第5話・終わりの始まり


 「ち······父上、が?」

 「そうだ。悪いが君は一刻も早く帰った方がいい」

 「あ······ああ」


 俺はフラリと立ち上がり、寝間着のまま外へ出ようとする。

 すると、サリヴァンが俺の両肩を掴み、静かに揺さぶった。


 「しっかりしろアロー・セーレ。とにかく着替えてこれから町を出ろ。馬車は用意してあるし、旅の支度も済んでいる。君はこのまま馬車に乗り込んでセーレ領へ戻るんだ」

 「こ、これから?······りゅ、リューネたちに」

 「彼女たちはもう寝てる。いたずらに不安を煽るのは良くない。なので、明日の朝に告げて、そのままこちらで送り届けよう」


 サリヴァンに言われた通り、俺は着替えて外へ。

 するとサリヴァンの乗っていた寝台馬車が停まっていた。


 「申し訳ない、サリヴァン様······こんな」

 「気にするな。道中、気を付けてな」

 

 そして馬車は走り出した。

 深夜ということもあり、馬車に取り付けられたランプの灯りを頼りに進む。

 

 俺は頭を抱えていた。

 馬車が揺れることもあるが、こんな状況で寝られるワケがない。

 

 「父上······」


 厳格な父上。  

 まだまだ教わりたいことが山ほどある。

 

 夜通し馬車は走り、夜明けが来た。

 眩しい光だが、俺の心を照らすには程遠い。


 「·········」


 こんな状況でも腹は減る。

 俺はサリヴァンが用意した荷物を漁り、携帯食料を見つけた。

 乾パンにドライフルーツを練り込んだ非常食で、味はいまいちだが胃に流し込む。


 御者も同じ物を食べてる。

 どうやら時間がなくて慌てて出発したかららしい。

 護衛こそ後方に付いて来てるが、人数は最低限だ。

 御者は2人で交代しながら運転を続け、ようやくセーレ領へ戻ってきた。


 それから更に数日掛けてハオの町に帰還した。

 屋敷に到着すると、俺は屋敷に飛び込み父上の部屋へ。


 「父上っ‼」

 「······おお、アローか」


 父上はベッドから起き上がり俺を出迎えた。顔色は悪いが元気そうだ。

 部屋にいた医者が、やんわりと告げる。


 「過労ですな。栄養不足に睡眠不足が祟ったのでしょう。全く······ハイロウ様は働き過ぎなのです」

 「······すまないな」


 父さんのかかりつけ医なので、態度も柔らかい。

 俺も昔から知ってるし、この医者の診断なら信用出来る。


 「······はぁ〜、良かった」

 「お前にも心配かけたな。アロー」

 「本当ですよ······ここまで来るのに、気が気でなかったです。今回ばかりは父上の教えを恨みましたよ」

 「ははは。『常に最悪の事態を想定して行動しろ』だな。確かに悪かった。それで、リューネたちは?」

 「あ、そうだ」

 

 俺は説明の前に医者を見送り、改めて父上の部屋へ。

 サリヴァンの助けで帰って来たことを説明すると、父上は渋い顔をした。


 「うむ······これでアスモデウス家に借りを作ってしまったな」

 「······申し訳ありません」

 「いや、これは私の落ち度だ。自己管理すら出来ない私の責任だ。特に、お前には迷惑を掛けた」

 「そ、そんな」

 「リューネたちは?」

 「は、はい。恐らく数日のうちに帰ってきます」

 「そうか。ではリューネたちが戻り次第、改めて使者を送ろう」

 「はい······」


 話が終わり、俺は父上の部屋を出た。

 すると、父上の執事が俺を呼び止めた。

  

 「アロー様。お話が······」

 「はい。どうしました?」

 「実は、アロー様がお乗りになられた馬車なのですが、御者が居なくなりまして、未だにそのまま放置されてるのです」

 「えぇ? なんで?」

 「それはわかりません。なので、寝台と馬はこちらで管理してもよろしいでしょうか?」

 「はい、お願いします」


 御者が逃げたのか?

 まだお礼もしてないのに。


 「ま、いいか。とにかくリューネたちが帰ってくるのを待とう」


 やることはいくらでもある。

 父上が倒れた以上、仕事は俺がやらないといけない。

 もちろん、わからないことはあるし、父上に確認しなければならないことも山ほどあるだろう。

 だけど、セーレ家の時期当主として、ここに住む人たちの暮らしを守る必要がある。


 「·········ふぁ」


 だけど、その前に少し寝よう。

 ずっと気を張ってたし、安心したら睡魔が襲ってきた。

 俺は自室に戻り、ベッドへダイブする。


 「············」


 着替えもせずベッドに埋もれると、すぐに眠くなる。

 やはり、自分の部屋が最高だな。


 ぼんやりと思い浮かべたのは、リューネの姿だった。

 あと数日で帰って来る。まずは謝ろう。

 宝石店巡りや美味しい物を食べる約束もしてたし、それがパァになったら怒るだろうな。

 まぁ、俺が出来る範囲で、美味しい物を食べさせよう。

 俺が領主になったら、リューネやレイアが好きそうな店を出すのもいいかもな。






 だが、3ヶ月経ってもリューネたちは帰って来なかった。

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