僕の世界は寂滅で
「————ガーゴイル……」
敵対する影に認識はあった。主に空中で生活する低位族の魔物。同じ低位族の魔物であるオークをあれ程の数蹂躙しているのだ、レベルは未知数だろう。それが眼前でオークを貪っている。
「フェオ、どうする?まだ向こうは僕達に気づいてないようだけど……」
「お前ら音立てるなよ。このままあいつが行くまでやり過ごすぞ」
幾ら低位とは言え敵は魔物。さらに言えば空を飛ぶのだ。流石に空中と言うアドバンテージを背負うのは厄介極まりない。そう感じた俺はガーゴイルが去るまでティア達を静粛させた。
俺の背後でエナとティアは必死に息を殺す。
張り詰めた空気の中、先に動いたのはガーゴイルだった。どうやら食事を終えて住処へと帰るらしい。
その様子を木陰から視認し————.
「————ッ!? む、虫です!フェオさん!」
安堵感に包まれかけた途端、ティアがそんなことを叫んだ。その驚嘆が今にも飛び立とうとしているガーゴイルの動きを止める。
「馬鹿かっ! 」
そうティアを罵った時には遅かった。刹那、こちらの存在に気づいたガーゴイルが勢い良く宙を翔け、距離を詰める。
「お前ら下がって————かはッ!」
咄嗟の判断でエナ達を茂みの奥へ突き飛ばした俺は振り抜かれた鋭いガーゴイルの一撃を後頭部に受ける。その威力はさながら弓で射抜かれた様で、当たり所次第では意識を刈り取ることは容易だろう。
「痛ぇよ……! クソっ、お返しだ!」
地面に叩きつけられた俺はガーゴイルの追撃を徐に躱し、空いた脇腹に回し蹴りを放った。
————ガンッ!
響いた鈍重な衝突音。しかし、硬い装甲を思わせるほどの皮膚が衝撃を抑えたらしく、一撃を受けて尚、ガーゴイルは平然としていた。
この状況は芳しくない。身体的速度はこちらが上回っている、そう言っていいだろう。ただ、オークと同様、攻撃の決め手が無い。
そう感じ、考える間を取ろうと後方へと跳躍。ガーゴイルとの距離を離したところで背後から声を掛けられた。
「フェオ、大丈夫?」
そこには辺り多方向に広がる茂みを移動してきたらしきエナがいた。幸い華奢な体は草木が隠していて、ガーゴイルには気づかれていないようだ。ならエナやティアにガーゴイルの集中が行くことは無い。何故か少し安心した。
「俺は大丈夫なんだが、ガーゴイルにダメージを与えることが出来てない。まだやれることはあるが……。————もし俺が呼んだら危険かも知れないが出てきてくれるか? 」
「分かった。ならそれまでは身を潜めておくよ」
そう言い残して、去っていくエナ。それを確認した後、ゆっくりと近づいて来ているガーゴイルに視線を合わせる。
その瞬間、足を踏み入れ低空を駆け————ようと体制に入っているガーゴイルに距離を詰めたのは俺だった。
「
そう唱え、移動の際に左手で土をかき分ける。巻き上がった粉塵はガーゴイルの目元へ着弾。それが一瞬、視界を封じたと、実感した所でその右頬に拳を勢いよく叩き込んだ。
「ギュゴォルルルル!!」
意味の理解し難い言語で呻き声を上げる。打撃は響いたらしい。ただ、それは致命傷へと変わることは無かった。
後方へと仰け反ったガーゴイルは一瞬の間を開けた後、俺への反撃のために踏み込む。そこで俺は少し笑みを浮かべた。
————効いたッ!
先程の打撃。それはガーゴイルへの攻撃の一手ではない。『
「エナに出てきてくれなんて言ったものの、あまり魔術を使わせたくないな……。なら逃げるのが得策か……?」
頭を過ぎり、声に出た一つの方法。確かに目的はダンジョンの攻略。それを思えば、無理にガーゴイルと戦闘をする必要は無い。さらに言えば魔力と言う
「フェオさん!こちらへ!」
そう言い、茂みから顔を出しているティア。幸いまだ動きの遅くなっているガーゴイルは俺を視線で追うのがやっとらしく、距離を離したまま、ティアと合流することが出来た。
「ティア、逃げるぞ。今なら
「いえ、フェオさん。私とエナであのガーゴイルを倒します。ここまで来たのにまた引き返すなどと言っていては埒が明きません。なので————……」
そう言い、ティアはエナと先程考えたらしい作戦を淡々と説明していく。
それはとても理解しやすく————安直だった。
ただ、安直ながらも二人のレベルを鑑みればガーゴイルなど葬り去ることは容易いだろう。レベルが絶対的という世界においてはこの上ない確証だ。
「良いだろう。ただし、勝負は一度きりだ。外すなよ? 」
「ええ。お任せあれ」
俺の質問に余裕綽々とティアは肯定する。その様子を確認した後、俺はガーゴイルの元へと足を進めた。
「ギュゴォルルルル!」
俺を見失っていたのか、キョロキョロと当たりを見回すガーゴイル。その眼前へと自ら身を差し出すかの様に現れた俺を見て、けたたましい咆哮を吐いた。
「うるせーな……。はぁ……、お前ら魔物はただただ叫ぶことしか出来ないのか? 」
対峙したガーゴイルにため息混じりの魂胆を吐く。
言葉が理解出来ないのは勿論知っている。ただ、俺の性分上何故か煽りたくなってしまった。直したい悪い癖だ。
一歩、また一歩と距離を詰める。
攻撃が届き得る範囲まで足を踏み入れた刹那、ガーゴイルは勢いよく俺に鋭い爪を振りかざした。
爪先が俺の肩に触れる————寸前で身を横に逸らし、一撃を避ける。俺の居なくなった空間を切り裂いている隙に右足を踏み込み、ガーゴイルの背後へと回り込む。そして————。
「おい、俺はこっちだ!喰らえッ!」
ガーゴイルに
————そう、俺の一撃はな。
「チェックッ!」
その刹那、眩い一閃が宙を揺蕩うガーゴイルの胸元を射抜いた。ガーゴイルは空中で静止し、落下する。地面へと無残にも叩きつけられ、力なく伸ばした腕がだらりと倒れる。そこで理解した、勝ったのだと。
「やりましたよ!フェオさん!」
「やったね!フェオ!」
二人が声を合わせて駆け寄ってくる。ここまで来ると概ねティア達の作戦は成功したと言っていいだろう。
《「なので……フェオさんはガーゴイルを空中で留めてください。そうすれば私の魔法をエナの魔術で固定し放ちます 」
「なるほどな。隙を作るのは良いが……空中じゃないとダメなのか?」
「私達の狙撃の邪魔にならないよう開けた場所の方が言いので……さらに言えばもしかしたら森を燃やしてしまうかも……えへへ」
「…………」》
そう会話したティアの内容と寸分変わらない順次を取れたと言っても過言ではない。
「まぁ、今回は助かった。二人共ありがとう」
余り慣れない礼を述べ、エナの黒々しく輝く髪を、わしゃわしゃと撫でた。端正な顔を赤面させながらも、甘んじて俺の手を受け入れている。
その子猫のような愛くるしさに、とても深い充足感を味わった。
ふと横を見ると、ティアがエナと同じように、その白銀色の髪を俺に傾けている。その意味を直ぐに理解した俺はティアの頭もわしゃわしゃと撫でた。満足気な表情に包まれるティア。その様子は何処と無く昔に消えた笑顔のような気がして、俺は幸福を備えた既視感とやらに苛むのだった。
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