6 リアリストと永遠の命

「まず伝えておくべきことがあります。先日、タイクーン・トヨミ・ヒデオ殿下より、イノノベ・インゾー追討令が下りました。イタズラに戦渦を拡げ、世を乱すあの者を君側の奸として斬るべし、と」


 テンリューからもたらされた情報に対し、列席者の間に驚きはなかった。各地での人身売買、人体実験、違法イクサ・フレーム賭博、非人道兵器開発――イノノベ・インゾーの悪行は最早ヤマト全星に知れ渡っている。協力者の殆どは身柄を抑えられ、積極的乃至消極的な協力者となり、情報を売り渡していた。

 

「かの老人の命運は風前の灯火キャンドル・イン・ザ・ウィンドに等しい――というべきなのでしょうが、しかし彼には切り札があります。それが七大兵器セブン・スピアーズの一つ〈ア・バオア・クゥ〉、ひいてはそれを用いた〈ペルーダ〉や〈バルトアンデルス〉といった新型イクサ・フレームです」


 テンリューが卓袱台を操作し、ホログラムで重装甲ケンドーマスク頭部のイクサ・フレームを投影させた。〈ペルーダ〉だ。

 ユイ・コチョウが手を上げて発言をした。

 

「失礼。〈ペルーダ〉と言えば、ウチのナガレが先日撃破した騎体であるはずだが」

「その通りです、ミズ・アゲハ」


 巷間で知られる渾名で呼びながら、テンリューは頷いた。

 

「量子脳ネットワーク構築システム〈ア・バオア・クゥ〉――以降ABQと呼称します――は、相互間の電脳をデータリンクさせ、並列処理すら可能にしまう。電脳や騎体に事前に特殊な加工が必要だったりしますが」 

「ABQの実証実験をヒト電脳でやっていた、と聞いたよ。世も末だ」


 ヤギュウ・アオヒコ少佐が言った。涼しげな目元に享楽的な気配を漂わせる28歳、当主ムネフエの末弟でハクアの叔父に当たる。


「二重の意味で仰る通りです。そして、打ち上げられたシャトルにはその成果たる〈バルトアンデルス〉なるイクサ・フレームの試験騎が搭載されていたようです」

「そのデータはないのかな、タツタ少佐?」

「残念ながら、最優先で全破棄させたようです」


 アオヒコの問いに、テンリューは即答した。


「騎体の詳細は全くの未知ではありますが、しかし最優先でのデータ全破棄という事実により、逆説的に〈バルトアンデルス〉という騎体の重要性を推し量ることが出来ます」

「フムン、貴官の推測という可能性はないのかな、タツタ・テンリュー=サン?」


 頬杖を突きながらサナダ・カーレンが言った。彼女はハンサムな若い男が大好きだが、だからと言って敵対組織の幹部にまで甘い顔はしないのだ。


「関係者への尋問インタビューにより裏付け済ですよ、サナダ・カーレン=サン」


 テンリューがカーレンの方を見る。

 カーレンは、不機嫌そうに視線を逸らす。


「そもそもこの基地はショーグネイションの知るところよりずっと早期に完成し、その間随分な長期に渡り乱痴気騒ぎランチキ・パーティを繰り広げていました。関係者は多数に上る。いくら箝口令を敷き出入りを制限しても、人の口にジッパーをつけるのは無理というもの」


 そこで語を区切り、テンリューは一同を見渡した。〈ペルーダ〉のホログラム投影図が蟻にも似た多脚戦車の図に切り替わる。


「……話が脱線してしまいましたが、この基地は〈ミルメコレオ〉のデータも保持していました」


 テンリューがナガレの方に視線を留めた。お前は覚えているな、と言うように。

 ああ覚えているとも。エジタ水産。開頭されたバイオイルカ死体。巨大な蟻めいた多脚戦車〈ミルメコレオ〉。やはり単なるヤクザの稼業シノギではなかったということか。


「〈ミルメコレオ〉はマザー電脳により多数の子機を制御していました。言うまでもなくABQ技術によるものです。これを応用・発展すれば、一騎のイクサ・フレームが無数の無人機――あるいは無人騎――を制御・統率する恐るべき兵器が誕生します」

「〈ファースト・ショーグン〉の御威光をも恐れぬ行為だな……」


 憂いを含んだ語調でアオヒコが言った。その眼には、やはり危機的状況を楽しんでいる様子が感じられた。

 

「……無人兵器は禁忌ですからね。イクサ・フレーム誕生以前は、戦場において浪漫や英雄は瀕死だった。それを復活させたのがイクサ・フレームであり、〈ファースト・ショーグン〉タケウチ・ムラマロでした」 


 独りごちるようにそう口にしたのはサナダ・ユキヒロである。彼は若くしてサナダ・フラグスの参謀役だ。


「勝利のみを至上として争闘を行なえば、浪漫ロマンや人倫はいとも容易く死ぬ。戦場の機械化が進んで以来の真実であろうな」 

 

 眼を伏せた、淑女筐体のコチョウが淡々と言う。

 テンリューが頷き、後を引き取った。


「イノノベ・インゾーがトヨミズムの熱心な信奉者ではないのは経歴からも明らかですが、それはこの際問題ではないでしょう。いえ、それ故に危険であるとも言えます。ABQの技術を、陣営関係なく無差別に売り渡し拡散させる恐れがあります。彼の置かれた状況から鑑みるに、世界を混沌に陥れた方がずっと好都合でしょうから」

「あの爺様がショーグネイションの転覆すら考えていないとでも? 私なら四六時中考えてるがね」


 カーレンの悪質な冗談にハクアが白眼を向けた。カーレンはそれを一顧だにせず涼しい顔をしている。

 

「彼は案外リアリストですよ、カーレン少将。少し前に彼と話しましたが、老耄はしていない。逆転の手段などないと理解しているのです。それに、あれでヤマトを愛しているから、全星規模の破壊兵器などは使わないでしょう」

「それは意外だな。では、イノノベの本当の目的は何なんだ、タツタ=サン?」


 カーレンは鋭い視線をテンリューに投げた。テンリューもその視線を真っ向から受け止める。

 ややあって、彼が答えた。


「永遠の命」


 五秒の沈黙が流れた後、カーレンが鼻を鳴らした。心底バカにしたような仕草だ。


「ハッ、リアリストが永遠の命を目的とするかね?」

「あるいはそれを可能と見たのでしょう。私は彼自身の口から、永遠の命が欲しいと聞いたのですよ。そのためならば、あらゆる代価を支払うともね」


 テンリューは落ち着き払って答えた。戸惑いを隠せない一同を再度見渡し、彼は続けた。


「イノノベのバックには何らかの組織が存在します。彼とその組織のつながりの詳細まではわかりません。しかし、それであらゆる理由は説明できます。恐らくは、宇宙へ上がったのも組織と接触するためでしょう」


 こらえきれぬようにカーレンが失笑を漏らした。


「クックック……まるで陰謀論だな、ミズ・アゲハ」

「――イヤ、まるきり駄法螺という訳でもないぞ、カーレン」

「オヤ、アンタもあのボウヤの片棒を担ぐのかい?」

「……後で説明する」


 最後の言葉は小声だった。カーレンはコチョウへ訝しげな視線を向けるが何も言わなかった。

 カーレンとコチョウを見やり、テンリューが続けた。


「……ですが、今はイノノベを処断すべきでしょう。そこで、私タツタ・テンリュー少佐は〈トヨミ・リベレイター〉を代表して四組織合同作戦の展開を提唱します」

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