池袋〜〜〜イケブクロ
「空は素晴らしいオレンジ色!!雲は限りなく闇に近い黒!!うん!!今日は、最っ高の自殺日和だ!!」
僕はイケブクロの高層ビルの屋上で、声高らかにそう叫んだ。
僕は視力が良くてね。
下にいる人間がよく見えるよ。
濃いピンクの水玉模様のスーツを着たサラリーマンに、蛍光緑と白のシマシマの制服を着たOL。
秋刀魚を咥えながらあそこの角を曲がった少年は紫色のハートがセンスよく配置された模様の学ランを着ていたね。
実に素晴らしい世界だよ!!
美しき錯覚。
浅ましき欲求。
愚かしき殺傷。
まさに、これこそが人間世界!!
「最高だ!!」
僕はそう叫んで屋上の柵を飛び越えた。
目を開けた僕は、またイケブクロの高層ビルの屋上にいた。
「ちぇっ…折角の自殺日和が台無しだよ」
そう呟いた僕の後ろで誰かが僕に声をかけてきた。
《そうかい。でもそれは、君が思い込んでいるだけで、きっと自殺日和じゃなかったのさ》
僕は思わず後ろを振り返ったよ。
そこに居たのは、僕の大嫌いなピエロだった。
「…なんで君がいるの?僕は君が嫌いだよ」
《ボクは君が大好きなのに?》
よく言うよ。
道化師。
おどけて、ふざけて。
そうして人を楽しませる。
人間が生んだ娯楽。
人間が生み出した恐怖。
ピエロはよくホラー映画にも使われる。
昔見た洋画のホラー映画にはこいつが出ていた。
僕はそれを見てから、ピエロが大嫌いになった。
被った仮面の下に何を隠しているのか分からない。
「早く消えてよ。イケブクロの街にはピエロなんか要らないよ」
《そんなに悲しいことを言わないでおくれよ。ボクは君を助けるために来たんだから》
助ける?
僕を?
「…何を言ってるのか、さっぱり分からないねっ!!」
そうして僕は、また屋上の柵を飛び越えた。
「…………」
《やぁ》
「……なんでまた居るのさ」
《言ったはずだよ?ボクは君を助けに来たって。君を助けるまでは、ボクはここから消える訳にはいかないんだ》
全く、つくづく嫌になる面だよ。
不格好な鼻に、どこを見てるのか分からない目。
よく見たら僕と同じで、目元にホクロもあるじゃないか。
口なんて、考えられないほど大きくて、今にも僕に向かって襲いかかってきそうな勢いで赤々と光っている。
「いい加減にしてよ。君に僕は救えない」
《それはどうかな?やってみなければ分からない事なんてこの世界には沢山あるよ?》
「このセカイなんてうんざりさ。何をやっても上手くいきっこない」
《それは、きっと君が本当にやりたい事に巡り会えていないからさ。ほらご覧。君は目がいいんだろう?だったらそのよく見える目でしっかり見てご覧》
ピエロは屋上から見える下の街を指指した。
今日も今日とてイケブクロの街は鮮やかだ。
黄色の星が散りばめられた作業着を着た大工さんは不機嫌そうにシガレットを貪り食っている。
髪の毛から靴まで真っ黒な服で身を包んだ女の子と、髪の毛から靴まで真っ白な服で身を包んだ男の子が手を繋いで横断歩道を渡っている。
「…何も、変わっちゃいないさ。イケブクロの街は今日もカラフルだ。皆、皆自分のやりたい事のために沢山の色を携えて道を、街中を闊歩している」
《じゃあ君は何色?》
「僕は…」
自分の両手を見てみた。
自分の両足を見てみた。
色が、無い。
「そうだ……僕には、色が無かった…」
そんな自分を変えたくて、僕はイケブクロの街に来たのに。
結局何の色も持てていない。
「僕は…そんな自分が嫌いだった。何をしても変われない自分が……違う!!僕は自分が嫌いなんだ!!そう!!逆だ!!僕は自分が嫌いだから変われないんだよ。嫌いな物の為に、努力なんて出来ないでしょ?」
今迄溜め込んできたものが一気に溢れだしてくるような感覚だ。
何か、頬に冷たいものが流れている気がする。
何なんだろう。
これは、何だろうか。
何も分からなくて、分かりたくなくて、もう何度目かは忘れてしまったけれど、僕は屋上の柵を飛び越えた。
「………結局、僕は変われない」
《どうして変わる必要があるの?》
「生きていけないからさ。僕みたいな社会不適合者と呼ばれる類の人間は、何かしら変わらなければ社会から淘汰される運命なんだ」
《君のままでも受け入れてくれる所だってあるさ》
「そんな簡単な話じゃないのさ」
《ボクからしてみれば、自ら命火を絶つ方がよっぽど難しい話だと思うけどな》
「……………」
《無理して変わる必要も、無理して自分を好きになる必要もないと、ボクは思うけれど?》
「…どうして?自分が嫌いだと、もう生きてくのすらしんどいのに?」
《そんな事もないだろうに。君にはまだこれからがあるのだから》
「そんな保証もないこれからの話なんかしないでおくれよ。潰れてしまいそうだ」
《君は無色なんだよ?何色にだってなれるじゃないか》
「何色にだって…?」
《そうさね。一度何かの色に染まってしまったらその上から新しい色を塗り直すのは凄く大変なのさ。でも君は、まだ何色でもない。何色にでもなれる》
「…でも、僕は…」
《君は、イケブクロの街にいちゃいけない。ここはカラフルすぎる。君は目がいいんだろう?その目でこの街を見たらチカチカしちゃって駄目になってしまう》
「さっきはその目でよく見てご覧、なんて言ってたくせに」
《もっと違う景色が見えるかと思ったのさ》
「いつもと同じ景色しか見えなくて悪ぅござんした」
《そんなひねくれた事言わないでおくれよ。》
「…………ねぇ?僕は何色にでもなれるって、本当に君はそう思っているの?僕は今迄何をしても変われなかったのに?」
《色を携える事は変わることじゃない。一つ武器を多く持つ事だよ》
「武器?」
《世界は武器なんてなくたって生きていてもいいんだ。でも持っているといい事があるかもしれない。無いかもしれない。それは分からない》
「なにそれ」
《大丈夫さ。君にはボクがついてる。ボクはピエロ。道化師さ。君を愉快な気持ちにさせてあげられる》
「僕はピエロは嫌いだって言ったでしょ」
《今も嫌いかい?》
「……少しだけ。少しだけ、嫌いじゃなくなったかな」
空は素晴らしいオレンジ色。
雲は限りなく闇に近い黒。
美しき錯覚が、永久に続く愚かしき殺傷を終焉へと導いた。
浅ましき欲求は、やがて尊き願いへと変貌する。
僕に向かって微笑んだピエロは、もうちっとも怖くなんかなかった。
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相も変わらず、今日も池袋の街は忙しそうに稼働している。
焦げ茶のスーツを着たサラリーマンに、灰色の制服を着たOL。
黒い学ランを着た少年は学校に遅刻しそうなのか走って曲がり角の向こうへ消えていった。
空は青く澄み渡り、雲一つない晴天だ。
僕は池袋の高層ビルの屋上にいた。
そこから見た景色は、この間とは全く違って見えた。
しっかりと、命が動いている。
自分の色を内側に秘め、命を燃やしながら生きている。
「これが、人間なんだよね」
僕は、自分の後ろに向かってそう話しかけてみた。
勿論応えなんか返ってくるはずもない。
あれから僕は、ピエロが前よりもちょっとだけ好きになった。
あの時、ピエロが僕にくれた無色という名の特別な贈り物は、僕によって塗り替えられた。
僕は今、しっかり色を持って生きている。
これが色と言えるのかはまだ悩ましいところだけれどね。
でもきっといつか、しっかりした色に。
僕だけの色になっていく。
「ありがとう」
僕の発した感謝の言葉はきっと誰にも届いていない。
でもいいんだ。
僕自身に届いていれば。
たまには、自分に感謝を言ってもいいだろう?
ちょっとだけ好きになれたピエロは、この言葉に頷いてくれるだろう。
そうしてきっと、こう返すんだ。
「《こちらこそ、ありがとう》」
空は素晴らしい青色。
雲なんかひとっつもない。
うん。
今日は、最っ高の………。
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