第4話

 眠い、首が痛い。こんな朝から杖職人のワンさんに呼ばれて憂鬱な1日の始まりだった。

 店内は誰もいなかった。薄暗く、店内の両側は杖をしまったタンスや本で埋め尽くされている。元が狭いのもあるせいか二、三人が横に並べれる程度の道しかなかった。

 ふと猫が私の股下を歩いた。

 私は小さい動物は好きだ、寧ろ見つけると触りたくなるぐらいには大好きだ。


「少しだけ、撫でてもいいか? なっ? なっ?」

 

 人の言葉が通じない猫に、つい人の言葉で頼み込んでしまったが猫は入り口の外まで走り出してしまった。

 猫には全然懐かれない、癒されなかった気怠さを感じながらカナンは机に置かれた木の杖を触った。

 表面はザラザラしてまだ作成途中の杖だろうか、まだ先端が尖ってない。


「ごらっ! 勝手に触んじゃないよ!」


 すると先の部屋から一人の老婆が元気のいい足跡でズカズカ近づいて来た。


「ワンさん……」


 ボカッ!

 

「痛っ……つぅ……何も殴る事はないじゃないですか……」


 カナンは頭をさすりながら文句や20分ほどは待たされた不満をぶちまけようとしたが。


「この杖は私の最高傑作になるかもしれない杖なんだよ、それをあんたなんかに壊されるわけにいかないだろ」


「じゃあ分かりやすい所に置かないでくださいよ」


「ふん、自然体が一番なんだよ」


 意味がわからない。

 ハァと溜息をついて頭を軽く掻いた。ワンさんは悪い人じゃないし優しい人なんだが面倒な人でもある。

 過去に人間関係で酷い目にあったのか極度の人間嫌い、でも動物には懐かれるし優しい、そんな人だ。

 でも口下手なので空気が重い、何か世間話を。


「最近良い天気ですね」


「昨日の昼に雨降ったじゃないの、老人だからからかってんじゃないわよ」


「すみません……そ、そういえば最近平和でいいですね」


「ふん、夜は変な男か女か知らない奴がうろついてるそうじゃないか、前に機関を敵に回したクソッタレ集団が消えたってのに新しいバカが出てくるだけで何が平和だよまったく……」


 適当に言うんじゃなかった、話が完全に途切れてしまった。あと夜の変な奴は私の事なんだろうか、それ以外思い当たる節がないから多分そうだ。


「それで……何か用でも?」


 顔色を伺って地雷を踏まぬよう会話を再開させた。


「あんたに頼みたい事があるのよ」


 頼みごと?


「猫を探して欲しいんだよ、太った三毛猫で名前はワーナ」


「私に頼む必要ありますか?」


「うるさいっ! 人の話は最後まで聞くもんだよ! 特に目上のはね!」


 怒鳴られたので黙ることにした。怖い。


「私も自分で解決できたらあんたなんかに頼まないよ! 昨日だって見かけて声をかけようとしたさ、でもそいつは頭が逆さまの悪魔憑きになったんだよ……」


 ワンさんは嫌そうな顔で右腕を見せた。

 薬草や薬品の上に包帯でぐるぐる巻きをしていたが包帯から血が滲み出てるのを見ると一歩間違えば右腕ごと……


「カナン、魔獣狩りのあんたに任せたいんだよ……私じゃどうにもならなくて……もう年だねぇ……」


 確かに、悪魔が絡めば死人が出る危険な事件にも変わる。

 悪魔はこことは違う異世界から魂だけ転移させる存在、人間や動物、なんなら物にまで取り憑く者もいる。

 だが本来は1日ほどで取り憑いた肉体も含め消滅する。悪魔は10の人間の魂を食らえば消滅せずこの世界に永遠に存在できる権利を得るが、行方不明の事件すら小耳に挟む事はない、しかも取り憑かれたのは恐らく昨日か一昨日だ。

 もう消滅してる可能性の方が高いだろう。


「ワンさん、やはり消め--」


 最後まで言おうとした、が彼女の泣きそうな顔を見て察した。

 太った三毛猫、前に何度かこの店で見かけた事がある。ワンさんの膝の上でのんびりとダラけているあの猫がワーナなんだろう。

 そして実の子のようにワーナを撫でるワンさんも私は知っている。

 カナンは頭を掻いた、師匠の癖が完全に移ってしまっている事が悲しかった。


「わかりました、やれるだけやって見ます」


「あんた以外に頼める人間なんていないからね……」


 任せたい、さっき彼女は私にそう言った。責任を感じるなあ。

 このまま店を出ようとした時に思いついた事がある。


「報酬は必要ないんで、その代わり一つだけ私も頼みごとをしていいですか?」


ーーーーーー

ーーーー

ーー


 仕事と言うことでカナンは白いフリルの服の上に青いコートを羽織った。これは自分のお気に入りの服である。

 普段女という性に産まれながら服装には興味はなかったが、師匠から仕事する時だけは服も顔も気合いを入れろと叩き込まれた。

 それにこの服が好きな理由は自分が女だと一目で気づかれる衣装だから好きだ。


「ンガンガ」


 こんな事やってる暇はあるのか。


「……仕方ないだろ、断りづらいんだ。あの人、私と猫達以外話し相手いないんだ。それにあんな目にあってもワーナを助けたいんだろう。万が一魔獣狩りに話したらワーナも駆除されるオチだ」


 肉体と悪魔を離す方法は無いわけではない、ただ可能性が低くて特に優先度の低い猫や犬は躊躇なく駆除されるのが大半だ。だから私に頼んだ。


「ンガンガ」


 カナンはいつあの人と仲良くなった?


 猫に釣られて店に何度も通うようになっただなんて恥ずかしくて言えない。


「……………………色々あったんだ。それよりもピューのせいで本当に首が痛い」


「ンガ」


 ごめん。


「次は気をつけて飛んでくれ……」


 首を最小限に動かしながら人混みを二人で歩いて行った。








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