僕の世界は追憶で
オークを倒してから数時間が経つ頃、俺はティアに服の袖口を掴まれ、半ば強引に活気盛んな街へと足を運んだ。
途中、俺の居宅に寄り、着替えと再度止血等の処置を済ませたりしたが、時間をあまり有さなかったお陰か、まだ日が沈むには時間がありそうだ。
「————で? その魔術師とやらは
俺が問いかけると、俺との会話をまるで待ち望んでいたかのように目を見開き、こちらを振り向くティア。依然、器用に袖口を掴んだままで、その無垢な風貌と仕草はとても愛らしく、俺は目を奪われた。
「あ、説明してませんでしたね。街の中心地で出店を開いていたはずなのでそこを訪れるつもりです。居て下さると良いのですけど......」
曖昧な返答。痛みは薄紙を剥ぐように治まっていきつつあるが、そうは言っても四肢という一環の一つである左腕。その亡失は手痛いものだ。
だが、それ以前に俺は一つの疑念を抱いていた。
「本当に治るのか?」
怪我をした......、そんな生半可なものじゃない。と、激痛を味わった俺には理解出来ていた。塞がる傷も何も肘先が無いのだ......。
倒したオークの腹部へと消えた左腕。それを元通りにしようものなら『魔法』では無くそれは『奇跡』だ。さらに言えば、代償無く『奇跡』を用いるなど、到底人間には不可能な限りだろう。
『
たかが凡庸魔法。それを応用した所で俺の腕が元通りになるとは思えなかった。
「いえ......。確信はありません。ですが、彼女なら......」
そこまで言った後、訳あってかティアは口篭ってしまった。言いたくないこと、伝えるに伝えれないことの一つや二つ、あって当然だろう。そんな様子にティアは例の魔術師が俺の腕を治してくれると、そう『信じている』かのように思えた。
「————理解し難いな......」
人を容易に『信じる』こと。それがどれ程重い負荷になるか俺は知っている......。
トラウマと化した景色。その景色の中に映る一人の少女を、未だ手を引くティアに重ねてしまった俺は、無性に込み上げてくる嘔吐感で気を病みそうだった————。
*
魔法。それは人間が災害、植物、動物————あるいは魔族。それらの種に勝るため、研究し、使用されてきた、言わば人間の兵器。詠唱と魔力の使用で発動できる簡易的なものが無数とある。
それに対して似て非なる魔術。これも同じく、人間の兵器。ただ魔法と違う点が一つ。————魔術は、陣を描いて発動させるため、詠唱を用いないのだ。魔術は魔法より強大。ただ、陣の制作に時間を有するため、そのデメリットを鑑みれば多少なりとも威力が低くても魔法のほうが実用的と言えるだろう。
ここまでが俺が今までに学んできた知識と見解。
しかし、今日のティアの行動は俺————否。人類の常識を覆し、さらには崩壊させた。
呪文の詠唱で魔術と紛うことない陣を形成したのだ。
魔法、魔術。それらを追求し、新たなものを見つけ出そうと紛争する世の中を置き去りにしたティア。
————悍ましい。
俺の中でのティアに芽吹いた感情。そこまでの力を秘めてなお、俺と深い関係になりつつあるティアに少しばかりの恐怖心を抱いてしまった。
「もうそろそろ着きますよ。......フェオさん? 」
俺の動作を取止めるかのように前に立ち、下からのぞき込むかのような体制で話しかけられてようやく気づいた。ティアは無自覚なのだ。自らの力が人の感覚を狂わせることに。
「あ、あぁ......」
「大丈夫ですか? 気分が優れないのであれば宿にでも......」
「いや、大丈夫だ。ちょっと考え事を......な」
「そうですか。何も無いなら良いのですけれど」
心配されてしまった。迷惑をかけまいと徐に返答をしたが、それについては言及されること無く話が終わる————。
そこでふと、とある違和感に気づいた。眼前、ここから数歩先の一点に人だかりが出来ている。
「なんですかね、あれ」
「わからん」
「なにかあるんでしょうか。通り際ですし、行ってみてもよろしいですか? 」
「あぁ」
単直に返したが俺も少し興味を持った。余り街に出向かないと言うのもあるだろうが、あそこまで群がる人を見慣れない。
「すみません。少し通していただいてもいいですか?」
と、ティアは人の波を割くようにその中心へと向かっていく。腕を引かれたままの俺も、それにつられるように、間を探して入り込んで行った。
「......っと! 危ないな。 どうしたんだ」
ざわめく群集の中、途中で足を止めたティアの背中に俺はぶつかりそうになった。
「あ、あ、あぁ.......」
口を徐に開け、わなわなと震え出すティア。その視線はティアを挟んだ俺の先を泳がせている。震え出す理由。それはティアの視線を追いかけた時、理解出来た。
「............ッ!」
————目の前には、紫がかったローブらしきものに身を包めた、綺麗だと言わざるを得ない風貌の女性が、処刑されかかっていたのだから。
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