第3話・アスモデウス領へ
2日後の夜。
正直乗り気では無いが、アスモデウス領への出発準備をしていた。
明日にはリューネたちを連れて出発する。
俺は父上に挨拶をするため、執務室を訪れた。
ドアを静かにノックする。
「父上、アローです」
「入れ」
聞き慣れた声。
厳格だが、俺からすれば優しさを感じる声だ。
「失礼します」
俺はドアを開け執務室の中へ。
父上は執務中で、俺に視線を向けることは無い。
これもいつものことなので、俺は構わず喋る。
「父上。明日アスモデウス領へ出発します」
「うむ。サリヴァン殿に失礼のないように、あの方は4大貴族の次期当主の中で、最も熱い気持ちを持っていると私は見た」
「……はい。私もそう思います」
言うことは言った。
俺は一礼し、そのまま執務室を出ようと振り返る。
「アロー」
そして、父上が俺を呼び止める。
俺は振り返り父上を見ると、父上は俺を真っ直ぐ見ていた。
「正直に言え、サリヴァン・アスモデウス殿をどう思う?」
「………」
これは、試されているのだろうか。
仮に嘘をついても、父上には見破られる気がした。
「………気に入らないです」
「そうか」
それだけ。
だけど、父上は俺のことを理解してくれてる気がした。
それだけ言うと、俺は今度こそ部屋を出る。
「気を付けろよ、アロー……」
そんな言葉を聞いた………気がした。
**********************
翌日。
サリヴァン・アスモデウス様の馬車の脇に、父上が用意した馬車が停められていた。
当然だが、同じ馬車に乗るわけが無い。
荷物はすでに積み込んである。
パーティー用の服なんかも準備したが、年に1・2回しか使わないし、最近は全く着ていないのでホコリっぽい。それに、リューネたちはまだドレスを持っていない。
すると、サリヴァンが準備してくれるという。
その提案にリューネは喜び、レイアも控えめに喜んでいた。
そりゃそうだ。年頃の女の子がドレスを着るなんて滅多に無い。
「さて、出発しようか」
「はい」
この時点で気が付いたが、馬車は合計で4台あった。
俺とリューネとレイアが乗る馬車とサリヴァンの馬車、そしてその前方後方を守るように、護衛が乗ってる馬車が2台だ。
ちなみに護衛の馬車にはサリヴァンの旅の荷物も積んであるみたいだ。
サリヴァンが馬車に乗り、俺たちも馬車に乗る。
「…………」
「あ、あれ」
「え、えぇッ!?」
俺たちは驚いた。
だってさ、なんでモエが居るんだ?
「私はご主人様のメイドです。当然、お供します」
「いや、あのさ、父上は」
「許可は頂きました。当然ながらサリヴァン様にも」
「聞いてないけど……」
「サプライズ、ですね」
「………」
い、いらねぇサプライズだ。
まぁいいや。モエが居ればリューネたちも喜ぶだろ。
こうして俺たちを乗せた馬車は、ゆっくりと走り出した。
**********************
セーレ領を出発して数日。旅は順調に進んでいた。
この周辺に出る魔獣と呼ばれる生物は、護衛の傭兵が難なく倒し、アスモデウス領までの最短ルートをひたすら走る。
サリヴァンが用意した3台の馬車。
1つはサリヴァンの移動用、もう1つはサリヴァンの旅の荷物兼傭兵たちが乗る用、最後の1台はサリヴァンの寝室となっている。
それに比べて俺たちの馬車は1台。
幌付きだが、寝るようなスペースはなく、毛布を被って寝るしかない。
しかも旅の荷物も一緒だから、4人もいるとかなり狭い。
すると、ここでヤツが現れた。
「お嬢さんたち。私の寝台馬車を使うといい」
「え······」
野営をするため川の近くに馬車を停め、傭兵たちが食事などの支度をしてる時に、サリヴァンが言う。
柔らかな微笑は、憎らしいくらいイケメンだ。
「寝台馬車は広い。小柄な君たちなら3人でも寝れるだろう。私はアロー君と一緒に寝よう」
「で、でも」
「むしろ、そうしてくれ。君たちのような女性が毛布1枚を被って寝る姿を見たくない」
「あ······はい」
リューネとレイアは顔を赤くして頷く。
くそ、なんか男として悔しい。ここで突っかかると負けた気がするしよ。
「もちろん、君もだ」
「······いえ、私はご主人様のメイドですので。主人を差し置いてベッドで寝るなど」
「ははは。確かにそうかもしれないが、君はメイドであると同時に女性であり、私の大事な客人だ」
「······っ」
サリヴァンは、モエの手を取り微笑む。
「頼む。どうかベッドで休んでくれ」
「······わかり、ました」
真っ直ぐな眼差しに、モエが折れた。
すぐにハッとしたモエは、慌てて手を離し俺の元へ。
「も、申し訳ありません。その」
「いいよ、お前もリューネたちとベッドで寝ろよ」
「は······はい」
それから傭兵たちが食事を作り、当然のようにサリヴァンと食事をした。
ベッドの件で心を許したのか、リューネたちもサリヴァンと話すようになり、少しだけ悔しかった。
そして就寝の時間。
モエは申し訳なさそうにしつつ、リューネたちとベッドで寝た。
俺とサリヴァンは、毛布を被って馬車の中へ。
サリヴァンのした事は、男としては正しく尊敬出来る。
だけど、俺の安っぽいプライドが邪魔をした。
無言で毛布を被っていると、サリヴァンが言う。
「······美しい女性達だな」
「······」
「この環境で育ったからだろうか。逞しく、この私相手でも物怖じしない強さ。だが女性としての魅力にも溢れている」
「······」
「私の周りには居ないタイプだ。正直······君が羨ましい」
「······」
「もし、君が······いや、止めておこう」
「······?」
俺はここで初めてサリヴァンを見た。
暗くてサリヴァンの表情は見えない。
「先の事はわからない。そうだろう?」
「······」
意味が、わからなかった。
**********************
それから旅は順調に進み、ようやくアスモデウス領へ、そして領土の首都トビトへ到着いた。
「す、すげぇ······」
「これが······アスモデウス領首都トビト」
「わぁ〜······」
「アスモデウス領土は72の領土の中で3番目に大きな領土です。その中でも首都トビトは宝石産業が盛んで、アスモデウス領土が管理する鉱山からは豊富な原石が採掘されますね。ちなみに、72の都市の中で、最も美しい都市とも言われています」
モエの長い説明が終わり、馬車は進む。
そして1軒の豪邸の前に到着し、馬車は玄関で止まる。
馬車から降りると、サリヴァンが言った。
「ようこそ、私の屋敷へ」
「こ、ここが······?」
メッチャでかい。
俺の屋敷の10倍の規模がある。
「さぁ、湯を沸かしてある。女性たちは旅の疲れを落とし、着替えてくれたまえ。後に私が町を案内しよう」
「お風呂っ⁉······あ、スミマセン」
「お、お姉ちゃん、恥ずかしいよ」
お風呂と聞いたリューネは喜び、顔を赤くした。
レイアは恥ずかしそうにリューネの袖を引く。
「ははは。さてアロー、君は着替えて大広間へ。何人かの時期当主たちを紹介しよう」
「え? もう到着されてるんですか?」
「ああ。数人だがね。今は時期当主たちで情報交換をしてる」
「情報交換······」
「さて、立ち話も疲れた。女性たちを頼むよ」
すると、どこに居たのかメイドたちが現れ、リューネたちの荷物とリューネ、それとモエを連れて行ってしまった。
「君は時期当主たちと絆を深めてくれ。私は彼女たちに町を案内するよ」
「え······」
「ははは、安心したまえ。何もしない」
当たり前だ。
だが、それでも不安になる。
「リューネ嬢は君の婚約者だろう? 流石に同じ貴族の婚約者を奪うなど許されない。もちろんその親族もね」
レイアのことか。
じゃあ、モエは?
「私が君のメイドに手を出すと思うかい?」
「······わかり、ました」
「では部屋へ。案内を頼むよ」
サリヴァンは笑顔で頷く。
こうして見ると好青年にしか見えない。
俺はメイドに案内され、豪華な部屋に通される。
顔を洗い、持参した貴族用の服に着替える。
「······あ」
窓の外を見ると、リューネたちとモエがいた。
綺麗なドレスを着て、恥ずかしそうにサリヴァンの前に。
1人1人を丁寧に褒めちぎり、馬車へ案内してる。
リューネやレイアやモエは、サリヴァンにだいぶ打ち解けた。
ベッドから始まり、俺が出来ないような心遣いをリューネたちにした。
その結果、リューネたちはサリヴァンに心を許し、まるで親友のように接する。
どうしてだろう。
まるでリューネたちが遠くへ行ってしまうような、そんな気がする。
全ては、少しづつ始まっていた。
俺はサリヴァンと言う人間を、全く知らなかった。
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