第7話・憎しみの真実


 セーレ領から護送されてアスモデウス領へ。

 乗り心地など考慮されてない馬車の中で、俺はずっと考えていた。

 

 「······サリヴァン」


 間違いなく、サリヴァンが仕組んだことだ。


 リューネたちは金と宝石に目が眩んで俺からサリヴァンに乗り換えた。

 17年の絆より、ほんの4ヶ月の豪遊で心は既にサリヴァンの物になってしまった。

 怒りはもちろんあるが、忙しさに追われてリューネたちを取り戻しに行かなかったことも事実。

 父上を置いて再びアスモデウス領に出向くわけにも行かなかった。だけど、どんな理由があろうともリューネたちはもうアスモデウス家の人間だ。


 だが、サリヴァンは俺を陥れた。

 こんな辺境の貴族の俺を陥れて何の得があるかは知らない。だけどそこには明確な悪意がある。


 何より心配なのは、セーレ領のことだ。

 何の準備もないまま連行され、全て投げ出すような形で来てしまった。

 

 「······ちくしょう」



 馬車は、アスモデウス領へ向かって進む。



 ********************



 アスモデウス本家に馬車は到着した。

 憎らしいくらい大きく、サリヴァンの私邸の倍以上の規模を誇る建物だ。


 俺は罪人のように拘束され、本家の中へ。

 目隠しをされ、階段を下る。まるで地下牢みたいに陰気な空気が漂う。

 

 「入れっ‼」

 「うわっ⁉」


 背中を蹴り飛ばされ、目隠しが外れる。

 そこは案の定、地下牢だった。

 騎士だろうか、冷たい声で俺に言う。


 「裁判は2日後、お前の処分はそこで決まる」

 「ふざけんな‼ 俺は何もしてない、サリヴァンを呼べ‼」


 鉄格子を掴み、ガシャガシャ揺さぶる。

 しかし、騎士は無反応で去って行った。


 「······ちくしょう、ちくしょう、ちくしょーーーっ‼」


 俺は叫んだ。

 理不尽さと怒りで頭がおかしくなりそうだった。

 

 それから数時間。

 コツコツと、階段を下る音が聞こえた。


 「やぁアロー。元気かな」

 「······サリヴァンっ‼」


 自分とは思えないくらい、ドスの効いた声が出た。

 恨みと視線で人が殺せたら、俺はコイツを殺してる。


 「······まさか、君がスパイだったなんてね。残念だよ」

 「ざっけんなゴラァァっ‼ テメーが仕組んだんだろこのクサレ外道がァァッ‼」

 「おぉ、怖い怖い。心外だな、私は馬車を貸しただけ、そして君が居なくなって寂しがる少女たちを慰めただけさ。もちろん、心と身体でね······ククク」

 「お前っ······何が目的なんだっ‼ リューネたちかっ‼ それともセーレ領かッ‼」

 「もちろん、セーレ領と······まぁ、彼女たちはついでかな」

 「んだと······⁉」

 「まぁいい。種明かしをしよう」


 サリヴァンは、薄暗い笑みを浮かべる。

 これが本当のサリヴァンの笑みだと理解した。



 「セーレ領土には、莫大な数の鉱山が眠ってるのさ」



 ********************



 「こう、ざん······?」

 「そう。私が72の領土を見て回ったのは、新たな採掘鉱山を見つけるため。そして、その領土の貴族たちを見て、ビジネス相手として相応しいか見極めるためだったのさ」

 

 サリヴァン曰く、アスモデウス領土の鉱山は枯渇が始まり、恐らく数年で宝石の原石は取り尽くされるという計算だ。

 だからこそ、新しい採掘鉱山が必要になり、各領土を見て回ったそうだ。


 「中でも、セーレ領土の鉱山は素晴らしい。殆どが手付かずで数も多い。単純に計算しても、数百年は持つだろう」

 「······それが、なんでこんな、何が関係あるんだよ‼」

 「簡単さ。君の父親であるハイロウが、私との取引を拒否したからだ」

 「父上が······?」

 「そう。ハイロウは言った。セーレ領土の自然はあるがままの姿で残すべきだと、だから鉱山としての開拓は認めないとな······‼」

   

 サリヴァンは、ここで初めて怒りを見せた。


 「何とか説き伏せようとして、君と出会った。これは使えると思ったよ。もしハイロウが居なくなり、君が領主となったら······だが、それじゃつまらない。そこで私は、セーレ領土を手に入れることを考えた」

 「······おい、まさか」

 「例えば、親睦会を利用して君をアスモデウス領土へ呼ぶ。そしてハイロウの危篤を知らせ、馬車に重要書類を忍ばせて送らせる。御者たちは行方をくらまし、馬車は君の家に置かれる」

 「······おい、サリヴァン」

 「ハイロウは徐々に衰弱すれば、君はアスモデウス領土へ向かうことも出来まい。あとは寂しがる少女たちを甘やかし、誘惑し私の物にする。そして君を追い詰める証拠を固めて逮捕する」

 「······おい、おい」

 「くくく、この4ヶ月で準備は完璧だ。四大貴族の協定で、セーレ領土はこのアスモデウス家が没収することが決まってる」


 72の貴族の中で、最も力を持つ四大貴族。

 四大貴族が合意したことは、他の貴族も従わなくちゃいけない。

 つまり、セーレ領土の没収に、他の四大貴族が同意したということだ。

 だが、それより優先することがある。


 「サリヴァン、まさかお前······」

 「くくく、そうさ」


 サリヴァンは、歪んだ笑みを浮かべた。



 「ハイロウを殺したのは私だ。医者を買収して、少しづつ毒を盛ったのさ」



 ********************



 切れた。

 俺の中で、何かが切れた。


 「っっがァァァァァっ‼ サーーリーーヴァァーーンッ‼」

 「ははははははっ‼」


 俺は鉄格子の隙間から手を伸ばす。

 だが届かない。どうしても届かない。


 「明日、君は裁かれる。アスモデウス家の重要書類を盗み出したスパイとしてね」

 「がァァァァっ‼」

 「だが······私も鬼ではない。命までは取らないであげよう」


 殺す。こいつだけは殺す。


 「君には、辺境のマリウス領土の領主になって貰う。つまり、明日から君はアロー・マリウスだ。くくく、良かったな、貴族としての位は残されてるぞ」

 「殺す、殺してやるっ‼ サリヴァンっ‼」

 「ははははははっ、それじゃあまた明日」


 サリヴァンは去って行った。

 残されたのは、俺の怒りだけ。


 「う、うぅぅぅぅ······うぁぁぁぁぁーーーっ‼」



 怒りと悲しみを混ぜ、俺は絶叫した。

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