第一部 出会い、そして西へ《二》
「こちらがお部屋の鍵になります。どうぞごゆっくり」
そう言って渡される、二つの鍵。そして
「
わざわざ部屋まで大神を案内する仲居の女の子。大神と旅をするようになってからの恒例だ。それまでは、一階で部屋の説明もそこそこに鍵を渡されたものだ。それが、ごくごくありふれた、一般的な宿屋の対応だ。
「
と呟く、武人の様な大柄の男。
「仕方がありません、相手は大神様なのですから」
そう言ったのは、
「オレは、どこでもいいぞ」
ニコニコとして言う少年。どの宿屋でも、一番いい部屋は必ず大神に割り当てられる。大神と言うだけで、人間よりもはるかに対応がいいのだ。そして自分達がそのおこぼれの部屋となる。いつものことだ。
「じゃんけん、それともくじ引き」
「今日はくじ引きでいく」
少年の言葉に、玄奘はあらかじめ作っておいたくじを差し出した。宿屋では必ず行われる、部屋割りの恒例行事である。
「まぁ、一杯飲みな」
食堂の一角で、
「いただきます」
玄奘は酒を受けると一気に飲みほす。目の前には、丁香が頼んださまざまな料理が用意されている。
「何年ぶりかねぇ。玄奘が、
「七年になります」
丁香が泊まるのは向かいの宿屋だが、久しぶりの玄奘との再会に、丁香だけはこちらの食堂に来て食事をしていた。
「そうかい、もうそんなになるのかい。遠慮しないで食べな。
「はい」
「緑松が喜ぶだろうさ。あたし達にとっちゃもう七年だからね。
丁香の言葉に、玄奘は思わず箸を持つ手を握りしめた。丁香は、握りしめられた玄奘の右手の上に、己の右手をそっと重ねた。
「お前のせいじゃない」
「ですが、関係のない
「お前だけが三蔵じゃない、気にするんじゃないよ。この七年、いや
玄奘は丁香の話を聞きながら、その唇を噛み締めた。三蔵を捜しだすために、自分を捜しだすためだけに、沢山の何の関係もない人々の血が流れたのだ。
「私はもう、三蔵であることを隠すつもりはありません」
玄奘のその言葉に、丁香は“やはり”と思った。だが、玄奘の
「
丁香の見つめる先には三人の男。
一人は十四歳くらいの男の子だ。琥珀色の髪を八
また両耳に着けられた
「あれは
玄奘の言葉に、丁香は驚きの表情を見せ
「そうか。それはまた、凄い奴を仲間にしたね」
と、呆れ顔で呟いた。玄奘が仲間と認めた者が、まさか人ではないとは……。
もう一人は、玄奘一行の中では一番の大柄な男。年の頃は、玄奘より少し上と言うところか。髪は
衣は武人のもので
「そっちは
「玄奘……、大丈夫なのかい」
またもや人ではない仲間の存在に、心配げな表情を見せる丁香に、“はい”と玄奘は頷く。
そしてその次の男をみれば、双眸は
だが、変わっている所が一つ。左手中指に
「
「お前、本当に大丈夫なのかい。あたしは心配だよ」
「大丈夫です、黄道士」
本当か、と丁香は思う。何故なら、残る面子が今聞いた男達よりも更に問題がありそうなのだ。
********
ここからは、聞きなれない言葉の説明です。
深衣→上下一体の一重の着物
朱子深衣→ここでは深衣と頭巾
翡翠観→玄奘が世話になった道観
緑松→壽慶から玄奘を預かった道士
道廟→祖先の霊を祀る場
壽慶→玄奘の師匠、三蔵
八髻→髪を八つに分けて束ねる
襦袴→襦・襟元で合わせて帯を締める丈の短い一重の着物 袴・丈の短かめのズボン 。袴の字は本当は“ころもへん”に庫と言う字ですがスマホでは出ませんでした
鶸萌黄色→鶸色と萌黄色の中間色で黄みの強い黄緑色
躑躅色→赤いツツジの花の様な鮮やかな赤紫色
藍白色→ごく薄い藍染の色で淡い水色
消炭色→消し炭の様な橙みの暗い灰色
一髻→髪を頭頂部で一つに束ね紐で結ぶ
緇撮→頭の上で髷を結い頭巾で包み余った布は後頭部に垂らす
金春色→明るい緑みの鮮やかな青色
納戸色→藍染めの一つで緑色を帯びた深い青色
鉛白色→固有の白色顔料の色
承和色→菊の花の色の様な少しくすんだ黄色
次回投稿目標は5月1日か2日です。
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