第4話・迫り来る不穏


 リューネたちが気になったが、意識を切り替える。

 メイドに案内され、俺は大広間へやって来た。


 メイドがドアを開けると、中はパーティーホールのように広く、何卓かの円卓が置かれ、数人が集まって話をしていた。

 何人かの貴族が俺に注目し、その中の1人の男性が立ち上がる。


 「おーいこっちこっち、座んなよ」

 「え、あ」

 「ほらほら、良いから来なって」


 男性は手招きし、逆らう理由も無いので向かう。

 円卓には男性が1人に女性が2人の計3人が座っていた。


 「いやー助かったよ。男がボクしか居なくってさ。それに歳も近いし仲良くしよう。おっと、ボクはリアン・マルパス。マルパス家の時期当主だ」

 「は、はい。俺はアローです。アロー・セーレ、セーレ家の時期当主です」


 しまった。俺とか言っちまった。

 でもこの人もボクとか言ってるし、あんまり固くないのかな。

 すると、女子の1人が笑う。


 「ぷっ······セーレって、あのド田舎セーレ?」

 「は?」

 「あぁごめんなさい。自己紹介ね。アタシはシャロン・アイニーよ。アイニー家の時期当主だけど、アンタは覚えなくていいわ」

 「······」


 これは、ケンカを売られてるんだな?

 シャロンとか言う女は同い年くらいだろうか。顔は可愛いけど少し吊り目。機嫌の悪いネコみたいなイメージだ。


 「まぁまぁシャロンちゃん。そうケンカ越しにならないで。えっと、私はエリス・パイモン、パイモン家の時期当主です」


 エリスは穏やかな少女だ。なんとなく日向ぼっこしてるデブ猫みたいなイメージだ。

 パイモン······確かに、いいパイを持ってるな。


 「それにしても、アスモデウス様はすごいねぇ。まさか各領土の時期当主を集めて、親睦会を開こうだなんて」

 「ふん。アタシはそんなのどーでもいいわ。ここに来たのも、サリヴァンに対する噂を確かめるために来たんだしね」

 「噂?」

 「そうなんです。実はサリヴァン様は好色家で、屋敷で何人もの女の子を妃にしてるって······」

 

 なんだそりゃ。

 するとシャロンが憤慨する。


 「アイツがアタシの家の屋敷に来たときは普通だった。でも、アイツが帰った後に何人もメイドが辞表を出したのよ⁉ 流石におかしいと思って調べたら、みーんなこのアスモデウス領に来たって言うし、アイツがメイドたちになんかしたのは間違いない‼」

 「え、じゃあキミがこの親睦会に来たのって······」

 「決まってるでしょ。この屋敷のメイドたちを調べるためよ。もしかしたらアタシの家のメイドたちがいるかもしれないし」

 「ま、まさか、それだけのためにここへ?」

 「当たり前でしょ。親睦会なんて面倒くさいのに来るわけないわ。多分、アタシたち以外は誰も来ないわよ」

 

 ウッソだろ?  

 せっかく遠路遥々来たってのに。


 「う〜ん。好色家かどうか知らないけど、サリヴァン様は誠実で真面目だからモテるって話は聞いたことあるわね」

 「あ、ボクも聞いたよ。サリヴァン様はたくさんの妃が居るってね。来るものは拒まず、去るものは必死に追いかけるらしく、愛した女性はみんな幸せに暮らしてるってさ」

 「·········」

 「どうしたのアンタ?」


 嫌な予感がする。

 サリヴァンは、リューネたちをどうするつもりだ?


 「ま、あくまで噂だけどね。この屋敷はサリヴァン様の私邸で、本家は別にあるそうだし」

 「はぁ⁉ じゃあここに居るメイドは⁉ みんな知らない顔だし、本家に居るなんて聞いてないわよ‼」

 「し、知らないよ。本人に聞けばいいだろ?」

 「ふふ。シャロンちゃんって可愛いですね」


  

 噂······あくまで噂なんだよな?



 **********************

 


 結局、夕方を過ぎてもサリヴァンは帰って来なかった。

 そして夕食時、サリヴァンはリューネたちを引き連れてダイニングに来た。

  

 「遅くなって済まないね。夕食にしようか」

  

 リューネたちは、美しく着飾っていた。

 上質の布で織られたドレス、高そうな宝石、薄く施された化粧。

 その姿はまるで、どこぞのお后様みたいだ。


 サリヴァンから離れ、リューネたちは俺の近くへ。

 リューネにレイアにモエ。まるで俺とは釣り合わない美しさだ。


 「ただいまアロー。ふふん、どう? 似合う?」

 「······あぁ、すっげえ似合う」

 「お兄ちゃん。私は······どう、かな?」

 「もちろんレイアも似合ってる。可愛いよ」

 「か、可愛い······えへへ」

 「ちょ、アロー‼ アタシには言わないの⁉」

 「悪い悪い、リューネが1番可愛いよ」

 「では私は圏外ですね。安心しました」

 「い、いや、モエも可愛いぞ?」


 良かった。いつものリューネたちだ。

 やっぱり考え過ぎだった、リューネは俺の知るリューネ。俺の婚約者のリューネだ。


 すると、俺の向かい側に座ってたリアンが、口をポカンと開けて呆けてた。


 「お、おっどろいたな。サリヴァン様のお后様かと思ったら、アローの関係者だったのかい?」

 「ああ。俺の婚約者のリューネとその妹のレイア、それとメイドのモエだ」

 

 3人はそれぞれ挨拶する。

 挨拶が終わると、ようやく食事がはじまった。


 「親睦会に来てくれたのが72家中の4家だけとは仕方ない。だが、こうして時期当主同士、顔を合わせ話をすることは素晴らしいことだと思う。時間の許す限り、お互いの思想や想いをぶつけ合い、それぞれの未来への糧として欲しいと願う」


 サリヴァンがそんなことを言う。

 未来はともかく、顔を合わせたのは無駄ではない。



 こうして食事会は、つつがなく終わった。



 **********************



 夜。俺の部屋にリューネたちが集まった。


 「あのね、今日はいっぱい買い物したの。見てこれ……」


 リューネの手には、キレイな指輪が。


 「サリヴァンが買ってくれたの。私に似合うからって……」

 「……ふーん」

 「お兄ちゃん、私もこれ……」

 「これって、ネックレスか?」

 「うん。首が細いから、シンプルなデザインのが似合うからって、プレゼントしてくれたの」

 「………」


 面白くない。

 なんだよ、確かに俺はこんな立派なプレゼントなんてしたことないし、出来ない。

 リューネも、婚約者の俺に向かって、他の男からプレゼントされた物を見せなくてもいいのによ。


 「それで、今日はお芝居を観たの。サリヴァンってね、予約しなくても特等席で見れるんですって」

 「ランチは高級レストランでしたの。新鮮な魚貝を使った料理でね、見る物全てが初めてだったわ」

 

 2人は、楽しそうに語る。

 キラキラした目は、俺の中の何かを抉るようだった。


 「リューネ様、レイア様、今日はそろそろ……」

 「あ、そっか。あのね、明日は宝石店に連れて行ってくれるってさ」

 「楽しみだね、お姉ちゃん、モエ」

 「はい。では今日はここまでにしましょう」


 モエが言うと2人は部屋を出る。

 するとモエが、俺に頭を下げた。


 「私が付いていながら、申し訳ありません……」

 「いいんだ。初めてのアスモデウス領で、アイツらもはしゃいでるんだろ。楽しいならそれでいいさ」

 「ご主人様……」

 「モエ、お前も楽しめよ。こんな機会はなかなかないだろうしな」

 「……はい」


 モエは一礼して部屋を出た。

 リューネたちの明日の予定は、またもやサリヴァンが町の案内をするらしい。


 俺たち次期当主組は、つまらない討論会の予定だ。

 どうやらサリヴァンは、俺たち次期当主4人を仲良くさせることが狙いらしい。

 サリヴァン自身が参加しないのは、初対面である俺たち4人の親睦が深まってから、次のステップとしてサリヴァンを混ぜた5人組で討論会を開く予定だからと聞いた。

 そんな回りくどいやり方をするなんて、正直意味が分からない。

 だが、親睦会の主催者であるサリヴァンの考えだ。従うほかない。


 すると、俺の部屋のドアがノックされた。

 こんな時間に誰だよ?


 「はい?」

 「私だ、サリヴァンだ」

 「………え」

 「入るぞ」


 サリヴァンは、返事を待たずに入ってきた。

 俺は寝間着だったので慌てたが、サリヴァンは手で制した。


 「そのままでいい。いいか、落ち着いて聞いてくれ……」

 「え」


 サリヴァンは、真剣な眼差しで言った。



 「ハイロウ殿が………キミの父上が倒れられたと報告が入った」



 そして、全てが始まった。

 

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