彼女


 昨日あれだけ酒をたらふく飲んだというのに日の出前に起きてしまった、酒は抜け切った感じもイマイチしないが一度眼が覚めるとまた寝る気にもなれない。

 あの女の様子でも見に行くか。そして誰にも気づかれぬ事なく帰ってもらおう。

 運が良ければ婆やが既に起こして帰してくれてるかもしれない、一応確認のため行ってみよう。

 部屋から出て階段を降りると、裸の人間達が天井や壁に描かれた大広間へと続くがそこには目つきの悪い若い女がいた。

 家政婦ではない、こんな所で寝巻きのまま出歩くのは家の人間である証拠だ。


「あら、昨日も遅かったって聞くわ。お父様やお母様もどうしてこんな親不孝者を野放しにしてるのかしらねえ?」


 俺は無言のまま無視して通り抜けようとしたが、長い爪が生えた手で肩を掴まれ。


「あら? 挨拶もなし? 実の姉に対してその態度は酷いじゃない?」


 寝起きでイラつく朝から嫌な奴と話したい人間なんていないだろ。


「おはよう。これでいいか?」


「ふんっ、そんなんだからお父様とお母様に相手されないのよ」


「されなくて結構、だがあんたよりは俺の方が優秀だからな。相手にされないのは寧ろ姉さんアンタの方だろ」


 姉のモナの眼がより鋭くなった。怖い怖い。だが実際親の望んだ操り人形として期待されてるのは俺の方だ。

 だがそんな期待の目なんて必要ない、アンタに譲りたいよ。


「じゃあな姉さん、俺は散歩でもするよ」


「逃げるの? ねぇ! 逃げるの!? じゃあ私の勝ちね! 私の勝ちよ!!」


 子供かよ、そう思いながら俺は庭に歩いて行った。

 ただ姉さんもこの家に生まれた被害者だ、俺は嫌いだがそこは同情する。姉は俺より一つ年上だがはっきり言って弟の俺の方が優れていた。

 だから姉は俺に嫉妬した。そして嫌がらせを何度もした。

 ある時は本を捨てられ、飲み物に虫を入れられたり些細な事だったが、いつの日かそれは悪化した。

 この世界でたった一つしかない爺やに貰った形見の時計を壊された、大好きだった爺やが残した宝物を壊された幼い頃の俺にとってはショックだった。

 姉は子供の頃は優しかった、本当に、本当に俺の姉として接してくれた。

 だがいつから歪んでしまったんだろう、俺は何度か姉が昔のように戻ってくれる事を祈ったが爺やの形見を壊され、それは無理なんだと理解した。


 少なくとも姉を殺したのはこの家だ。

 俺も殺されないように気をつけてはいるが、もう既に殺されてるのかも知れない。

 だがそんな事はどうでもいいのだ、俺が居続ける理由は婆やがいるからだ。婆やが辞めれば俺も出て行こう。それに貯めたお金で婆やに恩返しをしたい。

 この家とは別で稼いだお金がある、賭け事じゃない。賭けなんかで稼いだお金じゃ婆やが悲しむ、仕事はちゃんとした魔獣狩りの手伝いだ。


「寒いな……」


 毛皮のついた私服に着替えたつもりだが肌寒い。

 さっさと確認を終わらせてベッドに潜り込もう。

 家政婦達が住む家にたどり着いたが、もう殆どの家政婦は朝支度で眠っている者はいないな。

 偶然、1人の家政婦がドアから出てきて眼があった。


「坊ちゃまどうかしましたか?」


「いや、婆やは?」


「あの方ならもう屋敷に向かいましたけど、ポートリーさん朝起きるの早いですよね」


 ポートリーは婆やの名前だ。


「何十年もやってるらしいからな」


「ええ、私なんかまだ半年なのにもう根をあげかけてます……あ、そういえば坊ちゃまは何か用でも?」


「婆やに頼まれたんだよ、家は俺が閉めておく」


 そもそも閉める鍵はないが。


「そう……ですか? じゃあお願いしますね」


 そう言って家政婦はイソイソと走って行った。

 朝から大変だなと思いつつ、俺はドアを開け婆やの部屋に入った。

 そこは皺一つないベッドがあるだけで人の気配など感じなかった。流石に帰ったか、そう思いつつ俺は自分の部屋に戻って行った。

 名前だけでも聞けば良かったと少し後悔の念を噛み締めながらも、縁があればまた会えると淡い期待でもする事にした。


 その期待はすぐに叶ってしまったがそれでも余り良いとは言えない出会いになった。

 

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