第7話

 数時間前に裏口に六つ置いたエサをワンは確認する。私の家の周辺に住む猫六匹の為に用意したものだ。

 けれど一つだけ一口も食べた痕跡がない餌箱を見てため息を吐く。

 ワーナの用だ、彼女はいつも昼頃まで眠っていてみんなより起きるのが遅く他の猫にエサを食べられる事は多かった。だからわざわざワーナだけエサの時間をズラした。

 それも今は意味がない。

 もう無理なんだと言う事は分かっている、私は捻くれていても大人だ。わかってるのに涙が出る。

 年寄りが泣いて余計皺が増えるのは勘弁だ。

 涙を拭き、餌箱を片付けようと痛む腰を我慢しながらも取ろうとする。

 ガサガサ……ガサガサ……


 音がした。


「誰だい!? カイ、ロルファー、アカー、タグ、ルロ!」


 飼っている猫の名前を呼んでみるが反応はない。


「もしかして……ワーナかい? ワーナなら……顔を出してくれないかい?」


 そうだ、ワーナに決まっている。そう思って急ぎ足でスタスタと近い付いて行く。


ーーーーーー

ーーーー

ーー


「急いでくれ! 私の事は無視して加減するな!」


 それでもピューイは私に負担がかからないように加速を遅らせている。


「なんでこんな時ばかり優しいんだお前は! いいか? 加減したらりんご抜きだ!」


「ンガ!?」


「それが嫌なら行け!」


 それを言った瞬間、私の体は宙に浮いた。ピューイが全速力で空に向かってジャンプしたのだ。

 私は目をつぶってピューイの首に抱きしめるようにしがみついた。ヤバイ、手が外れそうだ、だがそれで良い、私の事は気にせず進んでくれ。

 ただピューイが進んでいく先は少し嫌な予感がした。住宅街より商店の多い方へと速度がゆるくなっていく。

 そして、私の知り合いの店にピューイは着地した。

 着地した衝撃でブロックが蜘蛛の巣のようにひび割れて行く。


「ここなのか?」


「ンガ」


 ピューイの頷きに胃が回転したような気分悪さよりも違う意味で気分が悪かった。

 ドアに手を取った、鍵はかかってない。

 ドアを開けてカナンは叫ぶ。


「ワンさん! 返事をしてくれ!」


 返事がない事でよりカナンの心臓の鼓動が早まる。


「ンガンガ!」


 こっちにいる。


 ピューイが向かったのは裏口だ。

 カナンは店の奥に土足で走って行って銀の杖を構えたまま裏口のドアを開けた。

 

「ワンさん……! そこから離れて……」


 ワンさんは肩から血を出していた。そしてその先にはワーナだったモノがいる。

 

「大丈夫だよ……ちょっとビックリしただけなんだよ。アンタもその危ない杖をしまって……私の子は良い子なんだから……」


 彼女は錯乱している、カナンはそう思った。

 ピューイにこっそりとアイツが動いたら倒せと命令した。だから非常事態が起きない限り大丈夫だ。


「何言ってるんですか! 血なんか出して説得力無いんですよ! もうワーナじゃない、ただの悪魔なんですよ!」


「前だって私を殺せたのにこの子は殺さなかっただろう? ただ構って欲しいだけに」


 頭が痛くなる、いつ悪魔憑きが襲って来るかもわからないこの状況に神経がすり削れそうだ。

 


「良い加減にしろババア! アンタが死んだら悲しむ人がいるだろ!」


「私に……私にそんな奴なんかいるわけないだろ!」


「じゃあ猫はどうすんだ! アンタが死んだらだれが世話するん……クソッ!」


 悪魔が動き出した。獲物のワンさんに向かって大きな口を開き、頭を丸呑みにしようと考えている。


「ピュー!」


 私の声にピューイが走り出す、間に合ってくれ。

 そうじゃなきゃ私はまたトラウマを思い出すだろう、大事な人を助けれなかった悲しみの海に沈む事になる。

 だから私は、もう一つの黒い杖を使う事にする。

 これは世界を変えようと機関を敵に回した黒衣の男であり、私を育ててくれた師匠から受け継いだ杖であった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る