君の世界は凄惨で
ふむ……
見ているだけで惚れ惚れする。人間を出来る限り苦しませず、殺す。その点のみに特化し作られた機械。酷く機能的で、美しい。
鋭く研がれた刃先に、うっすらと紅色の模様が散りばめられている。恐らく、今までに、これで人生を絶たれた者達による血化粧による者だろう。漂ってくる芳しい死臭も大したものだ。確かな歴史をそれに感じる。
「エナッ!!!」
突如、ティアが群衆をかき分け、その中心のギロチンに駆け寄った。鋭利な刃の直下で白い柔首を晒し、力無く項垂れている少女を抱き抱える。すると、ティアの純白のローブに赤い斑模様が広がっていった。
「これは————!! 貴方達! 一体何をしているのですか!!」
怒りで顔を歪め、揺らぐ眼光を光らせつつ、端正な顔を歪めてティアが怒鳴った。群衆が暫したじろぐが、その中の一人が意を決したように叫んだ。
「
人殺し————。
ティアの腕に抱えられ、生臭い鮮血に塗れた少女が人殺し。とてもそんな様には見えないが。
「はっ————?! 」
目に見えて狼狽するティアに対して、続け様に男が叫ぶ。
「そいつが! 俺の娘を殺しやがったんだ!! ナイフで切り刻んでな!! 犯人は俺がこの手で引導を渡してやる!!!」
血走った眼光で男が睨む。その奥には、滲み出る憎悪がありありと見えていた。
ほう……。それで血塗れなのか……。
少女の全身を覆うローブからは、鮮血が一滴、また一滴と滴り落ちている。それにこの漂ってくる死臭。ギロチンに付いている古臭い臭いではない。新鮮。新鮮で実に清々しい臭いだ。十中八九、余程残忍な殺し方で殺したんだろう————。
少女から漂う人の死の臭い。それに鼻孔をくすぐられた時、俺はある部分に気が付いた。
いや、違う。この匂いは、違う。普段、よく嗅いでいた匂いだ。人の臭い、それも死ぬ時の臭いでは無い。
その声にティアが反応し返そうとした時、透き通るような声で少女が口を開いた。
「僕じゃない…………」
「エナ!!」
「なんでこんな事に……。僕じゃないんだ……。」
澱んだ瞳で少女が呟く。ティアが慌ててギロチンの金具を外し、木製の首輪から彼女を助けだした。が、ぐったりと力無くティアに体を預けた。ローブの端から見える綺麗な体に、幾ばくかの痣が見える。取り押さえられる時に、随分と痛めつけられたのだろう。
俺には、どうも彼女の台詞が嘘だとは思えなかった。よく吐かれていたから分かる。嘘を吐く時、あんな表情はしない。
臭いから分かる通り、あの男が言うように少女が殺した、と言う事ではなさそうだ。
頭蓋の中で次々と推理を展開する毎に、忌々しい過去が脳内で顔を見せては消えていく。それらが浮上する度に、俺の心には、言い知れない不快感に襲われた。
「……きな臭いな……。冤罪、か…………」
昔の自分の姿があの少女に被る。すると、途端に虫酸が走った。昔の自分にも、あの少女にもだ。
助けてやる、なんて偽善を吐くつもりは毛頭無い。
可哀想だから、なんて女々しい事を吐くつもりも無い。
ただ、苛立つ。無性に腹が立つ。昔と同じ、そのやり方にだ。おそらく、俺の心を蝕んでいるそれは、ただの八つ当たりなのだろう。それで良い。大層な建前なんて、無くて良い。
「なあ、おい。なんでそいつが殺したって事になってるんだ?」
少女とティアの前に立ち、殺気立つ男を睨みつけそう言った。
「ああ? だってそいつが血塗れだから————」
「それだけか? 碌に調べもせずに決めつけて処刑するのか?」
矢継ぎ早に言葉を浴びせる。すると男がたじろぎ、一歩二歩と後ずさった。
「う、うるさい! どう見てもそいつが怪しいだろ! こんな昼間から不気味な全身紫水晶のローブ! しかも血塗れで現場付近を歩いてたっておまけ付きだ!! 調べる間も無く犯人はあいつなんだよ!!!」
「何故だ? 血を滴らせた凶器でもあいつが持っていたか? 」
「凶器なんて見つかっていない! きっと、あいつが何処かに隠したに決まってる!!」
こう男が言い放った直後、俺は危うく歪んだ笑みを零しそうになってしまった。
例えるなら、仕掛けた網に、狙い通りの獲物がかかった漁師の様に。
「凶器が見つかっていないのに、決めつけてあいつを処刑しようとしていたのか?」
「ああそうだよ!! これ以上邪魔するなら、お前も人殺しの一味として俺がこの場で殺してやる!!」
「じゃあ、何故あんたはナイフだって知ってるんだ?」
こめかみに血管を浮き出させ、今にも俺の喉元に食いつかんばかりに吠え立てていた男の挙動が、この時初めて静止した。赤く熟れていた顔が上から青色に変わっていく。
「俺はな。人に比べて少しばかり鼻が良いんだ。誇れる事ではないんだがな。此処は初めて来た時から死臭が凄かった。あの少女からも臭うし、あのギロチンからも臭う。けどな、一番臭い臭い真新しい死臭が臭ってくるのは…………ここからだッ!!!」
震えて言葉もでない男のジャケットの裏側から、硬い何かを握って掴み出した。男が必死な形相で奪い取ろうとするが、鼻先に軽く殴打を浴びせて牽制した。
「こいつからだ……。一番臭うのは……。一見、綺麗に拭き取っている様に見える。けどな、人の血液ってのは案外しぶといんだ。拭いても拭いても取れやしねえ。だいたいこう言う所に拭きこぼしが————ビンゴ! これだな」
刃渡りが俺の手のひらを覆い隠すほどもあるナイフ。その柄に、点々と赤黒い染みが広がっていた。男の顔色が、遂に限り無く青に染まった。
「さあ、どうするんだ? 言い逃れできるのか? 今度こそちゃんと調べるべきだと思うぞ?」
そう言うと、男がもんどりうって俺に殴りかかってきた。全く、予想通りで笑ってしまう。犯罪者と言うのは、何処まで行っても同じ奴らばかりだ。
難なく右に飛んで躱し、男の振り向きざま、その背中に足刀をお見舞いした。小さく唸って倒れた男を投げ飛ばし、あの少女と全く同じ位置に押し付ける。
「犯人は俺が殺すんだろう?」
涙目で懇願する男を他所に、俺は、男のナイフでギロチンを固定していた麻縄を切り刻んだ————。
♦︎
「びっくりしましたよ!! 本当に殺しちゃうのかと思いました!!」
ティアが未だ興奮冷めやらぬといった様子で語る。
そんな事をする筈が無いだろう。あんな奴と同じ所まで堕ちるなんて、死んだ方がましだ。あの街の自警団に引き渡してきたし、特に問題は無いだろう。
「……あのさ、君、名前はなんて言うの?」
あの少女が、歩く俺の袖を小さく掴んでそう言った。彼女の身長に合わせ、屈んで目線を合わせる。
「俺はな、フェオって言うんだ。よろしく」
「……フェオ。僕はエナって言うんだ。さっきは、ありがとう!」
そう言って微笑むエナを見て、俺は柄にも無く顔を歪めてしまっていた。
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