自己

 ここで一つ、自己紹介をしておこうと思う。


 俺は、名前を蘆屋佳祐あしやけいすけという。


 高校三年生。

 体型は中肉中背。

 学業の成績は中の下。

 運動神経は上の下。

 部活動、委員会、共に無所属。

 好物はアップルパイ。

 苦手なものはカラオケ。

 趣味・特技、なし。


 住まいは木造アパートの二階。

 六畳一間の1DK。

 同居人はいない。


 高校生の身空で一人暮らしなどというと、何かと大変だろうとか、気楽で羨ましいとか色々と言われるものだけれど、俺にとっては必要があるからそうしているだけのこと。生活における不便も利便も、特に意識したことはなかった。


 学校での交遊関係はあまり広くない。

 狭く浅くをモットーに。

 なので、この六畳一間に友人を招いたことは一度もないし、当然同年代の女子を上げたことなどもない。


「な、何よ。あんた、わた、私が見えてるの……?」


 そう。

 ましてやこの部屋で、尻餅をつき涙目でこちらを睨み付けてくる少女と向かい合った経験など、あるはずもない。


 その少女は、あの幽霊男が消え去った時に一瞬間だけ見えた彼女に間違いなかった。

 黒目がちの大きな瞳と、濃い隈。

 病的な白い肌。

 フリルのたっぷりとあしらわれたノースリーブのワンピースと、そこから伸びる棒切れのような手足。


 どうやら消え失せたと思ったのは、単に光源がなくなり見えなくなっただけだったらしい。

 当然だ。人一人が電灯みたいに消えたりするわけがない。


 しかし、そうなると、それはそれで別の疑問が現れる。

 こいつはどうやってこの部屋に入った?

 俺は玄関の鍵は部屋に入った時に閉めるようにしているし、寝る前には窓の鍵も閉めている。

 では一体、どうやって?

 いや、そもそもいつから?


「な、何なのよ。何とか、い、言いなさいよ」


 少女はすっかり怯えきった様子で、尻餅をついたまま足を交互に動かして後退り、壁に背をつけている。

 ワンピース姿でそんなことをするものだから太股がその付け根近くまでかなり大胆に露出しているが、骨のように白くか細いそれからは欠片の色気も感じられない。


 しかし、放心していた俺はその挙動で我に帰った。

 からからに渇いた喉で、それでも無理矢理粘っこい唾を飲み下す。


「お、お前は何だ?」


 何とか絞り出したその声に、少女の肩がびくりと跳ねた。


「や、やっぱり、見えてるのね……?」


 少女の声は震えている。

 血の気の失せた唇に手をあて、目を真ん丸に見開いて俺を見上げている。

 俺にはそれが、はっきりと見える。

 見えている。

 それがなんだ?

 何でそんなことを聞いてくる?


 その時、俺の脳裏に、氷のように冷たい発想アイディアが浮かび上がった。

 『自分が見えているのか』

 どうして態々わざわざそんなことを聞く?

 違う。

 そうじゃない。


 本当は見えていることの方が、おかしいのだとしたら?


 この少女は、俺が見てはいけないものなのだとしたら?


 あの異常事態が、未だ終わっていないのだとしたら?


「だ、だったら…………」


 少女の声の調子トーンが、下がった。

 眉根が寄り、顎が引ける。

 口元にあてられていた右手が腰の後ろへ。


 まずい。

 俺は漸く気付いた。

 目の前の少女の姿。

 それは先程、蒼白い光の中に見えたものと、全く同じではなかったのだ。

 彼女の手には、幽霊男の胸を刺し貫いた大振りのナイフが握られていたはず。


 ならば、それは。


 今。


 腰元に回された彼女の右手に――。


「だったら…………早く何か着なさいよ、変態!!!」


 彼女の右手に握られた俺の部屋のテレビのリモコンが、上半身裸で下はトランクス一枚の、俺の顔面に投げつけられた。


 鈍い衝撃が鼻の奥に弾け、視界が赤く染まった。


 ……いや、それは理不尽じゃね?

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