第6話


 九曜マリーがいた。


 アンドロイドが身に付けていそうな、機械でできたボディスーツを着用している。露出した真っ白い脚からは、カマキリの腕のような機械的なユニットが四つ付いている。その先から鎌のような形状をした刀身が曲がっている長い刃が付いていて、キシキシと音を立てて動いている。スケルトンの身体を貫いたのは、間違いなくこの刃だろう。

 非現実的な服装だけれど、生まれたときからその格好をしていたかのように、マリーには似合っている。

 ああ、そうだ! 元々僕らは、彼女の手がかりを掴むためにここに来たのだ。

 けれど、マリーは変わらないその顔を、わずかにしかめさせて言った。

「なんで、あなたたちが……」

「……え?」

 そんな反応をするってことは、マリーが僕たちに〈パノプティコン〉を仕込んだわけではないのか?

「ユウスケ! マリーちゃん!」

 リリカとカナタが、こちらに駆け寄ってくる。リリカは僕の肩を掴み、背中からスケルトンだった男を見る。

「こ、この人、死んだの?」

「死んでない。アカウントが破壊されて、気絶しているだけ」

 だから、アカウントの破壊とはどういう意味なのか?

 と、僕は気付いた。マリーの頭の上にも、僕らと同じゲージがあるのだが、その数字が『20,587,000』となっている。これまでマリーの〈RELEASE〉の時価総額は、ずっと0.2万円だったはずだ。

 ――突然時価総額が増えたということ? それともこのゲージは、時価総額を単純に示したものではない?

 いや、そんなことよりもまず聞くことがある。けれど、あまりに多くのことが起こりすぎて、何から聞いていいか判断ができない。

 頭を抱えている僕の肩を、カナタがポンと叩く。カナタはいつもの魅力的な笑顔を携えている。どうやらもう平常心を取り戻したようだ。

「その姿は戦闘服なのかな? カッコイイね」

 マリーは無言のまま答えない。

「それで、九曜さん、この状況について、説明してもらっていいかな?」

「……この姿を見られた以上、仕方ないね」

 マリーは僕らと倒れている男を見て、しばらく考えた後、口を開く。

「私は〈カリスマ〉という敵と戦っている。〈カリスマ〉は、世界への条件刺激――Condition stimulation to the world――略して〈CSWシーエスダブリュー〉を〈パノプティコン〉で使役し、〈RELC〉を滅茶苦茶にしている。それは、この現実世界を〈殻の全体主義〉へと引き込むため。今私が倒したのが〈CSW〉。〈カリスマ〉の力は絶大で、〈パノプティコン〉を通じて、現実世界は彼に支配されつつある。けれど、世界には本来備わっている抵抗力がある。それが、世界への無条件刺激――Unconditioned Stimulus to the world――略して〈USWユーエスダブリュー〉。それは〈CSW〉に対する力として、顕在化した。それが、私。私――〈USW〉は、仮想世界より、人々を〈カリスマ〉の洗脳から救い――」

「あの、九曜さん」

 カナタが止める。

「もっと分かりやすく」

 同意して、頷く。見知らぬ専門用語をつらつら並べられて、理解できるはずもない。

 カナタの言葉に、マリーは無表情のまま固まった。どうやらどう説明していいか分からず、すっかり困っているようだ。

 けれど僕らも、きちんと説明してもらわないと困るのだ。そうして、途方に暮れかけたときだった。

「マリー、この子たちは知り合いなのです?」

 マリーの方から妙な声がした。しかし、マリーの方角には誰もいない。

「知り合いなら、ボクが出ても平気です? 平気です、よね? ひ、引きちぎられたりしないですよね? ボクみたいのを視界に入れて不愉快だって、この人たちは怒り出さないですよね?」

「大丈夫、彼氏とその友達だから」

 か、彼氏……。マリーは平然と言うんだな……。

 マリーの肩から、メカメカしい長い耳がニョキッと出る。

 恐る恐るといった様子で、それは姿を見せた。マリーの肩に乗っかったそれは、全長五十センチほどの、おそらくウサギをモチーフにした謎のキャラクターだった。大きくまん丸い赤い目は、見た目がカメラレンズそのものであるから無機質で、口にはギザギザな三角の歯が付いている。気弱そうな態度とは裏腹に、なぜか少し錆びているその見た目は割と不気味だった。精密なグラフィックのせいか、現実世界にはいるはずのないバーチャルな存在なのに、マリーの肩に乗っかっていても違和感がほとんどない。

「ははははははははははははははははは」

 え? いきなり笑い出した?

「ははは……初めまして……ボクはユングというのです」

 どれだけ緊張してるんだ。

「あの……マリーは口下手だから、説明はボクが代わりにするのです。……あ! ああ! ごめんなさいですマリー! 口下手だなんて傷付けるようなことを言ってごめんなさいです! 謝るからアレだけは! アレだけはやめて欲しいのです!」

「あなたに危害を加えたことはないけど」

 よく分からないけれど、めんどくさいマスコットだということだけは分かった。

「何この子! かわいい! ちょっと狂気的な見た目が最高にかわいい!」

 そして、リリカの感性がおかしい。リリカはユングを両手で持ち上げる。

「おお、ちゃんと〈Ymo〉に対応して、重さを感じる!」

「うわわ……! って、え? ボ、ボクが、かわいい!? あ、あり得ないのです! 人間には鼻くそ並みに嫌われる容姿をしているはずなのです! ブロブフィッシュかボクか、と言われているボクなのです!」

 なぜ世界で一番醜いとされる生き物、深海魚のブロブフィッシュを引き合いに? さすがにそこまでじゃないよ?

「目が腐っているに違いないのですー!」

 自虐が過ぎて、リリカを罵倒してない?

 見かねたカナタが一歩前に出て、リリカに抱きしめられているユングの頭を撫でる。

「ユング。そろそろ、この状況について、説明してもらっていいかな?」

「そ、そうなのです! 説明しなきゃなのです! あ、あの、皆さんは、知らず知らずに〈パノプティコン〉にやってきてしまった、そういう感じなのです?」

 頷く。

「なら、まずは〈パノプティコン〉について、詳しい説明をするのです」

「ユング」

 マリーがユングの耳をつまむ。

「ああ、そうですね。マリーは一旦、ここを離れないとです」

 マリーは頷くと、自分が倒した男を見下ろす。

「命に別状はないけれど、一応救急車を呼んでくれる?」

 そういえば、この男は街中に倒れていることになるのか。そういえば、モザイクが掛かっているので確証はないが、遠目から様子を窺っている人が増えている気がする。体面上もほっとくわけにはいかないだろう。

 ユングがリリカの腕から抜け出し、マリーの肩に乗る。

「みんな」

 マリーは背を向ける。

「さようなら」


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