二章 君子は人を以て人を治む その①
皇帝である朗清たちが帰り、彩華は庭園の奥、生活の場である内院で
「……泣きそう…………」
「だから言ったんだ。皇帝がわざわざ来るなんて、いい
屋外に
相真はこの春霞宮に仕える老趙の孫で、幼い
今は大人となり武官として宮城に勤めているが、時間があるとこうして顔を見せては昔のように手伝いをしてくれるのだ。
「その上、こいつらが
彩華から成り行きを聞いた相真は、
そんな相真の片手には
珍獣に与えた
野性の荒波に
いちいち
「そう、ね。お持て成しをするつもりで
相応の準備をしたつもりだったのに、何一つ
目を
「えっと、ほら。彩華さまが気合い入れてこれだけ
朗清が帰ってからまだ
ふと彩華は、纏まりのない言葉を連ねる幼馴染みを見上げて朗清の言葉を思い出す。
「それより相真、戦場で陛下と出会っていたなら、教えてくれても良かったと思うの」
「それよりって……。いや、出会ったなんてもんじゃないだろ。こっちは必死で敗走してんだぞ? 星斗見ると
相真は
首の後ろまで長く布の垂れた
龍馬、
「武官って言っても、軍事の文官でしかないから、戦場には立たないなんて言っていたのに。どうして相真と星斗が見覚えられるようなことになったの?」
「……俺が管理する
彩華は
「もう終わったことはいいだろ。それより、彩華さま。春霞宮も地位も据え置きになったはいいけど、このままってわけにはいかないぞ?」
「えぇ。陛下は、私がいなければ珍獣を、いえ、
春霞宮を存続させる理由が朗清にはなく、公主として与えられていた
このままなら、いずれ珍獣の飼育は
幼馴染みであり二つ年上の相真は、職を得て春霞宮を
彩華はそんな相真を見上げて、自らも成人した大人として判断すべきだったと
「…………いっそ、後宮入りを受けていたほうが良かったのかしら」
「はぁ……? なんでそうなるんだ?」
声を裏返らせる相真の激しい反応に、彩華は
「後宮に入れば、
「いや、ここはどうあっても
共に珍獣を育てたからこそ、相真は朗清の提案の問題点を指摘する。
「……瑞獣と言えば
「あと、百獣の王と言われる
いい気味だと言わんばかりに、相真は笑った。
朗清たちが聞いた
実は庭園の中にはあの時、虎と獅子が逃げ出していた。
たとえ生まれた時から世話をする彩華であっても、猛獣に
この春霞宮でなければ猛獣を御しきれないと知らず、朗清は命じていたのだ。
「ちゃんと説明ができたら良かったのだけれど、
もちろん、祖廟守になりたいという彩華の意志表明に対しても保留が言い渡されていた。
「いや、それは断って正解だ。使えそうだから後宮に入れてやるなんて、そんなふざけた申し出、叩き返して
「相真、そんなことを言ってはいけません」
「いいや、彩華さまは春霞宮から離れたことがないから、危機感
「まぁ、藍陽の外ではそんなことが?」
彩華は生まれこそ後宮だが、目も開かない内にこの春霞宮へ母と共に移った。用件があれば人がやって来る公主という地位のため、春霞宮の外も満足に歩いたことはない。
そんな彩華は都の様子にさえ
「
皇帝を頂点とした国土の中に、自治を許された国が存在し、国には王が据えられている。皇帝の近親者は王として領地を治めていたが、王朝の交代によって葉氏の王は
葉氏の王がいなくなった今、王を名乗って
「何より今地方じゃ、国境付近で異民族に
強い言葉で反対する相真は、拳を握っていない片手で石卓を
「それに、無血開城って言っても、軍事力で
「そんな……、陛下はこの半年、
「能吏を得たとして、それを上手く使えるかは別問題だ。都入りしてから、陛下が率いてきた兵の一部が、夜市なんかで乱暴
「今日見た兵は、私語は多かったけれど陛下の
「
「けれど、地方の混乱を収めるために改革に前向きなお方だと……。だったら、時と共に兵の横暴も
「なんか
「……能吏の登用も、改革の動きも、前王朝からの旧臣や戦った国軍を許して今なお職務を全うさせる恩情ある指示も、
朗清が皇帝として立った時、悪いようにはしないはずと言って慰めてくれたのが、相真なのだ。そう指摘した
当時は武官である相真の身も心配だったが、彩華は都を追われ、遠くへ行ってしまった
半年が
「は……っ。相真、あなた。宮城で何か異変でもあったの? あなたの功労を何一つ評価しない上司がいると言っていたわね。あの方と何か、いえ、あの方を陛下が重用する動きでも?」
心底心配して想像を
「後宮入りって、つまりは、
「姉上方は、十五で
「そうじゃなくてぇ……」
今度は
彩華は気になったが、今の状態では聞いても答えてはくれないだろうとぼんやり考える。
「
「そうね、考えたことがないわ。先帝陛下がお命じになった方に
残す
そう彩華が
「うん、そうだ。どうせ彩華さまを後宮にって言ったのも、
一変して元気になった相真に、彩華の困惑は深まるばかり。
「そうか、結婚自体に
相真が口早に呟くと、音もなく背後に忍び寄る老趙が、皮の厚い手で
「痛……っ、てじいちゃん。いきなり何するんだよ。その音消して近づくのやめてくれよ」
孫の泣き言に、
許しを
「なぁにを身分不相応な
「……じいちゃん。身分
何やら祖父と孫で、熱く視線を
老趙の手元では、首根っこを
幼い
相真の足元では、赤狐が
「ふふ、まるで昔の私と相真みたい」
彩華は幼い日、一度だけ相真に連れられ大人に
相真の友人と遊ぼうとしたのだが、それまで春霞宮から出たことのなかった彩華は、知らない子を
春霞宮から
ただ友人と遊ぶために引き合わせた相真の
そう思えば、昔の自分たちに重なり、赤狐と
彩華は過去の罪悪感と現状への気落ちを
春霞宮の存続や公主としての身の
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