金色
まず目についたのは、金色だった。
蜂蜜のようにとろりとした色の金髪が夜闇の中の僅かな明かりを含んで光り、緩く波打ち、揺れている。
暗がりに溶け入りそうな紫色のジャージを着て、俺を見下ろす女。
日本人離れした高い鼻と、アーモンド形の大きな目。
前を半分ほど開けたジャージの下には、大きく盛り上がった、飾り気のない無地の白シャツ。
「……な……あ」
それは、先程大路に飛び出した際に出くわした、いくつかの人影のうちの一つだった。
まずい。
追いつかれた。
咄嗟のことに身が竦んだ俺は、それでも必死で足を動かし(しばらくしゃがみ込んでいたせいで上手く血が回らない)、女から遠ざかろうとする。
それを見て、女は慌てたように両手を振った。
「あ。あ。待って待って。違う違う。君、連中に追いかけられてた子でしょ。私は違うから」
「……え?」
思わず呆けた声を出した俺に、女は眉根を下げて、困ったような笑みを浮かべた。
笑み。
そうだ、この女には表情がある。
「や。あの……え?」
何が起きているのか把握できず、譫言のような声しか出せない俺に、女は優しく微笑んだ。
少し厚めの唇が、艶っぽく輝く。
「お願いだから逃げないで。話を聞かせてほしいの」
「話?」
「そ。ついでに――」
そこで女は、尻餅をついた状態の俺から視線を外すと、首を傾け、何もない場所へと流し目をくれた。
その、視線の先は、本来ならば何も見えない。
それでも、確かに女はその場所に過たず視線を向け、そして、そこにいるはずのない存在もまた、明確に視線を返した。
「――あんたにもね、不二子」
「……なんであんたがここに居るのよ」
え、知り合い?
すっかり固まったまま動けなくなった俺をよそに、片やフリルたっぷりのワンピースに身を包んだ暗黒そのものの顔を持つ女と、片やファッション性皆無の芋ジャージを纏った金髪の美女は、お互いにつかつかと歩を進め正面から向かい合った。
口火を切ったのは、暗黒女――不二子である。
「あんたね。ここ私の
「あのねぇ。あんたのあるんだかないんだか分かんない成績を、何で今更私が横取りしなきゃなんないのよ」
「はあ!? あるわよ、あるんだかないんだか分かんなくないわよ! 今日だってもうノルマクリアしてんだからね!」
「今日の日割りのノルマクリアしたところで満足してどうすんのよ。あんた今月の進捗相当ヤバいでしょ?」
「うるさい! 三週間ぶりに日割りクリアしたんだから! ちょっとは気ぃ抜いたっていいじゃない!」
……どこの社畜だよ。
俺が先程までとは別の意味で動けなくなっていると、キーキーわめく不二子を適当にあしらっていた金髪の女が、もう一度こちらに視線を向けてきた。
「ああ~。ごめんね、ほったらかしちゃって」
「いや、あの……」
「君、名前は?」
「あぁ。俺は――」
「佳祐! そんな女に名乗る必要ないからね!」
「なるほど、佳祐くんね。ヨ・ロ・シ・ク」
「はあ……」
後ろで呪怨の視線を放ち続ける不二子をさらりと無視して、ジャージ姿の金髪美女は見事なウインクを一つ決めた。
「ああ、私の自己紹介がまだだったわね。私は貞子よ。あの子の同僚」
「え?」
その名乗りに、俺は思わずきょとんとした目を向けてしまった。
同僚? ということは、この女も死神(的な何か?)なのだろうか。
とてもそうは見えな……いや、モデルケースが不二子一人じゃ当てにならないな。
というか、今、名前何て言った?
「ん? 聞こえなかった? だから、サダコよ。貞淑な人妻の“貞”に、
やっぱり、聞き間違いじゃなかったか。
俺は、ついつい目の前のグラマラスな金髪美女――貞子と、その後ろで重たい黒髪を垂れ下げる枯れ枝のような女――不二子を比べ観てしまう。
いや、……その。なんていうか……。
「なま――」
「「名前交換したらとか言ったら殺すわよ?」」
……だから怖いって。
平素よりも一層暗い炎を宿した闇色の瞳と、にこやかな笑みを浮かべたまま眼だけでこちらを凍り付かせようかという視線を放つヘーゼルカラーの瞳が、同時に俺を射すくめた。
先程までの諍いが嘘のように異口同音を発した二人の女の片割れ――今や口元だけで笑みを形作る金髪の美女に、俺は恐る恐る問いを発した。
「え、ええっと、あんたは――」
「貞子よ」
「貞子、さんは、ええっと。そいつの、同僚? ってことは、やっぱり、死神、的な?」
「死神? なにそれ」
「え?」
「え?」
咄嗟に不二子の方に視線を遣った俺が見たものは、高速で視線を逸らした黒髪の暗黒女の横顔だった。
……まあ、そんなことだろうとは思ったけども!
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