いつかのあの日《四》
「
「お連れにならないで下さい」
皇は、沙麼蘿を抱き締める
「皇、ソレは
だが、そんな言葉一つで、皇には諦められるものではなかった。
「皇」
「私から、奪われるか」
今まで、捨て置かれたくせに。皇は、観世音菩薩を見た。
「皇、
観世音菩薩は後ろに控えていた
「そんな暗いものの中に入れられるのか」
理不尽な、と言うように皇は呟いた。 鈍色は、
「お待ちを……!」
思わず皇は声を上げ、観世音菩薩を見上げた。そして、沙麼蘿の遺骸を取り上げようとしていた童子達を制する。皇は、自らの右手人差し指につけていた母の形見の
「私と母上が一緒だ、これで寂しくはないだろう」
まるで言い聞かせるように呟くと、乱れていた沙麼蘿の髪を優しく整え、皇は自らの手で鈍色の布の上へと沙麼蘿の身体を置いた。童子達の手ではなく、皇は自分の手で布をその身体に巻き付ける。
「
観世音菩薩はそう言うと、童子達に沙麼蘿の遺骸を運ばせ、仏界へと戻って行った。そして、それを遠巻きに見ていた
離れは静寂に包まれ、自分以外の誰も、この世界に存在しないようではないか。と、皇はまた
「
皇と共に
「皇様」
少しの間をおいて、
「花薔」
「今、お開け致します」
鍵を
「あぁ……、なんとお痛わしい」
皇の姿を見た花薔は、大粒の泪をこぼした。二頭の大神達も、悲しそうに頭を下げる。
「戻りましょう蒼宮へ。そして、皆で御嬢様の弔いを致しましょう」
泪にくれる花薔と共に、離れとは対照的にざわめく紫微宮をぬけ、皇達は蒼宮への道を急いだ。
「ナタ」
あの時、自分がその場へ駆けつけたとき、辺りには何かの
「ナタ……!!」
その二人の更に奥に、うつ伏せ状態で倒れるナタを。托塔天は急ぎ駆け寄り抱き上げる。
「ナタ! あぁ……ナタよ!!」
抱き上げたナタもまた、その
配下の者に手伝わせ、急ぎ連れ帰ったナタの手当てには、多くの時間を要した。今は落ち着いているように見えなくはないが、その命はもはや風前の
「托塔天、観世音菩薩がお越しになりました」
突然、屋敷の者からかけられた声に
「通せ」
とだけ、托塔天は答えた。案内された観世音菩薩は、後ろに二人の童子を従えて入ってきた。
「ナタの具合はいかがですか」
心配げな観世音菩薩の声に、托塔天はぐっと声を詰まらせ
「何とも申せません」
と答えた。観世音菩薩は眠るナタの顔を見つめると
「これをナタに」
と言い、控える童子に目配せした。童子の一人が、手に持つ
「それは、
童子が差し出したそれは、一つの桃。平たくつぶれた形をしているが、色合いが明らかに普通の桃とは違う。全体は純白の雪のように白い、だが一部に牡丹の花が咲いたように紫がかった濃い紅色がある。
道界と仏界の間にある、長く折れ曲がった
「これは千五百年に一度熟する蟠桃果です。失くした左の腕を元に戻すことはできないが、食べるなり飲むなりすれば、きっとナタは元気になるでしょう」
観世音菩薩の言葉に、托塔天は
上界にとって千五百年はわずかなものだが、それでも息子二人を既に亡くしている托塔天にとっては、とてもありがたかった。これでナタは助かる、そう思っていたとき
「またこちらは、
と、もう一人の童子に目配せし、その手に持っていた荷を差し出させた。
「なんと、釈迦如来が
托塔天は、
「ありがたい」
そう呟いた托塔天に
「ナタは、この上界を救ったのです。ナタの力こそが、あの魔を滅する力となったのです」
と観世音菩薩は言うと、もう一度眠るナタの姿を確認した。そして
「ナタが目覚めるまで、持ちこたえられよ」
と言い残し、屋敷を後にした。
「ナタが目覚めるまで、我が一族でいかなる戦いからも
托塔天は、一人決意をあらたにするのだった。
********
ここからは、聞きなれない言葉の説明です。
自嘲→自分で自分をあざけること
童子→子供のこと、仏・菩薩・明王などの眷属。ここでは眷属
鈍色→暗い灰色
凶事→縁起の悪い出来事、不吉なこと
感泣→深く感じて泣くこと
蓮華より作られた防具→一説にはナタは、釈迦如来が蓮の葉や根で肉体を造って蘇生させたと言われていますので、そこからナタではなく防具を作ったことにしました
感涙→感激・感動のあまり流す涙
次回、15日くらいには投稿したいです。
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