2 人外《ヒトデナシ》どもの宴

 推進剤を補充するために〈ローニン・ストーマーズ〉の隊長マクラギ・ダイキューは要塞へ帰投した。


「ヘタクソだな。あの程度の狙撃手しかいなかったのか? ヘマ撃ちやがって」


 マクラギが副官のホネカワ・タダシと顔を合わせた途端、狙撃手のブンモトへの文句が飛び出した。

 離脱した〈アイアン・ウカミ〉を仕留めることが出来なかった。それによって敵の攻撃が早まるかも知れない。


「それにドクター・サッポロから敵の攻撃を引き延ばせと言われてるんだがな」


〈ローニン・ストーマーズ〉はどこの指揮にも組み込まれない、言わば遊撃隊である。


 正直、あのようなクソ野郎の命令などマクラギにはどうでもよかった。サッポロにとっては、一般人もサムライも全ては自分の研究に奉仕するための道具である、と見なしているに違いない。

 尤もマクラギも大差はない。マクラギにとって全ては自分がイクサを遂行するための道具でしかない。マクラギ自身もそのための道具だ。

 自分の野心のためにあらゆる存在を犠牲にするイノノベもまた、その同類である。


 全く――これでは人外ヒトデナシの群れだ、とマクラギは思う。よくぞここまで人の心を持たぬ連中が揃ったものだ。


「確かに、ノキヤマなら一撃でしょうな」

「言っても始まらねえだろ。奴は死んだ」


 ホネカワの言葉にマクラギが返す。

 

 気に入らない点は多々あったが、ノキヤマ・ツムラの狙撃の技倆ワザマエは本物ではあった。ホネカワは〈ローニン・ストーマーズ〉への残留を依願したものの(マクラギはどうでもよかった)、本人が拒んだのだ。理由はマクラギは知らないし、興味もなかった。


 ノキヤマは離脱後、つまらない傭兵仕事の中でサスガ・ナガレによって仕留められたと聞く。


 ノキヤマだけではない。トメイ・ルッグンに始まり、ザフロとウジマのナカタニーズ、ドマ・スケキヨ、ダイヒチ・スズキ、ニスギ・イツベ……マクラギが覚えているだけの列車襲撃事件関係〈ローニン・ストーマーズ〉メンバー傭兵。サスガ・ナガレは――あのヤギュウ・ジュウベエ=ハチエモン最後の弟子は――それらをこの半年のうちに斬り捨てていた。

 

 こいつもまた人外ヒトデナシか、とマクラギは思う。

 

 ホネカワに向き直り、告げた。

 

「とにかく、お前から狙撃手――ブンモトと言ったか、奴に言っておけ。イノノベの爺様の斡旋じゃなけりゃ殺してるぞとな」

「承知」


 ホネカワの表情は見なかった。いつまでも見ていたいような顔ではないし、ホネカワがブンモトに何を言おうが言うまいが、どうでもよかった。


 ホネカワと共連れで休憩室にいると、ドクター・サッポロが文句を言ってきた。

 サッポロ・アツンドはイノノベ・インゾーのお気に入りだ。その庇護の元、あらゆる人体実験を行なっていたのもサッポロの主導であると言われている。


「言ったじゃあないかッ! キミには少しでも敵の攻勢を! 遅らせろと! 言ったでしょォがァッ!」


 口角泡吹いていきり立つザンバラ灰色髪の中年男に、マクラギは辟易ウンザリした視線を向けた。敵の斥候を逃したという話を聞きつけたらしい。


 不快な相手だ。

 

「出来る限りの手は打った。技官が武官のイクサに口を出すもンじゃないぜ、ドクター」

「そンなことはわかっておるわッ!」


 ひとしきりわめくと、サッポロは落ち着きを取り戻した。

 

「――とにかく、キミには〈バルトアンデルス〉の完成まで粘って貰いたい」


 マクラギの眼を睨み据えてきた。眼に宿った光は狂気を帯びたままだ。

 狂気など、戦場ではいくらでもありふれているものだ。だがマクラギはそれを口に出さなかった。


「よっぽどの自信があるようだな、その〈バルトアンデルス〉とやらに」

「ああ! 〈バルトアンデルス〉は無敵だ! 最強の兵器だ!」


 サッポロの語気が再び強くなる。

 こいつは〈レヴェラー〉のときも〈ペリュトン〉のときもそう言っていたに違いない、とマクラギは思った。


「お前さんがそう思ってるのは自由だがな、迷惑がかかるのは誇大妄想に付き合わされる現場のサムライなんだぜ。お前さんじゃあなくてな」


 マクラギは冷淡に言い捨てた。サッポロは顔を真っ赤にしている。あまりの怒りに声が出ないらしい。

 

 マクラギは〈ペリュトン〉と〈レヴェラー〉の最期について報告書を読んでいた。いずれもサスガ・ナガレが関わっていたからだ。

 それによれば、〈ペリュトン〉は攻勢防禦フィールドを展開したまま海に叩き込まれ、フィールドの出力に逆に食い尽くされた。〈レヴェラー〉の巨体は、エーテル・カタナなどという躱せばいいだけの武器にとって恰好の餌食エジキとなった。

〈バルトアンデルス〉にドクター・サッポロは相当な自信を持っているようだが、今度もどこに技術的な陥穽オトシアナがあるか知れたものではない。

 改良は重ねただろう。実証実験も行なっただろう。しかし何が起こるかわからないのがイクサだ。それをマクラギは身を以て知っていた。

 だがイクサビトでないサッポロには決してわかるまい。マクラギが〈バルトアンデルス〉に拘泥するサッポロを全く理解できないように。

 

「それに――そいつを操るのが人間で、そいつが従うのが物理法則である限り、最強とか無敵とかいう言葉なんぞ無意味だよ」

「私に警告かね?」

「どうとでも受け取ってくれ」


 興味を失った。マクラギの手だけの合図でホネカワが動き、サッポロが休憩室から追い出された。抗議の声を無視し、マクラギは仮眠へ入った。

 1時間後には再出撃である。恐らく、〈ローニン・ストーマーズ〉はこのイクサで最も酷使される部隊になるだろう。その後は弊履ワラジめいて使い捨てられることは、想像に難くない。


 このイクサは敗北を以て終わるだろう、とマクラギは予測していた。ヴァン・モンが難攻不落だとしても、籠城したところで後がないのだ。勝敗は最初から見えていた。勝てると信じているのはそれこそ盲目なイノノベの崇拝者だろう。傭兵が従うのは、偏にカネの力に過ぎない。

 

 それに総大将のイノノベ・インゾーは、敗北の知れきったイクサに拘泥するほど老耄してはいない。必ずや己の脱出のための手段を講じているはずである。例え他の戦力を全て犠牲にしても、自分だけ生き延びる腹積もりに決まっていた。如何なる理想を掲げようとも、イノノベはそういう男だとマクラギは見切っていた。

 その癖にイノノベのシンパは虫めいてあらゆる場所にいる。老後の生活には困るまい。

 

 マクラギは――その負けイクサとイノノベにいつまでも付き合い続ける心算などなかった。彼自身、それ以外の全てを犠牲にしても生き延びるつもりだ。死ねば、人が斬れなくなる。


 ただその前にやるべきことはあった。

 サスガ・ナガレ。〈バルトアンデルス〉に食われたミズタのバカ息子は執心のようだが、あれはマクラギ・ダイキューが眼をつけた獲物だ。誰にも譲るつもりはなかった。


 束の間、マクラギは眼を瞑った。眠れないことはわかっていた。

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