シディ・ティーンという男

「そんなに金に困ってたか?」


「ちょっと……色々ありまして……」


 カナンはハハハと笑ってみせたが俺はあまり笑える気分じゃない。

 そしていつ怒られるのか俺の顔色を伺ってるのが余計に腹が立つ。だが今は怒る気もない。

 家の前に到着してシディは足を止める。


「お前はさっさと帰れ」


「えっ、師匠は?」


「うるせえな、俺はまだ仕事があるんだよ。それとしばらく夜は外に出るな。幽霊だろうが何だろうが信じてビビって部屋に籠もってろ」


「は、はぁ……」


 カナンは納得の行かない顔をしながらドアに手を付ける。


「師匠も……気をつけてくださいね」


「お前に心配されるほどバカじゃねえよ。ガキはさっさと寝てろ」


「これでももう15ですよ」


「まだ青臭えガキから抜けてねえじゃねえか、お前が最後に寝小便やらかした年を俺は覚えてるぞ。あれは……」


「あー! 帰ります! 帰って寝ます!」


 カナンは顔を真っ赤にしながら大声を荒げて家に入って行った。

 ったく、口ごたえするのは誰に似たんだ…………俺だな。

 だが今はそれよりもなるべき事がある、俺は酒場でのヨダとの会話を思い出す。


『……だが、これは毒じゃねえ』


 シディの言葉にヨダは眉を一瞬ヒクつかせた。


『何故そう思う?』


 俺は被害者が死んだテーブルに近づき固まった血を触った。


『人間の血の他に何か混ざってんだよ』


『そ、それが毒か、酒じゃないのか!?」


『混ざってるのは……おそらく悪魔の血だ、アンタとこは悪魔の血でできた酒でも仕入れてんのか?」


『い、いや』


『ほう、何故悪魔の血だと断言できる?」


『悪魔の血に見慣れたのかもな。まあ検証すれば済む話だ』


『そうだな』


『これが悪魔の血じゃないと銅貨賭けるか? 昔のように』


 シディが無愛想な顔から少し緩んだ笑みを浮かべたがヨダは相変わらずのキツい顔。


『俺も同じ考えだ、賭ける気はない』


 意見は一致してるが昔のようには噛み合わない、仕方ない。俺から奴を拒絶して失望させてしまったようなものだ。

 今更昔のように接する方が厚かましい。


 ため息を吐くと白い息と共に夜空に溶けていく。

 胸糞悪い、嫌な気分だ。悪魔が関わってくる事件は皆そうだ。

 特に今回はイレギュラーの悪魔憑きではないだろう、なら何故悪魔の血が混じっている?

 ヨダからの連絡でやはり悪魔の血が混じっていると確定した。

 ちっ、何が起きてんのかわかんねぇが最短距離で解決するにはこっちの方か。


 シディの手にはいつもの杖とは違う、黒い杖が握られていた。


ーーーーーー

ーーーー

ーー


 シディ・ティーンは貴族の家系として生まれ育った。

 父は実力を持ち機関の幹部に所属し、母も若い頃は魔法使いとして名を知れたと聞く。

 お互い、実力を持った両親から生まれたシディは裕福に恵まれ、両親からも大いなる期待を寄せられた、こう聞くと響きは良いが両親はシディを道具として見ていた。

 父は幹部止まりの屈辱、母は魔法使いとして夢を叶えれなかった事、二人共シディに自分の夢を叶えさせようと強制させた。

 親も話に聞くとただ貴族の家系で親の、シディからすれば祖父母達の言いなりになって結婚したそうだ。

 そういうものなんだろう、別に両親の冷めきった関係を見れば薄々感じていたし意外性もへったくれもない三流のシナリオだ。

 その親に対して俺は、ただ普通に生きてきた。

 魔法学校で主席を取っても、友人を作っても、女を作っても、ただそれを気にせず俺として生きたつもりだ。

 俺が歪まずに育ったのは家政婦の爺やと婆やがいてくれたからだろう、爺やはもう逝ってしまったが彼らには感謝してる。むしろ俺の親はその二人だ。



 ここはヨダの知り合いが経営する酒場、未成年の俺たちでも隠れて酒が飲める場所だ。

 俺とヨダはエールとつまみが置かれたテーブルに座る。

 ヨダは魔法学校で出来た最初で最後の友人、あまり俺は他人と関わる事が苦手だ、そしてヨダも面倒な見下す性格故か友達は俺以外いない。

 だが奴は友人と言うよりも俺をライバルとして見てるようだ、初めて会った時は「フハハハハハ、素晴らしい成績じゃないか。だがこの学園に君臨するのはこの私だ」な挨拶で「君にだけは負けたくないなっ!」に変わりいつのまにかお互い笑い合う関係に落ち着いた。


「ハハハハハ、卒業前の試験、最後は君が勝ってしまったようだな」


 目が笑ってない、寧ろ目に涙を浮かべている。


「泣いてるぞ」


「貴様……! 俺が感謝してると言うのになんて言い草だ!」


「悪い悪い、ありがとう、本気で思ってる」


「だがな、機関に所属した暁には俺が先に出世して貴様を顎で使ってやる」


「まあ今はそんな事忘れて、な?」


 俺はエールのジョッキを持って目配せした。


「そうだな、今日ぐらいは貴様の言う通りにしてやるか」


 ヨダもジョッキを持ち、お互い乾杯しあった。

 酒を飲み、時につまみ代わりに料理を頼み、魔法の事、なんやかんやで楽しかった魔法学校の事を話し合った。

 最初はそんな感じだったのだがヨダの酒が回っていくうちに話がズレていった。


「しかし、貴様は何人の女と同衾をしてきたんだ、羨ましい! 違う! けしからん!」


「あー、向こうから来るんだよ、俺って誘いは断れないタイプだろ?」


 実際、女漁りをしている自覚はある。いつか刺されても文句は言えないかもしれない。だが向こうから来るのは本当だ、誘いを断るのも悪いのでぜんぶ受け入れると俺は女の敵に変わっていった。


「だがしかしっ! 限度があるだろ、限度が!」


「…………たしかに」


「何故俺には来なくて貴様の方ばかり寄ってくるのだ!」


「嫉妬じゃねえか」


「そうだ! 私は君に嫉妬しまくり……ぐぅ」


 最後まで何か言おうとしたがヨダは酒が回りすぎてテーブルに顔面からキスをした。

 ジョッキが割れないように店主が片付けに来て一言。


「おい、そいつは連れて帰ってくれよ」


 シディが酒に強い方なのは親譲りでそれだけは親に感謝している。

 まあしかしあれだ、こいつどうやって連れて帰るか、ヨダの家まで持って行くのは苦痛だ。

 こいつが起きるまで待つか。


 俺は冷めきったウインナーを齧った。

 これから一人で時間を潰すというのも虚しいものだ、ふと店の端のカウンターで一人寂しく呑んでる女性がいた。

 年は同じくらい、顔は幼さが残るが髪は朱色でかなり自分の好みだ。暇つぶしに話でもしようか。


「隣、いいか?」


 彼女は一瞬戸惑いを隠さなかったが小さめにうなづいた。


「大丈夫です」


 この出会いが俺の人生の変わり目の節だった。

 

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