シディ・ティーンという男-2

 彼女の顔は少し暗く悲しさが漂っている。

 何かあって酒場に来たんだがどうすればいいのかわからないってとこか。


「飲まないのか?」


 彼女は無表情のまま「未成年です」と答えた。


「じゃあなんで酒場来てんだよ、いや俺も未成年だけど」


「来ちゃ……悪いですか?」


「いや? あんたの勝手だよ、ただ酒場に来て酒を飲まないのは俺からすれば損してる。あんただってココに来たって事は酒に何か期待してたんだろ?」


 彼女は下唇を噛み締め数十秒、見るからに真面目そうな雰囲気だ。酒を飲むのにかなり抵抗があるらしい。

 ならなんでここに来たんだって話になるが感情的な事情がありそうなので踏み込むのはやめておこう。


「酒ってのは薬だ、現実に疲れた病気を治してくれる特効薬。辛い思いなんて酔っ払えば全部消えてしまうもんだ。夢みさせてくれるのは一瞬だがその一瞬だけでも楽しんだ方がいいだろ? それに俺はあんたが酔っ払ったって襲わねえよ」


 シディは襲わねえよの後で小さい声で「多分……」と言った。


「本当ですか?」


 いざ問い詰められると言葉につまる。


「……ああ」


 そう言うと彼女はエールを頼んだ。

 だがいざ、ジョッキが目元に置かれると彼女は躊躇い、本当に飲んでもいいのか悩んでいた。

 俺は手で飲め飲めってジェスチャーした。


 彼女は両手で掴みグイッと、ジョッキは彼女の口元に押し当てられた。

 ごくっごくとジョッキの中身が一気に減っていく。

 

「美味かったか?」


 空っぽになったジョッキを置いた彼女の反応を楽しもうと良からぬ考えをしてたが。


「気持ち悪い……」


「そりゃあ一気に飲んだアンタが悪い。酒は適当にツマミ食いながら飲んだ方が気持ち悪さは減……おい」


 彼女はテーブルの上に手と顎を乗せて眠っていた。


「こんなに早く酔っ払うのか……初めて見た」


 だがこうなってしまってはどうしようもない、何度か揺すっても爆睡状態。ダメだ完全に熟睡している。

 このまま彼女をこのままにするのはあまり良くない。仕方ない、ヨダ含めて起きるまで他の客の賭け事にでも参加でもさせてもらおうか。

 トランプでポーカーを楽しんでる客と数時間楽しんだあと、店長が声を出した。


「悪いが今日は店仕舞いだ、すまねえなみんな」


 その店長の一言でみんなぞろぞろと帰っていく。中には不完全燃焼で賭けの終わりを惜しむものもいたが、店長の言葉に従うのは彼自身が持つ人徳ゆえか。

 だが今回に限っては面倒な事になってしまった。まだ二人共ぐっすり睡眠中だ、ヨダにおいてはここ数日ずっと試験のために無理をし過ぎたそうだ。今日も試験結果が発表されるまで数日間まともに睡眠をとってなかったと。

 学生故に杖を持たず、お得意の魔法も使えない。

 何度かヨダを引っ叩いて起こしても起きない。


「店長、こいつら置いて行ってもいいか?」


「お前ら子供だからってなりふり構わず飲むんじゃない……仕方ない、ヨダの方は俺が見る、だがそっちの彼女はお前が何とかしてくれ。女房に見られたら誤解されちまう」


「俺も彼女の家は知らない」


「それを含めてお前に任せる」


 その意味はいろんな意味を含んでいると察した。


「わかったよ。ここで良くして貰ってるからアンタの言うことには従う」


「そうしてくれ」


 と言ったものを、非常に困った。もう外は肌寒い夜に変わっている。

 想像よりは軽かった彼女を背負い宿でも探そうと思ったが残金が雀の涙だ。畜生、予想以上に賭けでスった。

 

 外で置いていく訳にもいかない、一番やりたくない案だが、それしか方法はないな。

 俺は自分が住む屋敷の前に立つ、庭には巨体な犬の魔法動物が6体眠っている。門をバレないように開け、屋敷の裏の家政婦たちが住み込みで働くために建てた家に向かう事にした。

 レンガで出来た屋根が三角の家だが余り丈夫そうには見えないほど壁にヒビが入っているのでたまに心配になる。

 一瞬、ペットのペケが起きて俺を睨んだがご主人と気付いてくれたのかまた眠りについた。


 そうだ、寝てろ。起きるなよ。

 忍び足で屋敷の裏の家に辿り着く。住み込みの家政婦は五人、それぞれ二人一部屋で使ってるが一人だけ人数が余るのだ。

 それが婆や、俺は鍵のない家に入ると玄関から婆やの部屋に一直線して向かった。

 この時間に誰も起きてはない、運がいい。

 ドアを軽く叩く。


「はい? 誰でしょうか?」


「起こしたか? なら悪い。ちょっと頼みたい事があるんだ」


「シディ坊ちゃんですか? 眼鏡かけますから待ってくださいね」


 婆やは優しい口調のまま開けてくれたが、女を背負っている俺を見て固まった。


「女癖が悪いのは知っておられましたが……ここはそういう場所じゃありませんよ? それにまたお酒を飲んでおられましたね? まだダメだって言ったじゃないですか?」


 流石にちょっと怒っている、だが彼女の事は誤解だ。


「違う、彼女は身元が分からないんだ。外に置いてくるワケにもいかないだろ? 何も手を出すつもりもないしまだ何もしてない」


「まだ?」


 婆やの目が鋭く尖りシワが増える。


「あ……くそっ、そういうつもりで言ったんじゃない」


「わかってます、坊ちゃんがそういう人じゃないって事はこの婆やが理解してるおつもりです。まずはお入りください、何か飲み物でも用意しましょうか?」


「ありがとう、でも飲み物はバレるからいい」


「大丈夫です、この婆やは何年この屋敷にお仕えしたと思っていられて?」


 詳しい事は知らないが赤ん坊の頃からこの家に居たのは確かだ。

 恐らく俺よりもこの家の事情に詳しいだろう。俺はこの家に興味がないのもあるが。

 彼女を婆やのベットに寝かせて毛布を被せる。

 これで一旦は終わったと変な力が抜けた。やれやれと眠り姫の彼女を見つめて髪を撫でた。

 綺麗な髪をしている、婆やの足跡が近づくのが聞こえ俺は彼女から離れた。


「坊ちゃん、はい、チョコレートです」


 黒い液体が入った暖かいカップを渡され俺は一口含んだ。

 甘いチョコレートを飲んだ後、俺は婆やに一応事情を全て話した。

 すると酒を飲みすぎた事と酒を勧めた叱られた。ただ叱ってくれる人がいる事が俺は嬉しかった。

 

 


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