僕の世界は絢爛で
「さて、お久しぶりですね。エナさん」
ティアが俺たちの挨拶に割って入るように話を変える。自分が輪に入れていない嫉妬心からと言ったところか。してやったり顔の頬は少し赤らめていて俺の予想はあたっているように思えた。
それはさておき、俺はティアの今しがた放った言葉に少し疑問を覚える。
「お前ら……、知り合いだったのか。もしかして服装から察するにエナが例の魔術師……?」
そう。
「そうですよ。彼女は私の古くからの友人で、高名な魔術師です」
「こ、高名なんかじゃ......」
謙遜するようだったが、先程の一件の際にできた人だかり。それを考えれば高名なのも事実だろう。名が知れていなければ、広場であったとてあそこまで人が溢れるわけがない。
「この話を持ち出して来た時から思ってたけど、ティア......お前......友達いたんだな」
「い、いますよ! 友達ぐらい......」
そう言って指を折って友人を数え始めるティア。だが、その時間も長くは続かず、ものの十秒程度で終わってしまっていた。否定していたが、その様子から友人が居ないことは安易に察することが出来る。
まぁ、俺が言えたことではないのだけれども。
と、そんな会話を挟む内に近くだと言うエナの家へとたどり着く。その建物は道路沿いに建ち、風貌はなんとも普通だった。魔術師の家、仕事場と言えばテントだと勘違いをしていた俺が馬鹿らしい。
「僕に用事って何? 」
話を芯に戻すため、エナが口を開いた。
「えっと......。エナさんって回復の魔術使えましたよね」
「回復......。どれ程の治癒を欲しているのかは分からないけど、一応使えるよ」
「私、魔法は少し心得ていますが、魔術に関してはからきしで。エナさん、腕を治す事って出来ますか......?」
「腕を治す?怪我くらいなら
エナは頭に疑問符を浮かべ、ティアの腕を見やる。
その羽二重肌に傷が無いことを確認した後、視線は俺の腕に流れた。と、そこで気づいたのだろう。不器用にも服の袖口を覆うように包帯を巻いた俺の左腕に。
「治すって......フェオの左腕......?」
いつの間にか呼び捨てにされているが、特に思うこともなかったので一々事を入れはしなかった。
「あぁ。対峙したオークに腕を持っていかれてな。治せるか?」
「治せるかと言われても......。錬成するしか他無いからね」
「出来るのか?」
「魔術印を刻む時に使う道具さえあれば......なんとか治せるかな」
「道具、か。無いのか?」
魔術師と言うことはそれに応じて道具を扱って当然だ。なら、用意くらいあってもおかしくない。
「うん、ちょっと特殊だからね。今まで怪我と言っても大きいもので目が見えなくなった、とかだから。流石に無いものを元通りに、なんて初の試みだよ。」
「でも、道具さえあればなんとか......ってすごい自身だな」
大層な魔術師とはいえ、初めての試み。俺の腕を直せるかどうかは確証がない。が、そんな心配を差し置いて治せるとエナは断言した。
「うん。確かに治せる保証はない。でも、僕は魔術師だ。腕を治す事は魔術を検討する上で進捗させる糧にさせなきゃね」
「そうか、なら頼む。俺の腕を治してくれ」
「うん!」
エナの目は"自信"に満ち溢れていた。俺がどれ程否定してきた『信じる』と言う行為をエナは自分に向けている......。ただ、俺はそれを嫌だと思わなかった、否。絢爛だと思ってしまった。だから俺も、
————エナを信じることにした。
「さて、道具でしたね。所望でしたら私達の方で用意致しますが......」
「うん、お願いするよ。その間に僕は準備だけ始めておくから。持ってきて欲しい物は————」
淡々と述べらていく品を、どこからか取り出した紙へ律儀に写していくティア。聞くところ、その品はこの街で全て用意出来るらしく、手に入りにくい珍妙なものではないらしい為、そう時間を有さないはずだ。
「じゃあ、これお金。これだけあれば全部揃えられるはずだよ」
そう言って袋を手渡された。————と、同時にティアが動く。
「いえ、そんな......。受け取れませ————んんっ」
俺は言葉を紡ごうとするティアの口に手を押し当てて静止させた。お金を渡された時に察した、ティアは自分が払うなどと言い出す事を。もちろんそれを俺が止めない道理は無い。
馬鹿なのかこいつは。
「分かった。じゃあ行ってくる。なるべく早く調達するから待っててくれ」
「もー、待ってくださいってば!」
ティアが大きく呼び掛けながら追いかけてくる。が、俺は振り向かない。それこそ、そこで立ち止まってしまえばティアがエナにお金を渡し始めるだろう。
「な、なんで待ってくれないんですか。さっきもエナさんにお金を払ってもらうのは悪いと思い私が......」
息を切らしながらも俺に追いついたティアは、少し頬を膨らませた様子で叱責する。
「向こうは魔術師としての仕事だ。それに対してお金を払うのは当然だろう。でも、道具は俺らが使う物じゃない。それが俺の為に必要とはいえ道具を使うのはエナだ。なら、その道具代を出すのはエナだと俺は思うぞ」
「は、はぁ......」
「第一!お前がエナにお金を渡せば、俺がダンジョン攻略を手伝う報酬金が減るだろうが」
「は、はぁ......」
納得してくれたようで何よりだ。
「さて、行く————」
————————ガチャガチャン!!
俺が行動を開始するため一声入れようとすると、エナの家の通りを挟んだ向かい側、酒場らしき建物で荒々しい破砕音が鳴り響いた。
「おいよぉー。ここのマスターは禄な酒も出せねぇのかよ」
扉を挟んでも聞こえる怒声。不快、そう感じた俺は考えるより先に行動に出ていた。
店の扉を開け、扉に一番近いカウンターに腰掛ける。
奥には二人の破落戸が不味いと罵った酒を仰いでいる。
「マスター。オススメの酒を一杯貰いたいんだが」
「い、いえ.....あ、あの、そあ」
目の前のカウンターに腰掛けて足を組んでいる破落戸に、マスターは怯えた様子だった。そのせいか、俺への返答はやけに片言だ。
「おうおう。兄ちゃんここの酒はやめといた方がいいぞ。そこら辺の雑草でも食ってた方がマシだ。なぁ!」
「あぁ! はっはっはっ」
酔っているのか何も面白みのない談笑に浸っている。
見ていて嫌気が差す。
「なら............」
「あぁん? なんだって?」
「なら、大人しく雑草でも食ってろよ!」
————そう言って破落戸と対峙したフェオは、自分が正義を気取ってると感じてやけに忸怩たる思いをするのであった......。
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