いつかのあの日《二》
現れた神剣を握りしめ、
一瞬、沙麼蘿の
足を進めた先には、幾つもの
闇の奥深くに、
血濡れた
この足元に広がる三人の赤紅の海は、まさに
『ナタ……』
少し離れた、奥に倒れるナタの右手の指先が、微かに動いた気がした。
「ナタ―――!!」
その名を声に出したとたん、鋭く尖った漆黒の太い竹槍のような物が、幾多となく核から現れ、えもいわれぬ速さで押し寄せてきた。沙麼蘿は自らの剣を使い、舞うようにしてそれらを次々と
「ナタ!!」
先に進むことができない程の攻撃。
ナタが右手で己の剣を握りしめ、その剣を地面に突き立てた。そして、上半身を起こし片膝をついて、
核の攻撃は、音のした方へ向けられる。それは、足音でも声でもいい。鬼神の血をひく沙麼蘿の足音はほぼないが、自らが舞い踊るように動き回ることで、ナタへの攻撃を防ぐ。
そんな中、沙麼蘿とナタの双眸が重なり合った。見つめたナタの
それを見た沙麼蘿は口角を上げ、漆黒に包まれた天を見上げた。
そして、ふっとナタを見て
それを見たナタは、驚いたように双眸を見開く。
『駄目だ』
と、その唇が動いた。
「来い、
沙麼蘿の声に応えるように、氷の粒子が剣の真上に集まり始める。氷龍が現れるまでは僅の間しかない。
だが、しかし……。
その一瞬のすべてを氷龍
それでも沙麼蘿は、迷いなく一笑して氷龍を呼んだ。まるで、そのすべての結果がわかりきっているかのように。
渦を巻き集まる粒子。そしてそれが龍の形に変化し始めたとき、幾つもの漆黒の太い竹槍が結界を突き破り、沙麼蘿の身体を貫いた。
「ナタ、核を……潰せ!! 核だ、ナタ!!」
沙麼蘿の声が、この漆黒の闇の中に響き渡った。
ナタは、唇をギュッと噛みしめると、自らの役目を感じ取り、重い身体を引きずるようにして核の元へと向かった。
氷龍が、凄まじい鳴き声をあげて出現する。
「食らい尽くせ、氷龍!!」
沙麼蘿の頭上に現れた氷龍は、氷の粒子を撒き散らしながら、漆黒の闇のすべてを氷で覆い尽くしていく。
掲げた右手が震え、その力が弱っていく。
『あと……少し。氷龍が、闇のすべてを氷尽くすまで……。ナタが核を打つ、その時まで……』
氷龍に向けられていた沙麼蘿の氣が、一気に身体中を駆け巡る。
途端、沙麼蘿の身体から大量の赤紅が
生けるものすべての命を奪い、草木さえ生えぬ土地にすると言われた、
鬼神と聖神がまみえた結果生まれた、心を持たず命を奪う血を持った沙麼蘿。赤紅が広がり、力尽きたように沙麼蘿は後方へと崩れ落ちた。流れ出る赤紅が辺り一面を染め上げ、近くにあった天蓬、捲簾、金蝉子の赤紅と混ざりあった。
「沙麼蘿―――!! どうした、何があったというんだ!!」
赤紅の海の中、その人は迷うことなく足を進めた。そして沙麼蘿の側まで走り寄ると、自らの
「すめ……ら……ぎ……」
赤紅に染まった震える右手をあげ、沙麼蘿は皇の頰にそっと触れた。
すべての命を奪うと言われたこの血に触れても、
「皇……、生きて……幸せに……なって……。この……、世界……で……」
沙麼蘿の手が、力なく落ちそうになる。
「いくな!! 頼む…、沙麼蘿!!」
皇の、見開かれた双眸から溢れでた大粒の
その時、
闇が消え去って見えたのは、美しい
『あぁ……、おね…がい……。どう……か、皇を……まも…って……。天……上の……さく……ら……よ……』
生まれて初めて、沙麼蘿の双眸から、一筋の泪がこぼれ落ちた。そして、桜に伸ばしていたその指先が、石畳の上にポトリと落ちた。
「沙麼蘿!! 沙麼蘿―――!!」
皇の
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ここからは、聞きなれない言葉の説明です。
足末→足の先
灰簾石→タンザナイト
双眸→両方のひとみ
遺骸→なきがら
面→かお・顔面
睛眸→ひとみ
腕→うで
一笑→にっこりする・ちょっと笑う
朦朧→ぼんやりとかすんで、はっきり見えないさま・意識が確かでないさま
氣→気
天華→天上に咲く霊妙な花
象牙色→黄みのうすい灰色
萌黄色→春先に萌え出る若葉のような、さえた黄緑色
長逝→死去すること
頰桁→ほお骨・ほお
咆哮→獣などがたけり叫ぶこと
霧散→霧が晴れるように跡形もなく消える
呼号→大きな声で呼びさけぶ
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