、でも」

 「いいんだ。私がキミにプレゼントしたい」


 サリヴァンは微笑むと、レイアの元へ。

 レイアはネックレスを眺め、宝石のように目を輝かせた。


 「レイアには……これかな?」

 「わぁ!?」

 「おっと、すまないね」

 「いいい、いえ!!」


 後ろから抱きしめられたのかと錯覚した。

 それくらい自然に、サリヴァンはレイアの背後から手を出し、レイアの首にネックレスを掛ける。

 シンプルなダイヤのネックレスは、レイアの胸元で光っていた。


 「うん、レイアは首が細いし、シンプルなデザインのがよく似合う」

 「あ、ありがとうございます」

 「さて、キミにもプレゼントだ」

 

 サリヴァンは会計を済ませ、モエの元へ。


 「キミに似合うのは……」

 「いえ、私は結構です。私はメイドなので、分相応という物があります」

 「メイドの前にキミは女性だ。女性にプレゼントしたいという男の気持ちを、理解してくれないか?」

 「……しかし」

 「さぁ、観念したまえ」


 無邪気な子供のように、サリヴァンは微笑む。

 モエは困惑した。まるで人の心を掴むような笑顔など、アロー以外に向けられたことが無かったからだ。


 「さて、キミには……うん、イヤリングなんてどうかな?」

 「……はい」



 モエは結局、甘い声に逆らえなかった。



 **********************

 


 それから1ヶ月、リューネたちは町を満喫した。

 アローとは会えない日が続いたが、次第に気にならなくなっていき、最近では話題にすら上がらなかった。

 サリヴァン曰く、アローはアスモデウス本家で生活し、貴族について他の次期当主たちと勉強してると言われ、そのことをあっさりと信じていた。

 そのかわり、話題になるのはサリヴァンのことばかり。


 「サリーってば、三段重ねのアイスクリームを落としちゃってさ、泣きそうな顔で言ったのよ?「すまないリューネ、キミのアイスを分けてくれ」なーんて!!」

 「あはは、サリーってばずいぶん子供っぽいね、それでお姉ちゃんはどうしたの?」

 「仕方ないからあげたわよ、そしたらさ……」


 姉妹の話題は、サリヴァンのことばかり。

 アローのことは、この20日以上話題にすら上がらない。

 モエは何度かアローの話題を出したが、すぐにサリヴァンの話題に切り替わってしまう。


 アローがすでに町からいないことなど気付いていない。

 親睦会どころか、他の次期当主たちすらとうに帰ったことも気付いていない。

 

 

 リューネたちは、毎日楽しく過ごしていた。



 **********************

 


 それから更に1ヶ月、事態は動く。

 今日も町で遊び、リューネたちは町を見下ろせる高台にやって来た。

 時間も夕方になり、徐々に暗くなっていく。


 「ねぇサリー、ここは?」

 「何かあるんですか?」

 「ここはとっておきの場所さ。見ててくれ……」


 日が沈み、辺りが暗くなり……。


 「……わぁ」

 「キレイ……」


 町の光が、リューネたちの眼前に広がる。

 そのイルミネーションは、リューネたちの心を動かすのにピッタリだった。


 「リューネ、レイア……」


 サリヴァンは、夜景を見ながら言う。

 リューネもレイアも、サリヴァンの横顔を見ていた。


 「私と、結婚してくれないか」


 

 その言葉は、2人の心に突き刺さった。



 **********************



 「わ、私……その、あの」

 「私は……」


 揺れていた。

 アローという婚約者がいるリューネは揺れ、婚約者のいないレイアは決まっていた。

 モエはまずいと思ったが、既に遅かった。


 「わ、私!! 私はサリーが好きです!! 愛してます!!」

 「私もです、結婚してください!!」

 「お待ち下さいリューネ様!! あなた様はアロー・セーレの婚約者で」

 「関係ない!! 私は……私は、サリヴァンを愛してるの!! アローは……子供の頃から一緒で、婚約者だって言われて……それを受け入れてた。だけど、本当に恋をしたのは、サリヴァンが初めてなの……」

 「で、ですが……」

 「ごめんモエ、私……自分の気持ちに嘘はつけない」

 「あぁ……」


 モエは崩れ落ちた。

 自分では何もしなかった。出来なかったと後悔した。

 それと同時に、そのことを喜んでしまった自分が憎かった。


 モエは、何度も思っていた。

 リューネが居なければと、アローと結婚するリューネが羨ましいと。

 だが、サリヴァンに恋するリューネを見て、止めることを躊躇った。


 「2人とも……ありがとう」

 「サリー……」

 「幸せにして下さいね」

 「ああ、約束する」


 リューネとレイアは、サリヴァンに寄り添った。

 サリヴァンはその肩を抱き、微笑んだ。



 この日の夜。リューネとレイアはサリヴァンに全てを捧げた。

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