いつかのあの日《五》
あれから二十日の時が過ぎ、赤紅で穢れた地は数日を掛けて浄化され、
そして今日、あの事件以降初の
通常、上界・下界を問わず、戦いに
「ナタが目覚めるまでは、我が一族のすべてをかけて戦わせていただく」
「それで、本当に護りきれるのか」
と声を上げ、一人の青年が入ってきた。
「何故お前が」
そう声に出したのは誰だったか。
“此処はお前ごときが足を踏み入れてよい場所ではない。身の程をわきまえろ。”と、今までなら言われただろうか。
だが、誰もがその口をつぐんだ。何故なら、現れたその男の
猩々緋色は
萌黄色に、
しかもそれだけではなく、沙麼蘿公女亡き後であるにも関わらず、皇の右の手首には彼女と同じような
いずれも、沙麼蘿公女の力の暴発を防ぐために、皇に貸し与えられていたに過ぎない。なのになぜ、沙麼蘿亡き後も皇が
それは、阿修羅王が自らの意思で
皇は
「私の
と言った。そして
「ナタが目覚めるまで、いや、目覚めた後も、この道界の護りの
と、托塔天を見据えた。托塔天は、はっ、とだけ答え
「御許しいただけようか、伯父上」
あえて、皇は
おぞましい……と、鶯光帝は思う。この道界でもっとも美しく高貴な色と
「許す。好きにするがいい」
仏界の二神を盾にするか、と言いたいところではあるが、鶯光帝は玉座から立ち上がると
「以後、警戒は上げたまま、下界の討伐は托塔天に任せる。よいな」
と皆を
「只今戻りました」
道界から仏界に戻った
「どうでしたか、あちらは」
道界での
「アレの遺骸は持ち帰って参りました。ナタはまだ目覚める気配はございませんが、皇がおりますゆえ大丈夫かと」
「皇が」
何故皇が出てくるのかと
「阿修羅は、アレの制御の為に皇に与えていた二つの宝具に関しては、自分に返す必要はない、と」
と、語った。
「そうか、宝具二つを」
呟く釈迦如来を前に、それに、と
「愛染も、皇のために衣を仕立てて渡したとか。阿修羅の宝具に愛染の衣、皇は一夜にして確固たる地位を得たことでしょう」
「貴方の与えた大神もいますからね」
話を聞いていた
「
そう、皇に渡した訳ではなく、鶯光帝に友好の印として送ったものが、二頭共聖宮と皇の元に行き着いたと言うだけのことなのだ。
「
阿弥陀如来の言葉に
「私の
と、
「愛染が、自分の持つ地に置くと。既に、埋葬も終えているかと」
と言った。そう、沙麼蘿の遺骸を持ち帰る途中、仏界に入った途端何処からともなく現れた愛染の眷属達は、何がと言う決定的な言葉があったわけではないが、沙麼蘿の遺骸を持って行ってしまったのだ。
「それは……」
と、誰かが言った時
「仕方がないでしょう。一族の中でただ一人、見ることも触れることすらできなかった子です。自らの
と、
「そうですね。これから先下界で起こる厄災を考えれば、こちらにアレの遺骸があるだけでよいでしょう」
釈迦如来の言葉に、皆は頷きあった。
そして、仏界にて浄化を終えた桜の泪は、信頼のおける下界の寺院へと下げ渡された。
これが、下界にて様々な争いを起こすことになる “天上の桜” の始まりである。
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ここからは、聞きなれない言葉の説明です。
耳飾→ここではイヤーカフ
毅然→意志が強くしっかりしていて物事に動じないさま
安寧→無事でやすらかなこと
一瞥→ちらっと見ること
訝しむ→物事が不明であることを怪しく思うさま
極楽浄土→一切の煩悩やけがれのない世界
瑠璃光浄土→瑠璃の大地、建物や用具は七宝造りの世界
序章は今回で終了です。次回からやっと本編に。これからはわかりやすくルビも
序章→耳飾→じしょく
本編→耳飾→イヤーカフ
にしようかと思います。
次回の投稿は19日を目標にしたいと思います。
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