呪い

 シディが二十三になり機関の違法の部に属した頃だった。

 二十三の若さながらも数々の事件を解決し、シディ自身この仕事を楽しんでる時期でもあった。

 そんな時起きた事件だ。


 地下水路、俺は光の精霊をライトとして歩いていく。蛍のように光る精霊が示す先は何もない行き止まりの壁。

 だが俺は壁のブロックを手探り、窪みができた一つのブロックを押し込む。

 ブロックが隣の壁に収容されて行くように行き止まりは消えていく。そして一つの隠し部屋が現れた。

 

「マジっすか……」


 部下のモルトが嫌だ嫌だと言いたそうな声を漏らす。気持ちはわからんでもない。

 俺は躊躇いなく、魔法で強化した足で鉄のドアを蹴り破った。


「うわぁぁぁ!」


 モルトの悲鳴と共に大量の小蝿が外に俺の真横を通り過ぎた。

 

「ちっ……予想以上に酷いな」


 蝿が一通り通り過ぎた後、俺は杖を構えながら部屋に踏み入る。

 閉ざされた部屋は涙が出そうなほど腐臭で溢れ、俺は目をしかめた。

 オマケに埃も酷い、数週間放置された状況であった。


「なんだこれは」


 その匂いの原因である男の死体は壁にもたれかかる形で息を引き取っているが、小蝿が死体の周囲を取り巻く状況で様子がわからない。


 モルトが情けない声で「外に行っていいすか?」と言ってくる。


「情けねえな」


 とは言うが、確かに胸糞悪い。昼に食べたアップルパイが逆流してきそうだ。

 こんなに腐敗が進んでしまったのは理由がある。

 被害者と思われるカルトが発見された場所は地下水路の隠し部屋、探検に来た子供達がドアの穴から覗き発見したそうだが行方不明になってから数週間経った後である。


 シディは小蝿をメルツ(匂いの魔法)で退かし、男の死体を確認する。

 黒い物体と化していたが、辛うじて人間の形を残してくれている。

 さて、お前はカルトか、確かめさせてもらうぞ。

 腐敗はしているが白骨はしてない、外傷はなかったが周辺には黒くなった血痕、思い浮かべるのは餓死、何者かに監禁されそのまま放置された。

 だが一つだけ違うのは、右腕がサイズが合わないレベルで巨大化している。

 カルトは痩せ細った男と聞いた、だが右腕は軽く熊、いや魔獣のガルドクラスの腕と化している。

 

「呪いか」


 次にシディは禁術を思い浮かべた。

 禁術の中に、怨んだ相手を異形の者にさせ不死の生物にさせる【カンパネラ】という魔法。

 だがカンパネラは死にたくても死ねない術の筈だが、彼は中途半端な状態で死んでいる。


「あのー……何かわかりましたか?」


 部屋の外で情けない声を上げるモルトだが、俺は「こっちに来い」と命令する。


「えっ、大丈夫ですか?」


「ああ、死体自体はそこまで酷い訳じゃない。いつまで新米風を聞かせる気だ」


「わかりました……ってオエェェェェェェ!」


 モルトは死体を見て嘔吐した。


「やっぱ出て行け」


 ゲロを吐くモルトを蹴り飛ばし、一人になった俺はまた思考を走らせる。

 腐ってはいるがこの腕の変貌はカンパネラである事は確かだ、なのに死んでいるという事は、魔法が使えない人間による犯行かそれともリスクを背負いたくないための中途半端な為か。

 禁術は当たり前だが強力故にリスクを重く背負わされる、例えるなら大切なものの命、それか自分の命。



 遺体の調べは他の人間に任せ、俺とモルトはカルトの周辺の調査をし始めた。

 モルトがげっそりした顔のまま何か思い出したように口を開いた。


「あ、そういやシディさん。前にヨダさんが文句を言ってましたよ」


「ああ、そうか」


「そうかって気にしないんすか」


「アイツの言うことは大体出世しろだろ、アイツは俺をこき使ってやる言っときながらいざなるとこれだ」


「正解、よくわかったすね」


「正解も何も、何度も言われたら飽きる」


 これで35回目だ、それか36。


「シディさんは実力あるのに何やらかしたんすか?」


「お前は容赦なく聞いてくるな」


「あーすいません……」


 俺は溜息をついて右手で軽くくしゃりと頭を触る。


「別にいい、単に俺は横領を告発しただけだ。それがお偉いさんだったから俺は出世の道を閉ざされた、わかりやすいシナリオだろ?」


 こう言うと悲惨だが、親の失望する顔が見れてスッキリもしたので良し。

 俺は別に出世しようがしまいが今の人生に満足している。


「いやあ正義感って時に人を滅ぼすんすね」


「別にそんなもんの為にやったわけじゃねえ。単に気に入らなかっただけだ。さて無駄話の時間は終わりだ、さっさと聞いてこい」


 俺は急かすようにモルトに命令させモルトはせかせかと走っていく。

 まあカルトに家族はいない、それに親しい友人も限られる、クリン・ファンシーという男だが彼は行方不明だ。この命令は単なる嫌がらせに近い。

 シディはカルトの家に向かおうと人混みの中流れていこうとするが背が高い故に見えてなかった。

 

「痛っ……」


 外套を被った女性とぶつかり、倒れると他の人を巻き込みかねないので抱き寄せた。


「悪い、大丈夫か?」


「はい……後、胸を触らないでください」


 弱々しい声の女性だが口は強い。


「それはすまないな、だが偶然当たっただけ……ん?」


 当たった弾みに女性の外套が取れる。

 朱色の髪に、青色の目、そして幼さを感じる可愛い顔。

 まさかあの時のか……?

 だがあの時よりさらに痩せ細っている。


「いつまで触ってるんですか……? 離してください」


 俺はそう言われて腕の力を弱める。

 相手の方は覚えていないか、一度会ったきりそれも仕方ない。

 ならこれから記憶に刻ませれば良いだけだ。彼女の腹が鳴った隙を見てこう言う。


「ああそうだ、今から飯を食うんだが一緒にどうだ?」


 さっきの死体を見たせいか食欲はない。


「結構……です……」


 そう言うがさらに彼女の腹が鳴った。


「全部俺が奢る、それに手を出すつもりはない」


 そのセリフの最後に「今のところは」と小声で言った。

 彼女は悩んだ顔をしながら顔をしかめた。


「高い店……要求しますよ?」


 仕事中だがまあいい、出世が閉ざされた俺にこれ以上怖い物はなかった。


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