7 イクサ・ラック

 会談は終わった。四つの組織全てがイノノベ・インゾー追討作戦への参加を表明した。

 

「サナダ=サンが参加するとはな」

 

〈トヨミ・リベレイター〉と〈サナダ・フラグス〉の不仲はナガレが知るほどに有名である。コチョウはナガレと共連れで歩きながら、答えた。


「ヴィナミ宙域のアステロイド・ベルト採掘権、及び大君トヨミ・ヒデオとの謁見を対価として差し出されたそうだ。前者は家計が年がら火の車フレイム・クルマのフラグスには手が出るほど欲しいものだし、後者も望むところであったろうよ」

「〈サナダ・フラグス〉は少数精鋭、って聞いたことがあるな」

「然り。兵一人一人の練度は、恐らくトヨミ側でも随一であろうな」


 しかし裏を返せば、それは慢性的な兵力の不足を意味する。その原因は、何と言っても資金問題に尽きた。


「兵を増やしたくても増やせないから少数精鋭にならざるを得なかった、ってことか」

「カーレンはあれ以上増やすと練度を維持出来ぬと強がってはおるがな。そのあたりのバランスはやはり難しかろう。兵が増えすぎると指揮官や士官アタマも増やさねばならぬし、そうなると派閥も出来かねぬ。カーレンは傑物だが、やはり人間よ。限界は自ずと存在する」


 コチョウは軌道カタパルトの方を見た。

 

「――明日には〈フェニックス〉がカタパルトで出立だ」

「俺らは斥候役かい?」

「いや、〈グランドエイジア〉の総点検だ。ジトー=サンの見立て通りならばオーバーホールも必要であろうしな」


 そのために時が必要だ、という訳だ。

 

ASAPナルハヤに終わらせたいが、遅れる可能性はあるとテンリュー少佐には言ってある」

「完全に出遅れなければいいけどな」


 ナガレは危惧を口にした。戦場に駆けつける頃には全てが終わっていた、では宇宙に上がった意味がなくなる。笑い話にもなりはしない。

 

「わたしはカーレンと打ち合わせをするが、オヌシはどうする?」


 コチョウがそういう訊き方をするということは、ナガレはいてもいなくてもいいということだ。少し考えて、ナガレは答えた。


「やりたいことがある」


 ……そういう訳で、引き続き事情聴取を受けていたコージローと面会をした。


「で、宇宙に行くことになった」


 テーブルを挟んで座るコージローの後ろには、右にヤギュウ、左にリベレイターのサムライが侍っている。二人共大柄で人相は悪いが、ナガレの話に茶々を入れる様子はなかった。ナガレは一切気にしなかったが、どうやら会話内容にアウト要素はないという判定らしい。


 コージローは呆れたような、感に堪えぬような声を出した。


「なんというか……波瀾万丈だね」

「激動の人生だよ」


 ナガレは笑いかけた。つられてコージローが少し強張った笑みを浮かべた。


「宇宙に上がったのは修学旅行のときだけだったよね?」

「ああ。ガンジがゲロぶち撒けた」

「ドライバー志望じゃなくてよかったって言ってたな」

「言ってたな!」


 コージローの表情筋がほぐれた。二人がひとしきり思い出話で笑った後、コージローが言った。


「ナガレ=サン、君のの活躍は、アングラペーパーやニュースで知ってるよ。黒鋼のイクサ・フレーム。君だとわかった時は、実際ビックリしたよ皆。……ミズタを倒してくれて、アリガトウ」

「まだだよ。まだアイツは生きている」

「皆にあの世でワビさせる、かい?」

「いや、行く場所が違う」


 少なくともミズタ・ヒタニがゆくべきは阿鼻地獄アヴィーチだ。地獄の釜でくたくたとイノノベやキャベツと一緒にでも煮られるがいい。そうしたら許してやらんでもない。


 電子眼鏡をかけた顔が、ちょっとうつむいた。

 

「……本当は、僕も宇宙うえに行かなければならないんだろうな」

「コージロー、お前は地上ここにいろ」


 真顔でナガレは言った。コージローが顔を上げたのを確認して、口に少し笑みを浮かべた。


「俺が無事だって伝えて欲しい、と言うべきなんだろうが、無事を伝えたい相手がいないな、俺」


 皆死んだ、とまでは言わなかった。強いて言えばマスター・トクアンくらいだが、彼は知りたいことを知るだけの立場にある人物だ。

 親しい者は殆ど手の届く場所にいる。それがいいことなのか、ナガレには良くわからない。


「そうだ、寮の大人用アダルト物理書籍は全部処分して欲しいかな」

「それは君がやれよ」

「多分、帰らない」


 コージローの顔に驚きはなかった。予期していたのだろう。


「ガンジとソーキとアタロウの分もだな。あ、ガンジは電子書籍専門だったからデータだけ破棄すればいいか。どっちかが捨てるには惜しい浮世絵を持ってたはずだから、遺品としてもらっちまえ。そうだ、プラモや食玩は孤児院に寄付するよ」

「四人の部屋掃除かぁ、大変だなぁ」

「頼むよ、コージロー」


 コージローは電子眼鏡を外し、目蓋を左手で覆った。


「寂しくなるな……」


 別れ際、コージローが声をかけた。


「ナガレ」

「ウン?」

「また逢えるよな?」


 確約のための絶対的な自信はなかった。そういう道をナガレは選んだのだ。

 けれども、ナガレはこう返した。


「また逢おう」


 生き延びるための約束だった。それが力になってくれると、ナガレは信じた。


「「武運長久をイクサ・ラック!」」


 手を握り合う。ナガレにはナガレの、コージローにはコージローのイクサがある。今の道は違えど、二人は同志に違いなかった。


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