仕組

 あなたは、生まれ変わりというものを信じるだろうか。

 あるいは、前世というものの存在を?


 今でこそWEB小説界隈では知らぬもののない転生という言葉も、元を正せば仏教の価値観の一つであり、あるいはその概念自体は仏教固有のものでもなく、宗教や民族を超えた死生観の一つであるらしいのだが、先の問いに対し、自らを死神的な何かと名乗った少女――不二子の答えは、こうである。


「まあ、なんていうか、……そうね。あるといえばあるし、ないといえばない、みたいな?」


 なんでも、魂というものは一種のエネルギーであって、本来そこに個だの善悪だのという概念はないのだという。

 そのエネルギーはこの世界に普く充満していて、殆どは不活性の状態にあるのだが、一つの生物が生まれると、その中の一部(本当に極々一部)が活性化し、魂となる。そしてその生物の一生の中で強くなったり弱くなったりしながら、その死と共に再び総体へと還元されていく。

 これは循環というよりも巨大な力の表面に現れる波のようなもので、この世界にどれだけの数の生物が存在していようと、総体としてのエネルギーの分量に変化はない。


「つまりね、エンドロール増大の法則なんてものはないのよ」


 例えば俺の魂だって元はと言えばその総体から分有されているものなのだから、俺が生まれる前に死んだ誰かの魂の力が、俺の魂の中には確実に混じっている。

 それを前世の自分というのならばそういう言い方も出来るし、ただ、その以前に存在した人間の魂を構成するエネルギー全てが別の人間の魂に宿ることなどあり得ないわけなので、前世の自分など存在しないという言い方も間違いではないと、そういうことであるらしい。


「そうそう。そんな感じ。大体あってるわ、うん」


 ただ、生物が死んだ際の魂の状態によっては、それは総体に還元されることなく、生前の姿形を保ったまま現世うつしよに留まり続けることがあるのだという。

 それが所謂幽霊と呼ばれる存在であり、不二子の仕事はその固着した魂のエネルギーを分解し、総体に還すことなのだそうだ。


 その、冗談みたいな大振りのナイフを使って。


「ね、ね? それって死神でしょ。そうよね?」


 いつの間に取り出したのか知れないその凶器を掲げ、何か期待したような目で言う不二子を見て、俺は確信した。

 間違いない。

 こいつが言ってる『死神』は、あの有名なオサレ漫画のそれのことだ。


 けど、実際あの作品内で死神がその仕事してるシーン殆どないんだよな……。

 この女、ひょっとすると初期の頃しか読んでないのかもしれない。


 ちなみに、ここに至るまでの不二子の説明は、恐ろしく難解で分かりづらかった。

 自分の感覚だけで言葉を選び、同じ説明を二度三度繰り返し、かと思うと全く関係ない話に脱線していき、こちらを混乱させてくる。

 何だよ、エンドロール増大の法則って(どうやらエントロピーと言いたかったらしい)。

 俺は必死に頭を回転させて慎重に質問を重ね、ようやくここまでの理解を得ることができたのである。


「……じゃあ、あんたは結局何なんだよ。人間、じゃないんだよな? それに、幽霊でもない……」

 こいつは、先程俺に「私が見えているのか」と問うた。

 それはつまり、本来なら彼女は人間に視認されるような存在ではないということになる。しかし、今現在も俺はこいつの姿が見えているし、こいつ自身、この世界に物理的な影響力を持っている。麦茶も飲んでるし(カーペットにグラスを直接置いているのがさっきから気になってしょうがない)。


「だから、死神だってば。ほらほら」

「的なあれじゃなかったっけ?」

 話してるウチに興が乗って来てるな……。

 ナイフを振り回すな。


 ことん。


「あ」

「あ」


 不二子が振り回す腕の肘がひっかかり、飲みかけのグラスが倒れた。

 一瞬止まった時間の中で、麦茶が零れて広がっていく。


「おいぃ!」

「あ、ごめ……ええっと、拭くもの拭くもの」

「座布団使おうとすんな! あああ染みる染みる染みる」


 なんなんだよ、もう。

 俺は不二子の細い体を押しのけ、ティッシュの束に零れた麦茶を吸わせながら、うんざりした声で改めて問いかけた。


「だからさ、あんたには物理的な体があるわけなんだろ? どうやって俺の部屋に入ったんだ?」

 俺に押しのけられたことで不貞腐れたようにそっぽを向いていた不二子が、それに答えて曰く。

「そんなの、通り抜けたに決まってるじゃない」

「通り抜けた?」

「うん」


 そう言って、不二子は立ち上がった。……いや、宙に浮かび上がった。

 ワンピースの裾がゆらゆらと揺れる。


「ええ?」

 思わず素っ頓狂な声を上げた俺を尻目に、不二子の体が宙を泳ぎ、部屋の壁にめりこんで、いや、すり抜けていく。

 そのままその姿が、完全に見えなった。


「えええ……」


 俺が口を半開きにして呆然と彼女の消えた壁を見つめていると、全然別の場所から再びその真っ黒い髪が現れた。

 

「え。……え? なに、どうなってんの、それ??」

 その超常的な現象に、背筋が冷える。

「どうって言われても……」

 慄く俺に対し、逆になんでそんなことを聞くのか分からないというような顔で、不二子は俺の対面に座り直した。まさか今のパフォーマンスで説明を終わらせるつもりか、こいつ?


「だって。さっきまで普通に座布団使ったりコップ持ったりしてたじゃん。ていうか、麦茶飲んでたし……」

「それは、何ていうか……………そうね。気の持ちようよ」

「気の持ちよう!?」


 ……いや、そんな言葉で片付けられても。

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