第6話・追い込みと再会


 3ヶ月。

 リューネたちは帰ってこない。

 それどころか、父上の容態も回復せず、俺は領主代行として忙しくなり、アスモデウス領に出向くことすら出来なかった。


 何度も手紙を送り、使者も送ったが返事はない。

 帰って来た使者も、サリヴァンの私邸で門前払いを受けたそうだ。


 何か事故に巻き込まれたのか、それとも······。

 イヤな予感ばかりが頭を巡る。

 なぜ、こんな時にサリヴァンの言葉が頭をよぎるのか。


 『彼女たちは、実に魅了的だね』


 馬鹿な。

 いくら四大貴族でも、同じ貴族の婚約者を奪うなんて考えられない。

 だが、リアンたちが言っていた事もあるし、俺は正直サリヴァンが好きではない。

 

 まるで、見えない何かが迫るような、少しづつ毒に蝕まれるような、そんな得体の知れない感覚に侵される。

 

 

 そして、事態はついに動き出す。



 ********************



 「父上、容態は如何ですか?」

 「······ああ。今日は調子がいい」


 嘘だ。

 痩せこけ、食事も喉を通らない父上。

 日に日に衰弱し、このままでは持たないのが素人の俺でもわかった。

 ちゃんと医者の薬を飲ませてるのに、一向に良くならない。

 

 「アロー······聞きなさい」

 「はい······」

 「いいか、強く生きろ······これから先に何が起ころうと、決して諦めるな。どんなに辛くても、苦しくても、必ず明日が来る」

 「父上······」

 「何時だって······今日を生きるしかないんだ。いいな、忘れるなよ」


 父上は、俺の頭に手を伸ばして優しく撫でる。

 子供のときにも、あまり撫でられたことがない。

 だけど、その手は優しかったのを覚えてる。


 「大きくなった、本当に······お前は、母さんに似てる」

 「······父上」


 

 この日、父上は母上の元へ旅立った。



 ********************



 葬儀が終わり、更に1ヶ月。

 俺は悲しみを紛らわすように仕事に打ち込み、セーレ領のために尽くした。

 セーレ領の貴族として、父上の残した物を守るため、俺は頑張った。


 だけど、それも長く続かなかった。

 

 「アロー様‼」

 「······どうした?」


 俺は父上の執務室で、仕事に追われていた。

 父上の仕事を全て引き継ぎ、執事のサポートを受けながら書類を書いている。

 すると、執事が慌てて部屋に入ってきたのだ。


 「あ、アスモデウス領からの使者です」

 「······え?」

 「それが、その······り、リューネ様たちで······」

 「何だって⁉」


 俺は立ち上がり、窓を開ける。 

 するとそこには、アスモデウスの紋章が刻まれた馬車が、何台も停まっていた。

 俺は執務室を飛び出し、応接間を開ける。



 するとそこには、変わり果てた少女たちがいた。

 


 ********************



 「りゅ、リューネ······?」

 「お久しぶりですね。アロー様」


 優雅なドレスを着こなし、身体中に綺麗な宝石を身に着けたリューネ。

 化粧をしてるのか、唇には赤いルージュが塗られてる。

 髪型も変わり、長いブラウンの髪にはパーマが掛けられていた。

 

 「良かった、帰って来たんだな」

 「いいえ、私たちはサリー······サリヴァンの使者です」

 「な、何を······? さ、サリーって?」

 「私たち、アスモデウス家に嫁ぐことにしましたので、まずはお別れを」

 「······え」

 「ふふ、サリーはとても素晴らしいお方よ? 見てこの宝石······綺麗でしょう? この宝石1つで、このみすぼらしいお屋敷1つ、楽に買えちゃうのよ?」

 「な、何を言ってんだよ、リューネ?」

 「貴方が帰って暫くして、サリーに求婚されたのよ。モエはメイドのままだけどね」

 「レイア、お前も······」


 レイアも、リューネと同じくらい着飾っていた。

 少女らしさは消え、両手の指に光る宝石を眺めてうっとりしてる。

 俺の声に反応どころか、視線すら合わせない。


 「あぁ、ハイロウ様はお亡くなりになられたのね。残念でしたね······」

 「リューネ、なんでこんな······俺と結婚するって、セーレ領を愛してるって」

 「それは昔の話。今は······サリーとアスモデウス領を愛してるわ」

 「レイア······」

 「ごめんね、お・に・い・ちゃん」

 

 俺はその場で崩れ落ちた。

 だが、まだ終わりではない、始まりだった。


 「リューネ様、見つけました‼ アスモデウス領の財政に関する重要資料です‼」

 「······そう、やはりあったわね」


 ドアを開けて入ってきたのは、騎士風の男性。

 手には紙の束を持ち、それをリューネに手渡す。


 「実は、貴方がサリーの私邸を出てから、アスモデウス領の重要資料がいくつか紛失したの。そこで貴方が疑われてね······外に停めてあった、アスモデウス領の馬車を調べたら、案の定出てきたわ」

 「な······なんだよそれ‼ あの馬車はサリヴァンが用意した物だ‼ 俺が盗んだとでも⁉」

 「そうよ? だって貴方、急用が出来て帰ったんでしょう? アスモデウス家の資料を手に入れて、サリーを脅すつもりだったんでしょ? この4ヶ月で調べは付いてるわ」

 「急用······? 違う、俺はサリヴァンから聞いたんだ‼ 父さんが倒れたから帰れって、リューネたちは後で帰すからって‼」

 「······何を言ってるの? サリーは貴方が急用を思い出したから帰ると言っていたわ。そのタイミングで資料が紛失、これじゃスパイと言われても仕方ないわね」

 

 すると、俺の後ろにいた兵士らしき人間が、俺の身体を拘束した。


 「この4ヶ月で準備は済ませたわ。証拠さえあれば、貴方を裁ける準備もね」

 「リューネ‼」


 こいつは誰だ。

 俺の知ってるリューネは、こんな邪悪な笑みを浮かべない。

 俺の知ってるレイアは、こんな風に人を嘲笑うことはしない。


 「さぁ、アスモデウス領で裁きを受けましょう。まぁ、死罪にならないように便宜は図ってあげる」

 「ふざけんなリューネっ‼ ぐぁっ⁉」

  

 兵士が俺を押さえつけ、床に押し倒す。

 するとリューネが俺の頭を踏みつけた。


 「私、変わったのよ? こんなに綺麗なドレスに宝石、貴方の婚約者のままだったら、一生縁が無かったでしょうね。だからサリーには感謝してる。私とレイアは、あの方の妻として支えて行くわ」

 「さようならお兄ちゃん、楽しかったよ」

 

 誰だ、こいつらは。

 なんでこんな······涙が出る。

 俺は、思わず叫んだ。


 「モエ‼ お前もなのか·······」

 「······はい。ご主じ······アロー、さま」


 無表情で、モエは一礼した。

 俺の家のではないメイド服は、モエによく似合っていた。


 

 こうして俺は全てを失い、アスモデウス領へ連行された。

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