仕事

「え? ああ、大丈夫よ、死んでないわ。ちょっと眠ってもらっただけ。やあね、殺したりしないってば。

「大体、私たちの『力』は、生きてるみたいな死人を殺すためのものよ。いくら死んでるみたいな顔しても、生きてる人間は殺せないわ。そういう風に出来てるのよ。

「ま、それでも魂の力に干渉することは出来るから、さっきのはその応用ね。多分、夜明け過ぎるまでは目を覚まさないと思う。


「え? 不二子も同じことができるか、って……ええっと、不二子? あ、分かった分かった。睨まないで。ええっと、そうね。得意不得意の問題でね。私は直接手で触れてお仕事する派なんだけど、不二子は道具ナイフを使う派で……。派閥っていうか、まあ……。

「睨まないでってば。まあまあ、今は私たちのことはいいじゃない。

「言ったでしょ、君に聞きたいことがあるって。


「まあ、その前に簡単に事情を説明しましょう。んー。どこから話したものかしら。

「そうね。私、ホントは二つ隣のエリアの管轄なのよ。昔はこの辺担当したこともあったんだけどね。で、ここ最近こっちのシマ……エリアでね、妙な人間が増えてるのよ。

「なんて言ったらいいのかしら。感情が希薄……っていうのかしらね。もちろん生きてはいるし、普通に生活もしてるんだけど、いまいち感情の振幅が感じられないのね。

「子供の泣き声は嘘くさいし、母親の子守歌は適当で、父親のお説教もどこかおざなり。

「弱いのよ、魂の力が。

「最初はそんな時もあるか、なんて思ってたのだけど、ここ数日カモ……お仕事相手が見るからに減ってきちゃってさ。これはおかしいぞ、と。流石に思い始めたわけ。


「ま、当たり前よね。死に際の魂の力が強すぎて自然に分解されなかった塊をシバ……ほぐしてあげるのが私たちの仕事だもの。あんなに魂の力が弱った人たちから、そんなもの生まれるわけないわ。

「んん? なあに、不二子?

「や、やあね。やめてよ。彼が怖がってるじゃない。あ、大丈夫よ、佳祐くん。別に私、元ヤンとかじゃないか……現役って意味でもなくて!


「んんっ。話を戻します。

「それで、本部の人たちにも聞いてみたんだけど、特にどこかで地脈に異変があったとか、大規模な霊障があるとか、そういう変事はないみたいなのね。

「私の気のせいって片付けちゃえばそれまでなんだけど、念のため他の子たちにも聞いてみたの。そしたら、ちらほらいたのよね、『あぁ、言われてみれば確かに~』って感じの子が。

「それで、一応不二子にも話聞いておこうと思ったんだけど――

「『一応って何よ』ってそっちこそ何よ。普段私たちがおしゃべりしてたって全然入ってきてくれないくせに。今日だって始業ギリギリに来てドタバタ準備してるから声掛けるタイミングなかったのよ。


「はいはい。今度一緒にお茶しましょ。仕事疲れに丁度いいハーブ、この前買っちゃって……って違う! 違法でも脱法でもないやつ! あなたのその私に対するイメージはなんなの!?

「あの、ホント誤解しないでね佳祐くん。この子が勝手に言ってるだけだから。私、趣味は占いとホットヨガだから」


「はあ。いい加減話進めさせてよ……。ちょうど不二子のエリアは近くだったから、今日のノルマ終わらしたら直接様子見に行こうと思ってたの。そしたら、まあ、いるわいるわ。

「君も見たでしょ。そう、そこに転がってるやつみたいな連中よ。

「『虚ろな顔』? ……なるほど。こうなるともう目に見えて異常が分かるものね。ええ。私のエリアにいた人間たちより、状態が酷いわ。殆ど虫みたいな量の魂しか感じられない。

「え? 虫にも魂は……って、そりゃあるわよ。末那識までは大概の生き物は持ってるわ。あああ、そんな話しても分からないわね。


「あ、でも、虫の譬えの方が分かりやすいかしら。なんていうか、最低限の自己防衛・生存本能を残した自我が失われてる……って感じかな。けど、人間の体の構造上、意識の働く個所、つまり思考する機能は生きてる。それで、それを司る魂の力の代わりに外部から入力インプットされた命令に従わされてる、みたいな。

「催眠術の一種……なのかしらね。よく知らないけど。

「その命令が何なのか、誰が何のためにそんな木偶人形を量産してるのか。私はそれを調べようと思ったの。


「え? 何でって、そりゃ気になるでしょ。魂の力に干渉する事件よ? 、なんならもっと上の管轄に報告しなきゃいけな……どうしたの、佳祐くん。そんな熱心に不二子のほう見つめちゃって。

「不二子? あなたは何で必死に目を逸らしてるの?


 ……。

 …………。

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