第10話「イクサ・フレイム・ウィズイン」
1 ヴァン・モンと虎と
惑星ヤマトの衛星軌道上、座標「94-19-41-し」地点。
頭部に陣笠レドームを装備したモノアイ騎が4騎、音もなく前進を続けていた。散らばるアステロイドを蹴って推進力へ変え、たまにアポジモータで推力を補う。スラスター炎は目視の危惧があるため厳禁。それらに騎乗するイクサ・ドライバーは皆、如何にして敵に気づかれることなく敵陣へと近づくか、という訓練を絶えず行なってきた者たちである。
騎体は〈アイアン・ウカミ〉宇宙仕様、電子戦能力を強化された〈アイアンⅡ〉ヴァリエーション。レドーム表面に被せられた透明カバーの奥で、赤青黄緑のLEDが忙しなく明滅する。
今のところ、カルマ・エンジンのパルスはない。配置されたカメラ・ドローンや機雷群を掻い潜り、〈アイアン・ウカミ〉偵察隊が前進を続けている。
先頭騎が少し進むごとに前方をクリアリングし、後方に控えた三騎へモノアイを点滅させて合図を送る。
そうやって進み続ける。
やがて、3騎がほぼ同時にそれを見た。
それは虚空に浮かぶ巨大な鬼の髑髏めいたオブジェクトである。
名を宇宙要塞ヴァン・モン。銀河戦国時代難攻不落の要塞として威名を鳴らし、あらゆる軍勢を退けてきた。しかし最後の所有者たる武将アザクラ氏の滅亡後、無用として破却された――そのはずだった。
しかしヴァン・モンは警戒態勢にある。警戒灯からはまばゆくサーチライトが周囲を睥睨し、偵察騎やドローンは要塞圏外とは比べ物にならぬほどの数が展開されている。ヴァン・モンで最も守りの弱い急所を探り出すのが〈アイアン・ウカミ〉隊の目的だが、至難の業だろう。
電磁撹乱も濃い。ここは一旦撤退すべきだと判断し、4騎は合意した。
その時、1騎が撃ち抜かれた。
僚騎が爆発四散する前に偵察隊は散開している。〈アイアン・ウカミ〉レドーム探知範囲外からの狙撃に違いあるまい。
遮蔽物を探した。幸い、それぞれの騎体が隠れられるほどのアステロイドが散らばっていた。
身を隠したのも束の間、イクサ・フレームの接近を感知。
数は1騎のみ。しかしその速度は速い。
〈アイアン・ウカミ〉電脳が当該騎カルマ・エンジンのパルスを分析し終えたのと、ドライバーがその騎影を確認したのはほぼ同時だった。
灰色のイクサ・フレーム――〈スティールタイガー〉。
ドライバーは、ほぼ間違いなくマクラギ・ダイキュー。とすれば、狙撃手は彼の率いる〈ローニン・ストーマーズ〉の者か。決して侮れぬ相手だ。それが待ち構えていたということは、誘導された可能性は十分あった。
〈アイアン〉系列の祖を意味する
偵察隊から1騎が離脱した。情報を持ち帰らなければならなかったからだ。離脱した騎体は狙撃の射線を定めさせぬよう、ランダムな機動で、かつ慎重に撤退する。
残った2騎はそのフォローをするため、アサルトタネガシマの弾丸をバラ撒く。
アステロイドを盾にして〈スティールタイガー〉は弾幕を躱してゆく。
〈アイアン・ウカミ〉が腰のロングカタナを抜刀する。
アステロイドを回り込んできた〈スティールタイガー〉が、ヒロカネ・メタル製のロングカタナを振りかぶった。
カタナとカタナがぶつかり合う。出力では〈スティールタイガー〉が上、撃剣の瞬間〈アイアン・ウカミ〉はインパクトの勢いのまま後方へ飛んでいる。
もう1騎の〈アイアン・ウカミ〉が前に出る。構えたのはカタナではなくアサルトタネガシマ。
マズルフラッシュと共に吐き出される毎秒80発の弾丸。
その尽くを掻い潜って、〈スティールタイガー〉が肉薄する。
――
タネガシマのグリップを捨てた〈アイアン・ウカミ〉の手が、腰のカタナの柄に伸びる。
が、間に合わない。
〈スティールタイガー〉が更に加速する。
そして――
爆発四散せぬまま残ったその残骸を、〈スティールタイガー〉は前蹴りで蹴飛ばした。
真正面から迫る僚騎の残骸――ほんのゼロコンマ3秒躊躇して、〈アイアン・ウカミ〉は回避を選択する。
その胴を〈スティールタイガー〉が薙ぎ払う。
僚騎の爆発四散する光が、最後の〈アイアン・ウカミ〉の陣笠レドームを照らす。そこへ狙撃が走るが、レドームの透明カバーを掠めるだけだ。荷電粒子ビーム狙撃――陣笠レドームには溶融痕が残っていることだろう。
やがて爆発が収まり、宇宙に静寂と闇が戻ってきた。
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